表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄までの物語  作者: ノンプロット
一年期七月下旬〜 反英雄
40/113

三十七話 虎

奴が来ます。








「え、えぇ!

これ金貨じゃないですか、何処で!?」


「何処って、少し前に居たキャロ村で薔薇色の髪の女に腕相撲で買った時の報酬。

金貨5枚手持ちに追加できれば心に余裕が出来るだろ?」


「そ、それはそうですけど。

………もしかして、私達の旅にゆとりを生む為にそこまで手間を掛けて下さるなんて。」


「まぁ、俺が走ってると旅ってか散歩になっちまうからな。

現時刻の午前9時から残りはお前のペースで進む事にしたから、残り20km位は3時間を目安に移動するからな。」


「解りました。

肩車は無しですか?」


「足で移動しろ。」


「はーい!ーーーーえい!」








「一々抱き付くな。

ロロイにすこし分けてやったらどうなんだ?」


「嫌です。

訛りって苦手なんですよ、私。

それに、私は巳浦様が好きですから!」






手が付けられない。

我儘というか、己が道を進む信念は凄い。


まぁ、にしてもこの俺相手にここまで気兼ねなく甘え倒すのは最早才能だけどな。

そうして心地良い風と日光を全身に感じながら二人は見通しの良い草原を進み続ける。





巳浦は思う。

松薔薇の依頼では反英雄を討伐しろとの事だったが、実際の所それは[殺す]のか[撃退]か。

どちらなのか。


具体的な部分はこちら任せになっているが、まぁ俺に対しての信頼から来る放任か。

無論可能ならば殺しはしない、魔物の命しか俺の刃は興味を持たないからな。


まぁ、そもそも人同士の戦いで決着をどうするか悩む時、どちらかの落命では俺も反英雄と同列に認識されかねない。

それでは今後の立ち回りにも悪影響だ。


そうして巳浦は今後の対応をどうするか考えつつも、順当に道を進んでいく。
















「さぁさぁ、ここから先はデルヴァ森林だよ!

外周を行かないと危険だから、ギルド関係者以外は基本立ち入り禁止〜!」


「入りたくても腕章がないと駄目!

紹介状がある人だけ入ってくれ!」







「午後一時くらい、か。

結局4時間位移動に掛かっちまったか。

…………お前が腕にくっ付いてるからだぞ?」


「良いじゃないですか、少しくらい。

少し……4時間位。」


「可愛いが、駄目だ。

此処からは入り口のおっちゃんに許可貰う必要もあるし、ちゃんとしとけ。」


「………はい。」








道中数キロ手前から地面を木々が囲い始めてはいた。が、これがデルヴァ森林か。


俺の生きていた頃にあった巨大森と違って、随分と優しそうだ。

そこまで強力な気配もないし、これならイジャエに危険が及ぶこともないか。






デルヴァ森林手前まで来た人々。

馬車旅、キャロ村より更に近場の集落などから予定があって東に出稼ぎに来た者など人種は様々だが。


俺たち以外の人間は全員森の外側に沿って舗装された森道を進んでいく。

そんな中何時迄も森林入口の正面で止まる俺達二人に案内人が近づいて来る。






「おいあんさん達、何時迄もそこに居なさんな。

さっさと外周に進み。」


「いや、依頼だ。

デルヴァ森林で厄介種になってる虎を討伐しに来た。」


「えぇ?

予定だと明日の22日くらいに到着って聞いてたけど、1日でもう50kmも移動したのかい?

随分と体力があるんだねぇ。」


「あぁ。

…………おっと、これが依頼書だ。

後ろの金髪は連れだ、今回は組でやるから二人分の許可よろしくな。」


「はいよ。

それにしてもその…………







鍔付きの白いヘルメットを被った40代だろう丸頭の親父。

何やらイジャエの容姿に心を射止められたらしく、矢鱈と気に掛けてくる。


やれこんな女性が大丈夫なのか、襲われた時問題ないのか、等。

余計なお世話ですとおっさんに伝えると、イジャエは見せつける様に俺の背中に抱き付いてくる。






おっさんはそれを見せられると目を見開きしょぼくれる。

何だか女運がないのを間近に見せられて俺まで気分が落ち込んで来るぜ。


イジャエに悪ふざけは止めるよう言い、血縁者である事を伝える。

すると親父はなんだと顔を明るくさせ、二人とも御無事にと手を振って見送ってくれた。






「私はもう巳浦様に釘付けですから。

よりにもよってあんなおじさんに興味なんか持ちません。」


「そう言ってやんなって。

おっちゃんだって左手の薬指に指輪付けてたろ?

それにどっちかってーとお前の事を娘でも見るような眼で見つめてたからな。

年頃の娘に煙たがられて寂しかったんだろ、俺にも分かる。」


「え?

巳浦様みたいな素敵なお父さんがいたら、喜んで付き纏います、私。

実際父が生きていた頃は毎日朝も夜も稽古以外で一緒に過ごしてましたし。」


「………まぁ、色々あったのよ。

俺は正直父親って言える事してやれてなかったしな。

殆ど妻に任せてたから。」


「…………奥さんは、どんな人だったんですか?

巳浦様に釣り合う人なんて相当な筈。」







そう聞かれて、森林に入りながら俺は昔の事を話し始める。













「ーーーーてな訳だな。」


「へぇ〜、二人して放任気味なのにやっぱりお母さんなんですね。

結局娘さんも息子さんも二人纏めて面倒見て、素敵な方です。」


「あぁ、だから近々恩返し兼謝罪をしようと思っててな。」


「ーーーーへ、それって2000年以上前の事なんじゃ?」


「あぁ、伝えてなかったな。

俺の妻は、







「普通の人間じゃねえんだ。」


「に…………人間じゃないって。

それ、魔物とかじゃないですよね?」


「違う違う、ちゃんと人の形で心もある。

違うのは無限の命を持つって事、もう一つは兎に角強いって事だ。

何なら俺だって負けたりするぞ。」


「そ、そんなに?

へ、へぇ、私も見習わないとなぁ。」


「無理だからやめとけ。

でもまぁ、少なくとも顔見られたら半殺しにされるかもだから真面目に注意して会わねえとな。

…………嫌だなぁ。」







そういう巳浦様の横顔は普段の貫禄ある風貌とは大きくかけ離れた、青年の面倒臭がる顔でした。

年不相応なこの人の見せる一面が、私にとっては。


そうしてデルヴァ森林の獣道を進む。

入ってから数十分は経ったろうか、時折現れる低級のスライムや猪型の魔物を全て私 イジャエに任せて、巳浦は極力干渉しないように努める。


まぁ巳浦のステータスを振り回すだけでも、何なら素手で粉々にできるほどの差が有る。

それではイジャエの為にもならないので、当然。







視界端の枝が混み合う地面からスライムが何匹も湧いてくる。

普通に細剣を突き刺しても勿論効果はないので、加速魔力で勢いを付けてスライムを構成する体そのものを吹き飛ばす。


ある程度本体の核から身を剥がされると自然と体を保てなくなり崩壊するので、スライムは如何に肉体を細切れにするかが命である。

ーーーーーそれを教えてくれたのは、幾らか前の戦闘でイジャエの全身がスライム塗れになって叫び声を上げた時だった。


遅すぎである。







怒りにも近い震えを起こしながら、次々に雑魚魔物を相手にしていく。


今更こんな10〜数値帯の魔物に遅れは取らない。

巳浦からしたらもうこのレベルの魔物には襲ってすら貰えないので懐かしさを感じていた。


魔物は、その肉体を全て魔素で構成している。

なので相手がどれだけの力量かは本能的に感じ取ってしまうのだ。

それにより巳浦程の相手が居ると、視界に入れずとも気配だけで警戒して離れていってしまう。







そうして、暫く戦闘が続いた。






イジャエは脱いでいた私服2枚に汚れがないか確認し、今着ている裾なしの白シャツを木陰で脱ぎ汗を拭く。


巳浦から替えの服を貰い、先程までの服を預かってもらう。

今日は気温が高く30度近い、動いていると息も上がるし汗も掻く。

ついてないと思いながらも、ある程度体を清潔に保ち続ける。






巳浦から声を掛けられる。

そろそろ休むか?どうする?と。


自分としてはまだまだこの貴重な実践を経験しておきたいので、もう暫く続ける事を伝える。

巳浦はそれを聞くと、自分は今居る場所で休んでいるから飽きたら戻って来るようにと眠り始める。


こうして、イジャエは一人で動ける時間を得た。

あまり離れすぎると危険なので半径2km圏内を目安に活動を始める。














「あ、危なかった。

普通に強めの魔物も居るじゃないですか、今の小さい人型の魔物、少しやらしかったです。」







イジャエはなんだかんだで1時間以上森を探索していた。

人生でも初の魔物退治にも関わらず、日頃から巳浦という化け物を身近に感じてきたせいか全く恐れを感じなかった。


それは森に棲む魔物達からしても計算外であり、本来なら不慣れな人間達を鴨にして餌にしているのに全く倒せそうにない。

腕っ節は強くとも環境に慣れず不覚を取る人間も居るのに、全く油断が無い。





先程襲ってきたミニゴブリンも、20近いレベルではあったが30レベルのイジャエに頭部を突き抜かれ倒されていた。


イジャエが戦闘に向いていると言うより、ロルナレ家が実践的と言うのが正しい。

元々武家としての長い歴史を持つロルナレ家は、国外へ赴く要人を護衛する任を任される事が多かった。

そんな日常を送るだけあって心構えが普通ではないのだ。






現時刻は午後3時ほど。

そろそろ戻り始めないと夕方手前になってしまうと、木に付けた目印を元に道を遡る。


巳浦から門限を四時までと言い付けられていたので、足早に戻る。







周りの魔物達も些かイジャエという金髪の人間に対して警戒を持ち始めた頃。


どうにも森の空気が騒がしくなってきた。

妙な不気味さを感じながらも、淡々と道を戻り続ける。







数分ほどが経ち。








背中から妙な気配を感じる事に気づき、イジャエは流れるように右腰の細剣を引き抜いて背後へ翻る。


暫し前までは自身へ襲い掛かってきていた魔物達の姿は見えず、どうやら別の存在がいる事に気付く。

だが、この気配は魔物の物……………?







その時。

突然自身の頭上から巨大な影が差さる。





(判断が遅れた!?)





咄嗟に左へ躱すと、そこには10cm程の爪が生え揃った左腕を地中に振り下ろしている虎がいた。

その魔物が依頼の魔物である事は分かったが、それ以上の違和感が有った。





……………この魔物じゃ無い。

ここ数分前から感じていた気配は、もっと大きな物だった。

悪意こそ感じはしなかったが、規模で言えば巳浦様にも匹敵する存在感。


決して目の前の魔物はイジャエの手に負える存在では無いのだが、それが眼中に入らなくなるほどの存在が近くに居る。






虎の攻撃が飛んで来る。

集中し直して冷静に攻撃を避ける。


向けられる爪撃を細剣で弾き、何とか捌く。

しかし、どうにも状況が詰まっており単純な実力差が目に見えて分かった。





冷静に地形を把握し、右腕の突き攻撃を背後の樹木に当てさせる。

抜けなくなって怪訝な顔をする虎の頭に飛び降り、全身の力を乗せた突き刺しを真下へ放つ。


数cm程の刺し傷を頭部につけるが、致命傷どころか軽傷程度で収まっている。

これでダメージが通らないとなるとかなり厳しい戦いだ。





その時左腕の突き上げを軽く喰らってしまい、先程盾にした木へ背中を叩き付けてしまう。


息が全て口から吐き出る。

これは危険だ。






虎はその好機を逃すことはなく、すかさず左腕で胴体への振り下ろしを放つ。

鎧を身に付けていない為イジャエは無理矢理にその攻撃を避ける。


しかし体制を崩し、左の切り株に乗り上げ軽く頬や肩に切り傷を負う。

直撃していたら間違いなく腹が裂けていた事を理解し、段々と恐怖が脳に湧いて来る。





だが虎は止まる気配を一向に見せず、怯み始めた金髪の人間を最高の餌と認識し引き抜いた右腕と左腕を同時に振り下ろして来る。


咄嗟の防御に突き出した細剣が魔物の攻撃の勢いにより深く左腕に突き刺さり、柄を握る右腕に気色の悪い肉の感触が伝わる。





軽い吐き気を感じながらも、何とか引き抜いてそのまま反撃と言わんばかりに顔面、特に左眼球を目標に突きを放つ。

それは流石に躱されてしまったが、何とか戦える事を理解して幾らか余裕が生まれてきた。


だがそれは危険な安堵であった。






虎はイジャエを只の生意気な餌ではなく1匹の敵として認識し、体に魔力を纏い始める。

青い魔力を纏う虎から感じる圧は、これまでの対処法は通用しないと思わせるほどの圧力を持っていた。






しかし棒立ちとはいかないので虎の爪をぎりぎりで躱し、懐まで潜る。

少々申し訳なく思うも、股間らしき部分へ突きを繰り出す。


それは口が苦くなるような気持ち悪い感触であり、女性であるにも関わらず冷ややかな悪寒が全身に走る。






虎は雄叫びを上げる。

そのがむしゃらに暴れる全てを避けることは出来ず、偶々右腕の手首に一本の爪が引っ掛かる。


ずりゅり、と肉を1cm弱切り裂かれ、それは運が悪いことに脈へ達してしまう。






強烈な痛みを感じてしまい自然と右手から剣を落としそうになる。

利き手を偶然に壊されてしまい、有効打を打てない状態になってしまった。


これはまずい。

青い魔力は、流液。







学院で習った古い魔力授業を思い出す。

悪意のある流液魔力に触れられると、体内の血液の出血や体内の水分の蒸発。

汗の排出など液体に関する諸々がマイナス方面へ働く。


ぞくりとする頭を一旦落ち着かせ、右手首を確認する。





どくどく、と。

最初は止まるとは言わずとも落ち着くと思ったその出血。

破いた服で縛ってもその出血は止まる事を知らずぼとぼとと地面へ流れ落ちる。





見ているだけでも精神面が参ってしまうが、それ以上に体の力が抜けていくのが感覚で分かった。


下手せずともこの場で死ぬ。

無理だ、逆転出来ない。






正面から虎が笑ったような顔をして此方の右手首の血を舐める。

完全に私を餌だと思って遊んでいますね。


最早抵抗する気も失せ、とうとう右手から細剣を離す。

ここまで、なんでしょうか。




…………。

……………………?






視界正面。

ぼやけて来た目に、何の幻覚か2メートル以上は有るだろうスキンヘッドの大男が歩み寄って来るのが見えた。


これは、どういう事なのだろうか。

イジャエの脳はそれを正しく現実として認識出来なかった。






背面から歩み寄って来るその大男を認識し、後ろ足で蹴り飛ばそうとする。


だが何故か足が浮遊感に襲われる。

虎は理解出来なかった。






ーーーーーー空に、飛ばされている。

この魔物の常識ではあり得ない現象が起きていた。それを理解した時、上空十数mから落下し始める。


猫科特有の受身で着地しようとするが、不思議な事に地面へ接地することは無かった。






何事かと思い下を覗く。

そこには、左腕一本で簡単そうに魔物の体重を支える男がいた。


それを見た時、魔物の脳に五人の頂点の姿が走馬灯として流れた。


リンドウ。

ガイダル。

レイバル。

ライメス。

ダンジョン。


魔王と呼ばれる魔の最高位。

魔物とは別格の高位存在を本能で理解する。






虎はこれまでに経験したことのない寒気のような物を全身に感じながら、直ぐに地上へ降りようと暴れる。

だがその行動は何秒後か、たった一発の左アッパーによって文字通り無惨に砕け散る。


イジャエはその光景を最後に気を失う。







大男ーーーーダンジョン。

暇だったので偶々来ていたここデルヴァ森林で何やら懸命に魔物と戦う人間の女性が居たので暇つぶしに覗いていたのだが、どうにも危険だったので助けに入った。


余計だったかと悩んだが、兎に角今はこの金髪を介抱しようと自身の自然魔力を負傷している右手首へ流す。

それは松薔薇の様な丁寧な魔力操作ではなく単純な魔力量の暴力による荒療治であったが、いとも容易く深く傷付いていた傷を治してしまった。





ほっと安心していると、突然懐かしい声が聞こえる。

立ち上がり後ろへ顔を向ける。







「ーーーーーー巳浦じゃないですか!」


「な………ダンジョン?

何でこんな所に。」


「暇だったからっすよ。

八月上旬にバルト王国に入るんすけど、その前段階で今ハイデン王国に滞在してるんす。

なんか強い気配を持ってる奴が一人いますから、もし来るなら気をつけた方が良いっすよ。」


「ーーーー良いやダンジョン。

俺はそいつに………レインドに用があるんだ。

お前イジャエを助けてくれたんだな、助かった。」


「さっきの虎って依頼の魔物だったんすかね。

どの道最寄りの国はハイデン王国すから、その子の大事を取るなら早く来た方が良いっすよ。

何なら一緒に行きますか?」


「おう。

展開は良く分からないが、お前と会えるなんて思ってなかったぜ。」








二人は思わぬ再会を果たしたが、今後どうなっていくのかは誰にも分からない。


取り敢えず一行は森を抜ける事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ