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英雄までの物語  作者: ノンプロット
一年期七月上旬 団体戦
37/113

三十四話 決勝 対松薔薇









ーーーーーーガトレット、準備は良いですか?

不意にそう聞かれる。







「え、っと、はい。

始めても大丈夫です。」



「長引く事は無いでしょうが、私の方に幾らか都合がある為長期化しても5分までとします。

それまでに私に攻撃を【掠らせ】でもしたら勝ちにします。」



「ーーーー頑張ります。」








現在時刻。

12時59分。


既に第五試合、最終試合である決勝戦が始まろうとしていた。





教師松薔薇による勝利条件は単純で、

【一撃でも掠らせれば良い】

という物であった。


舐めている様にも感じたが、冷静に考えてみる。

自分達の活躍を見た上での発言だとすると、それだけ圧倒的な戦力差があるという事だ。

それは、最悪一撃すらも当たらず終わる事もあり得るという事であり、通常考えにくい結末である。


しかし、それがあり得るかもしれないと感じさせるだけの気配が、正面のガトレットにだけは伝わっていた。






半径100m程度、高さ10mのこの学院エントランス。

総勢六千名を受け入れる学院のエントランスを貸切って行われる今回の試合の一連は、勿論他の先輩達も其々の三階〜七階の教室内から映像水晶を通じて見ていた。


そして観戦している全員がここまでの一年団体戦の内容や勝ち残り戦での試合を見て来て思った事は、

【何だこの化け物達は】という感想であった。






自分達が一年や二年の頃、団体戦でやったことと言えばそれらしいグループ決めや、ごっこと言われても仕方ない様な戦況であった。


それを、下手をせずとも既に六年相当、いやギルドの人間や武家に匹敵するレベルの者達が何名もいるではないか。

到底信じられる光景ではなく、祟りか何かと皆最初は思っていた。









そんなこんなで六千人近い生徒達が見ている中。


ガトレットは見られている事への緊張よりも、目の前のたった1人の男に鳥肌を立てていた。





既に、おかしい。





ガトレットは、後数秒で試合が始まるというのにも関わらず。

松薔薇の佇まいのどれからも付け入る隙が、攻撃の切っ掛けが掴めないままでいた。


それは、ここまで戦ってきたブレイドやクラス達も含めどんな人間でも必ず見せていた弱点が、一つも無い状態に等しい。

これは、最早人間を相手にしている気分ではなかった。


言ってしまえば、歴戦の英雄。

…………いや、事実そうだ。






(この人は、本物の英雄。

自称でもなければ、偽物でも無い。

自他共にそうと認める古の時代からの賢者。)






そんな事を頭に浮かべていると、突然前方の松薔薇から笑い声が響く。

何の拍子もなく笑い出す物だから顔を見たが、まるで自分が何か妙な事を言ったとばかりの笑い顔であった。


何も変な事はしてないんだけど。

いつまでも固いままだからそれを笑われたのかな。

何はともあれ、時間が来る。







松薔薇本人から変わらずカウントを行われる。


10秒前。





9。





8。





7。





6。






5。





4。





3。





2。





ーーーーーー。









(ーーーーー1。)






小細工は要らない。

きっと考えるだけ無意味だからだ。


只管至近戦を挑む。

出来る事は結局密着戦だけ。

考えてもクラス戦の様な遠距離での読み合いをされる筋も考えるとどの道手の届く範囲で戦うしか無い。


足の筋力を魔力強化し、正面遠方の松薔薇に視線を向ける。






………………え?


ガトレットは、想定外の彼の行動に意識が無になった。







「何で。

…………普通に歩いてくるんだ。」







ガトレットが至近戦を前提とする事は重々理解している筈である。

が、松薔薇はそれがどうしたとばかりに堂々とした足取りで此方にその眼鏡を掛けた顔を向けてくる。


挑発にも感じたが、違う。






(……………それだけ、実力差があるのか?)






ガトレットは、体が自然と後退りそうになるのを抑え、面と向かい直す。


向こうから来てくれるのだから、何を仕掛けてくるか様子見する事にした。





段々と近づいて来る。


毎秒歩を進めてくる彼に、僅かな隙も見出せずにいる。

考えている内にも距離は縮まり続ける。





眼前に迫り来る松薔薇からは、破壊できない壁が詰まって来る様な感覚を抱いた。


まるで、殴っても蹴っても、貫いても斬っても。

何もかも無駄に終わると嫌でも理解してしまう程の、存在感。


自然と息が止まっていた。







……………っ!?

慌てて息を行う。


人生で、緊張による呼吸停止は初の事である。

いつの間にか前を見忘れていた。


直ぐ様顔を見上げる。

………。







「体調が悪いのですか。」



「え…………い、いや、悪く無い、です。

えっと、何で何もしないんですか。」



「私からは仕掛けない事に決めたのです。

なので、ほら。」







何時からか。

足先に立ち止まっていた松薔薇は、此方には一切手出しする事なく。


此方の攻撃が届く至近距離で止まっていた。

現実問題として既に一敗した事実がそこにはあった。


しかし、それがルールであるというなら。

両手に魔力を込める。






松薔薇も軽くガトレットから一歩引く。

この距離で攻撃を捌くというのか?


馬鹿な。

人間の反射神経じゃどう考えても防ぐ以外取れる対処法はない。






全開に魔力を込めた右腕から、余剰な動きの無い見事な掌打が放たれる。


ガトレットは、この距離で攻撃を外した事がほぼない。

予測した上での防御が精一杯の抵抗であった。

が。





右腕が何故か止まる。

理解が出来なかった。


何故?

腰の反動も付けた強烈な打ち込みだった、自分でも止めると背骨に負担が掛かる程の勢いが付いていた。

何で。







「ふむ。

良い打ち込みですね、10〜20レベル帯の魔物になら通用しそうな威力を持っているのでしょう。」








「………………え?」








右手首を、左手の甲で軽く弾かれていた。

いや、意味が分からない。


魔力も込めてないのに、何で暖簾を分けるみたいに軽々しく捌いてるんだ。

いや、それ以上の問題がある。





何で。

何で、普通に見えてるんだ?


そんな鈍重な打ち込みじゃない筈。

見て対処出来る速度じゃないのに、どうやって。


思わず目を見開いて松薔薇に顔を向けてしまう。

しかし、優しい顔で笑っているだけであった。

教えてくれそうにも無かった。







右手を手前に戻し、今度は背面へ回り込む。

どういうつもりか、振り向きもせず背中を向けたままであった。


どちらにせよ好都合。

左腕に渾身の魔力を込め、二発目にして既に利き腕掌打を解放した。


それは、先以上の拳速を誇り、肉眼で見てから防ぐ事など出来るはずもなかった。

ましてやこの距離、防ぐ事自体無理な間隔。






だが。







「………成る程、良い魔力出力だ。

右腕と比べても1.5〜2倍近い威力です、これは低級の魔物なら屠れる程の威力ですね。」



「な、なんで!?

どうやって、僕の掌打を?」







先程の左掌打による直線の打ち込み。

背中の中心を射抜く様に打ち出したその攻撃は、振り向きもせず背面に移した左腕によりまたも手首を掴まれ止められていた。


異常だ。

これは言ってしまえば銃撃を、

【撃たれてから確認している】のではなく、






…………【撃たれる前から知っている】次元。

原理は分からないが、どんな攻撃が来るのか、そのタイミングはいつなのか知ってるんだ。


こんなの、どうしようも。

………いや、まだそうと決まった訳じゃない。






物は試しと、両手に纏わせた魔力をそのままに立った姿勢から可能な限り連続で掌打を打ち出す。


挙動も一発ずつ変え、肘を曲げたり打ち上げたり、斜め下からかち上げたりと彩りある手を次々に放った。

が。







松薔薇は、背中を此方に向けたまま丁寧な身のこなしで此方の攻撃を皮一枚の所で躱す。

全て。


ガトレットは計十発程攻撃を仕掛け、その60センチ前後の距離から放った攻撃の全てが、どれ一つ擦りもせず避けられた現実に。






…………こ。

……怖い。


奇妙な恐怖を感じていた。

これは言ってしまえば、空気を相手にしている様な。

未来を敵に回している感覚であった。






動揺からか。

ガトレットは両手を真下に下げ、顔を真上に見上げてしまう。


松薔薇が声を掛けてくる。







「おや。

どれも洗練されていて素晴らしい拳撃でしたよ。

何を気に病む事がありますか?」



「…………先生は、未来でも見てるんですか。」



「うん、どうでしょうね。

それに対して答えるとすれば、【適解】といった所ですね。」



「適解…………?」








松薔薇は、試しに見せてあげますというと体をこちら側へ向けて来た。


すると、何を考えてるのか、ガトレットの手を持ち自身の顔の前数センチまで近付かせる。

行動の意味を理解し、ガトレットは戦慄する。







ーーーーこの距離から殴ってみてください。

そうすれば良く理解出来るでしょう。







これは、もしこんな事ができるなら。

この人には、何も攻撃が当たらない事になる。


松薔薇がやらんとしている事。

それは、この距離数センチという最早脳が認識出来る段階より前から打ち出される攻撃を避ける芸。

ガトレットは、もう何が起きているのか解らず取り敢えず右腕を最高速で打ち出す。







………………やっぱり、避けた。

僕は見たぞ。







ガトレットはその時、松薔薇の動きを確認する為最高に意識を集中させていた。

そして見たのは、愕然とする行動であった。







(…………僕の掌打が打ち出されるタイミングと完全な同時で首を横に避けた。

見てからなら間隔が開く筈なのに、全く同時。)







ガトレットは即座に脳で理解した。

どんな芸当か知らないが、松薔薇は攻撃が来るタイミングを【知っている】。


それは攻撃している側の人間にしか知り得ない事であり、言葉で教えられても避けられない距離。

何だ、何なんだこれは?


脳を理解不能な現実が支配する。








「あぁ、飲み込みも早い。

そうです、私は攻撃がいつ頃来るのか予期出来るんです。

だから、貴方の連打が来る時だって、避けながら既に次の一手がどう来るか察知していた。」



「そんなの、人間技じゃ、ない。

無理です、攻撃なんか当たらない。」



「良いんですか?

これで終わりで。」



「良いです、もし掠ったとしたら、それは先生が自ら掠りに来てくれてるだけって事が解りましたから。

もう、降参です。」



「ふむ。

……………なら、譲歩しましょう。」








完全な諦めに入っていたガトレットに対し、松薔薇はならばと勝利条件の緩和を申し出る。


もうどう転がったとしても勝った気分になれないだろう状況に落ち込んでいたが、兎に角条件を聞く。






何やらそれは、

【今の僕が打てる最高威力の攻撃で私に傷を付けられれば勝ち】

という物であった。


それを聞くと、何だか出来る様な気がしないでもなかった。

だけど、実はここまでの掌打一撃一撃に文字通り全開の魔力を込めたせいで、もう魔力が枯渇していた。







「先生、申し訳ないんですけど僕、もう魔力が残ってないです。

すいません。」



「そうですか、なら回復させましょう。

ほら、此方に確り体を向けて。」



「え。

……………はい。」








そう言われると、試合後の事を思い出す。


たった数秒で体の傷を癒し、次の試合を完全な体調で挑める様に快復させるあの治癒。

けどあれは、体力は兎も角として魔力まで完全に癒せる程なのか?

そんな、理想の様な事が。


松薔薇は此方の肩を掴み、妙な事を口遊む。







「…………まあ、特別に良いでしょう。」







そう聞こえた。

多分。


何故肩に手が届く程の距離で聞き取れなかったのか、とても単純な理由である。








松薔薇が何かを口にした途端。


彼の全身を半端ではない量の自然魔力が包んだ。

それはこれまでに見せていた空間の自然魔力を利用した物ではなく、自身の内包する自前の魔力による暴風に近い風圧を伴う魔力の放出であった。


ただ魔力を解放しただけで、1時間前に映像で見たブレイド対ソディア戦での最高状態の真空剣を優に上回る圧力を間近で当てられた。

一瞬意識が飛んでしまい、気付いた時には。








「え……………凄い。

疲労困憊だったのに、却って試合前より調子が良い、絶好調。」



「何回か皆を治しましたが、そのどれとも違う物です。

本来この程度で使用する物では無いのですが、私から貴方に出した条件ですからね。

【全力の攻撃】、何なら今ある魔力を全て一撃に込めたって良いですからね。」



「そ、そんなの無理ですよ。

でも、ここまでして貰ったら期待には応えないと。」








異様に身軽になった体を軽く運動させる。

松薔薇は此方の気合を見て軽く笑みを浮かべると、先ほどまでと変わらず前に立ち塞がったままになる。


これが、松薔薇先生と僕との間に実力差。

目の前に居るのに、まるで世界の反対側に居る様に感じる。

不思議な感覚だ。








体に魔力を纏わせる。

そして、それを左腕に次々集約させる。

これまでに試した事がない、最大の一撃。


ガトレットは、普段の最大掌打とする攻撃に込めている魔力の3倍近い魔力を一度に左の掌に集める。

普通ならこれだけ練り出す事は出来ないが、松薔薇先生は前で足を止めるだけだ。

文字通り、一撃に全ての魔力を集めるつもりで溜めた。






一方松薔薇はと言えば、特に変わった様子はなくガトレットの姿を視界に捉えているだけであった。


余裕のつもりではなく、本当に平気なのだろう。


ガトレットは、体を貫くつもりでそのあまりにも重くなり過ぎた左腕を、全身を回転させ無理やり勢い付けながら振り回す。

そして、上手く左腕が前に来る手前で足を止め、全ての慣性を腰伝いに左上半身へ伝導させる。






最大最高の条件の一撃。

掌打といえない程の予備動作であったが、最終的には棍棒の様に直線で突き出せた。


これは、常人程度なら一撃で重体か下手をすれば絶命級の火力を誇っていた。

クラスの魔力手榴弾と同等以上の威力。


それを、松薔薇の胴体真正面に打ち抜く。

完全に正中線を捉えた。







体に接触する。


足を固く踏ん張っていたにも関わらず、自身の魔力出力に筋力が負けてしまい殴り付けた感触と共に情けない事に自分が後方へ吹き飛ぶ。

だが、入った。


間違いなく食らった、食らってくれた。


淡い期待を抱く。








最大疲労感に包まれた体を何とか起き上がらせ、両手を突きながら前を見つめる。


黒い魔力が空間に弾け散り、その痕跡が徐々に拓けていく。

ーーーーー居た。






先生は…………………







松薔薇は軽くロングコートをはたつかせ、衣服の砂塵を払う。

顔は何ともなさげだが、結局どうなったんだ。


衣服をよく見る。

胸の下辺り、そこには。







ん。

…………………あ。

……………これ、







「入ってる。

それに、少し、少しだけ痣が出来てる!

松薔薇先生、これって、



「…………えぇ。

ガトレット、貴方の勝ちです。」







や。

や、やや。







「やったぁあぁあ!!」



「ふふ。

また回復してあげます、こっちにおいで。」



「え?はい!」








ガトレットは、僅か3センチ程度の大きさではあるが、英雄である松薔薇の体に傷を付けた。

魔力を纏いすらしていない状態で受けたとはいえ、これは素晴らしい結果であった。





校庭から途轍もない歓声という名の爆音が響き渡る。

ガトレットはこの時、団体戦史上最高の名誉を手に入れた。


それと共に地面に倒れ込んでしまった。

幾ら体と気を癒した所で、擦り減らした精神までは回復しない。

松薔薇は胸部の下に空いた小さな服の穴を3秒程で直し、即座にガトレットを脇に抱え校庭へ向かった。













ーーーーーー















「ーーーーーーという訳で、今回の一年による旧団体戦は終わりとなります。

現在時刻13時15分から17時までを自由時間とします。

皆さん、お疲れ様でした。」








校庭にて一年の団体戦兼勝ち残り戦は終わりを宣告された。


松薔薇の底は全くと言って良いほど不明なままであったが、何にせよガトレットの抵抗は見る者に希望を与える光景であった。













保健室に運ばれた後、ガトレットはブレイド達に軽く顔合わせをするとすぐに倒れ込んでしまった。


ブレイド達に掛けられた期待には見事応え切った彼は、この上位陣の仲間内でも大きく気に入られる事になる。

翌日の7月11日からは二年達の団体戦が始まるが、7月21〜月末の三年、8月の四年〜六年の団体戦の担当も全て松薔薇は受け持っているらしい。


とんでもない仕事量だが、皆今日は疲れからか一様に眠ってしまった。







全員が思う様な結末にはならなかったものの、誰も不満を抱く事なく無事に終わる事が出来た。


ブレイドは、今日の戦いがどれ一つとっても賞賛に値する試合である事を今更ながら振り返り、17時まで熟睡した。


何はともあれ、お疲れ様。

次回からは、元の時系列に戻します。

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