三十三話 黒い剣と黄色い刀
予想できないと思います。
ーーーーーー。
第四試合。
メンバーはソディアと、彼女が指名したブレイドとなる。
クラスの、難敵への下剋上と言える眩い活躍。
それは才能に自信を持てなかった者達への、夢への階となった。
そんな中、剣士として素晴らしい才を持つ、団体戦から活躍を見せていたこの二名が本気で戦うこの試合。
これまで多くの生徒達が超常の内容と見物していた状況をクラスが切り払った事により、改めて皆が集中して観戦する空気になっていた。
当事者からすれば緊張が増すだけなので止めて欲しい所なのだが、以前ソディアと街中で注目を浴びた時の記憶を思い出しブレイドは自身の緊張を抑えた。
ブレイドにとってこの試合は、本来有り得なかった決勝への道のりでもあり。
…………ソディアへの約束を果たす大事な機会であった。
自然と体に力が篭もる。
だが、これはプレッシャーによるものではない。
相当の実力を付けている今の彼女と本気で戦うのだという武者震いに近い期待感が、ブレイドの精神を高揚させていた。
戦闘狂という訳ではない。
只、共に歩む事を決めた彼女の歩幅が自分より大きな物だったから。
せめてそれに並ぼうとしているだけだ。
ブレイドは正面遠方で目を瞑るソディアに目線を送る。
暫くしてそれに気付いたのか。
ソディアが此方に朗らかな笑顔を向けてくる。
ブレイドはその顔を見て気持ちの整理が付く。
(ーーーー手合わせの時とは違う。)
「…………本気も本気だ。」
「ん……当然だ。
ブレイド、今の私が君にどれだけ切迫出来るか。
ーーーー試させてもらうぞ。」
「奇遇、いや、必然だな。
俺からしたらソディア、今のお前にどれだけ俺が通用するのかを試したいんだ。
だから、本気の本気だ。」
「っ!………嬉しいよ、そんな事を言って貰えるなんて。
君に二度も負けるつもりはないから、其方も安心して良い。」
そうして、二人が中央へ近付く。
それは、ここまでで誰も行わなかった行動。
ブレイドは右手の木剣を。
ソディアは右手の木刀を。
互いに打ち合せ音を響かせる。
かぁん、と。
学院に響くその音は、開始の合図と重なった。
音に意識を傾けた時。
ブレイドが背後にステップする。
それに対して両手に握った木刀を右後ろに下げながら、丁寧に間合いを詰め切る。
ブレイドはその動きに既に動揺を感じていた。
以前の手合わせをしていた時と比べて、異常に動きのキレが増している。
無駄なく詰めてくる上、此方はステップで距離を離しているのに対し向こうは刻んで近づいてくる為動きの融通に差がある。
何とも動き難い、圧のある歩法だ。
煙たく感じるその体捌きに対して不意に左右へのローリングや木剣の牽制を混ぜて距離を人一人分ほど空ける。
ここまでの僅かな動きを見ただけでも、至近距離は彼女の方が速度で上回っている事が分かった。
踏み込まれると不味い。
ソディアからすると常に距離を置きながら避ける相手に対して距離を詰める以外の対処法が無いので、此方も此方で攻めあぐねていた。
どうしたものかと思いながらも、頭にふと即席の作戦を思い付く。
彼女はすぐそれを実行に移す事にした。
びりびりと電気の迸りが聞こえる。
ソディアの足に、僅かながら電気が流れていた。
2、3秒してブレイドはその危険性を感じ取った。
不味い、何をして来るかわからない。
ソディアは跳ねる様に木刀を正面斜め右下に向け、その姿勢で追い掛け続ける。
ブレイドとしてはその木刀がいつ攻撃に転じるかが分からない。
故に一層集中して攻撃や踏み込みの動作が行われないか注視していた。
その時だ。
1秒程の時間。
何故かソディアが飛び退いている筈の此方の顔面まで飛び込んで来ていた。
ブレイドはそれが電気による肉体の機動性向上と言う事を頭で理解した。
それと同時。
一瞬だけ電気を纏わせた木刀による右下から左上への逆袈裟、斜め切り上げがブレイドに直撃してしまう。
ブレイドの肉体はそれにより肉体の自由を瞬間奪われ、受身を取れない状態で後方に数m弾かれた。
吹き飛ぶ此方に対し、容赦も情けもないと言う顔で追撃の突き刺しを放って来る。
それも同じく電気を纏っており、更に勢いも乗っており喰らえば致命打になり兼ねなかった。
同じく魔力を纏った左腕でそれを横に殴り付け、軌道をずらす。
それは地面へと5センチ近く突き刺さっており、魔力を扱えない常人が喰らえば一撃で骨を粉砕せしめる威力を秘めていた。
突き刺さった木刀を抜こうとした彼女に、起き上がりながら低い姿勢で左足を突き出す。
当たれば良いな程度の蹴りであったが、抜けぬままの木刀を両手で無理矢理蹴りの位置にずらし蹴りを上手く防いでしまう。
状況判断が的確だ。
厄介だと感じながらも、一先ず距離を置く事に成功する。
飛び退くブレイドの全身に黒い魔力が滲み出る。
ソディアは直ぐにそれを視界に入れると、魔力を惜しげもなく木刀に流し込んで地面から抉り出した。
退きながら段々と木剣に魔力を溜めていくブレイドをどうにかしなければと思い、特に考える事はないと足に電気を流し勢い良く走り出す。
【真空剣】の、しかも溜め版。
魔力を体に纏ってもダメージは間違いなく受けてしまう、防ごうにも木刀にどれだけ損傷を受けるかも解らない。
溜まる前に潰せば良い。
そう考え、次に前へ突き出した左足に爆発的な魔力を込めた。
一瞬。
ソディアの足元から此方へ一筋の電撃が突き抜けた様に感じた。
それ程までに彼女の元いた場所から自身の後ろ斜め上に掛けて残された電気の軌跡は、美しい余韻をブレイドに感じさせた。
しかし咄嗟の行動に思わず溜めていた魔力を戻してしまう。
序でで背後に飛んだ彼女の動向をまだ確認していなかった為、今は状況の把握が先と感じ即座に後ろへ振り返る。
そうしてブレイドの視界に映った光景は、人生で初めての部類の衝撃を与えた。
「ーーーーー壁を……………電気が。
……………ソディアが駆けてる。」
ソディアは瞬発的に踏み出す足に魔力を大量に集約させ、学院内の壁を正に電流の如く駆け回っていた。
無駄に魔力を消費する事なく、且つ最大まで自身の機動力を上げる彼女の剣技以外での才能に、ブレイドは少し悔しさを感じた。
だが今は私情を浮かべている時ではない。
深呼吸をして、再び体に魔力を練り始める。
遠く、ある時は近い距離から。
ソディアは、ガトレット戦でフィスタが見せた強烈な踏み込みの速度に近い速度で移動しながら、時折急激な軌道変化からの斬撃を打ち込んでくる。
何も壁に限った話ではなく、どうやら地上でもその電流の如き移動は可能であるらしい。
壁をバネに此方へ飛び込んで来たり、此方に打ち込んだ後はその流れで壁走りを行い追撃を避けたりと。
捉えるのも難しいのに、逃げも一級品であった。
これにはブレイドも思わず苦い表情を浮かべてしまう。
ソディアはこの戦法、これまで行われたクラス達による三試合を観戦する中で考案していた。
実戦で使用するのは当然今回が初めてであったが、初速させ乗せれば後は軽い魔力操作と体幹移動で出来る事を瞬時に察し物の1分程度で使い熟していた。
ブレイドの困る顔を見ているととても愉快な気持ちになり、偶に軽い笑い声が出てしまう。
だが、いつまでもこうしていては此方の魔力が流石に保たない。
体も酷使するので何分も続けていると息が上がり調子が崩れるのを体が感じ取り、一旦地面に着地する。
ブレイドは、
「やっと降りてきたか。」
等と言っていたが、ソディアはそれに対して軽く
「あぁ。君が余りに困り顔だから。少し可哀想でね。」
と意地悪げに茶化す。
ブレイドは少し苛ついたが事実手の出しようが無かったのも事実であり、静かに咳払いをする。
ブレイドは、練り上げた魔力を全て右腕に移動させ、更に木剣へと流し込む。
木剣をトリガーに段々と膨れ上がる黒い霧の塊は、既に団体戦やガトレット戦で使用していた際の大きさを優に超えていた。
1メートル程度の木剣を基軸に、その全長は3m近くまで膨張していた。
横幅も1m程度は有り、一撃で一本の木を破壊出来るだけの危険性を持っているのが見て取れる。
それに対してソディアは、意外にも正面で木刀を構え始めた。
ブレイドは逃げ回らないのかと驚きつつ、一種の舐めにも感じてしまい声を上げる。
「避けねえのか?」
「あぁ、私にだって考えはあるぞ。
ふざけている訳ではない。」
「避けねえ時点で俺からしたら挑発だ!
どうなったって知らねえからな!?」
「大丈夫、【前も出来た】からな。
今回も出来る。」
ーーーーーー前。
前ってのは、最初の手合わせの時のあの防御か?
あの時と今回とじゃ、威力も範囲も全然違うだろうが。
ブレイドはこれ以上話をしても仕方ないと感じ、全開まで溜めた真空剣を上から振り放つ。
視界の前方に黒い濃霧が重さと質量を伴って正面へ突き進んで行く。
瞬時に周りへは魔力が飛び散り、縦3m弱の高さと横1〜1.5m程度に幅を変化させながら秒速10m程度で進んで行く。
それは、正面で何やら企んでいる様子のソディアへと2秒ほどで到達する速度であった。
撃ち出す途中までは少し血が上っていたが、冷静に考えれば大事な女性にする攻撃では無かった。
急に安否が不安になり、放った真空剣と共に自身も可能な限り早く走り出す。
前方から放たれる真空剣。
それは恐らく過去に彼が放ってきた真空剣の中でも頭抜けて強烈な攻撃。
今の彼が放てる最高の威力の攻撃。
ソディアはそれを冷静に視界に捉えながら、木刀に可能なだけ電気を溜める。
全身にも電気移動の2、3倍の出力の魔力を纏い。
眼前へ迫る真空剣に対して右斜め上から正面へ切っ先を向ける。
ソディアが持つ斬撃の中で1番力を乗せられる構えがこれであり、この構えから時計周りに切っ先を移動させながらの斜め下への切り下ろし。
ソディアの最も得意とする袈裟斬りで以て、ブレイドの真空剣を迎え撃った。
(ーーーー今。)
電流を周囲に巻き起こし、弾ける電気の音を立てながら全開の袈裟斬りを放つ。
それは一瞬真空剣の中心部へと撃ち込まれ、僅かに勢いを殺す。
だが全く威力が死んでいない。
それは分かっていた。
既に左下へ移っていた木刀を、一気に右真横へ切り付ける。
それはまたも真空剣の黒い魔力の勢いを軽く流すに留まる。
間髪入れずに右真横から左真横への薙ぎを打ち込む。
ソディアの脳内でリズムが鳴り響く。
たん、たん、たん。
それは、現実では一秒間に二〜三発の斬撃として実際に奏でられていた。
10秒程が経過して。
真空剣。
ブレイドの持つ最強の質量と範囲を、そして破壊力を持った技。
フィスタ、ガトレット、他の生徒。
これまでに全員に対して切り札、牽制としての役割を持っていたこの技は。
ばりり。
電撃の余りを蓄えた木刀が軽く左、右と払われ。
ソディアの足元へと突き立てられる。
大きく乱れた息を、過呼吸ではなく落ち着いた呼気で少しずつ整えていく。
何秒か、十何秒かわからない。
唖然として固まるブレイドの目の前にソディアは堂々とした様子で立ち塞がっていた。
真空剣、ソディアの連撃により攻略。
貧血の様に足元が覚束なくなり、前にいたソディアに慌てて抱き止められる。
ブレイドは、自身の真空剣を避けも防ぎもせず。
完全に殺し切られた事に精神的な致命傷を負ってしまっていた。
そのまま上半身から地面に崩れ、四つん這いになってしまう。
しかし、ソディアもまた魔力切れを起こしてしまい、極度の疲労を隠しきれず両膝を突いてしまう。
お互いがそれぞれ精神的、肉体的代償を支払う事になった。
数十秒してもお互い動けず固まってしまった為、松薔薇が席から立ち上がる。
2人の元へ近づく。
何方が勝ちという事にしますか?
魔力も体力もブレイドには余っているが、到底戦える心理状態ではない。
魔力も体力も大きく消耗してしまい、気力しか残されていないソディア。
この結末は想定しておらず、松薔薇としても審理に困った。
「ブレイド。
今からその重い腰を上げて、ソディアと戦えますか?
片手で押し倒せる程に彼女は疲弊しています。」
「…………もう、良いです。俺、自信無くしちまったんで。
………唾も息も飲みたくない、何もしたくない。」
「うん、成る程。
ではブレイドは負けという事で良いですか?」
「良いです………俺降ります。」
それを耳にした松薔薇は、続けて地面に仰向けに倒れているソディアに屈み込んで話をする。
動けそうにはないが、続行する気持ちはあるか?
それに対して彼女は首を微かに左右に振り、もう動けそうにない事を伝える。
「ブレイドは体だけは元気なのですが、どうにも気力が無くなってしまった様です。
ソディア、貴女は気持ちだけは燃えている様ですが、体力が枯渇していて動ける状況にはない。
うん、困りましたね。」
松薔薇は、本気で困っていた。
これでは何方を敗者勝者とするか判断出来ない。
しかし勝者がいないとガトレットの相手が居ないまま不戦勝となる。
それは当人も不服だろう。
適当に銅貨をポケットから一枚取る。
ブレイドとソディアに表と裏を聞き出す。
コイントスで片付ける事にした。
ブレイドは表、ソディアは裏。
軽く上へ投げる。
そのコインは簡単そうに10mの天井にぶつかり、更に下、上、下と合計で二往復も跳ねた。
これを間近で見ていたソディアとブレイドは松薔薇という人間、超人の存在を認識すると同時、2人して倒れてしまう。
そしてコインは、
……………。
松薔薇は床に【刺さった】コインを引き抜く。
コインは表でも裏でもなく、縦だった。
軽く溜め息をすると、数秒して大きく宣言をする。
座席の水晶を通じて校庭に発された言葉の内容。
それは、
「両者共に戦闘不能。
コイントスも外れにつき、この試合、両名共に己の管理不足として敗北にします。」
校庭の高台にいたアラガンが院長が、大きな声を上げる。
では今回の決勝、相手はどうなるのだ、と。
松薔薇は続けてこう言い放つ。
勝者は無し。
だが、ガトレットに申し訳が立たない事態は避ける事にする。
松薔薇は床の2人を抱えて学院を出てくる。
校庭に集まっている一年生徒998名、及びロルナレ家の者も含めた教師達に、声高らかに発言する。
「ーーーーーーー私が出ます。
決勝に進むのが、己の自己管理もできない者では皆さんも納得できないでしょう。」
「ガトレット、君は午後1時の試合を私と戦ってもらう事になります。
確りとここまでの団体戦や勝ち残り戦で鍛えた経験や肉体で、全力で私と戦う様に。」
「嘘みたいだ。
僕、ソディアかブレイドのどっちかと戦う事しか考えてなかったのに。
…………でも四英雄の1人と戦えるなんて、試合なのに凄く嬉しい。」
ガトレットは保健室に居た。
連れ込まれたソディアとブレイドの他にフィスタやクラスが寝かされている中、誰も想定してなかった決勝戦の内容に心躍っていた。
それは、横になりながらも今日の事を振り返っていたこの場の全員にとっても驚愕の事実である。
「ガトレット。」
「ん、どうしたのフィスタ。」
「…………死ぬなよ。」
「え。」
「なぁガトレット。」
「どうしたのブレイド。
休んでたら?」
「………無事に帰って来てくれ。
俺以上の怪我は負うなよ。」
「………君のは、心の傷だろ。」
「えぇっと、ガトレット。
一ついいだろうか?」
「うん、何?ソディアさん。」
「君は、今回の団体戦や勝ち残り戦の中で、松薔薇先生の強さを感じ取れたか?」
「…………うーん。
皆と同じだと思う、【全てが異常】って事しか分からない。
これは理解してないのと同じだね。」
「あぁ、そうだ。
誰も、松薔薇先生の実力を知らない。
知るのは英雄のみだろう、だからそんな松薔薇先生の実力を少しでも引き出して欲しい。」
ソディアがそう言うと、全員がベッドから起き上がり口を揃える。
無言だったクラス、ブレイズすらも起き上がる。
ブレイド、フィスタ、ソディアと合わせて五人。
思う事は同じ。
【決勝を華々しく、英雄に驚嘆を】
未知そのものである松薔薇という生きる英雄。
彼に、この中で1番強いガトレットが何処まで通用するのか、見物であった。
こうして、旧団体戦は終わりを迎えようとしていた。




