三十話 最終日第一試合
書き方を少し固定してみました。
「ーーーーーー第一試合。」
「Aブロック勝者ガトレット。
対するは、Bブロック勝者フィスタ。」
「お互い全力を尽くして下さい。
怪我は幾ら負っても問題ありません、全て私が治癒します。」
ーーーーーー緊張する空気。
第一試合の対戦カードは、かなりの人数が注目している内容である。
二人共五体を使用する戦闘スタイルの関係上、必ず至近戦になる。
展開が読めない分、観戦者達の間で議論が交わされ続けていた。
だが、それももう終わり。
試合は、もう始まる。
「………フィスタ君は、腕以外は攻撃に使えるの?」
「ーーーーん?
使えるが、それが何だ?」
「僕は腕しか使えないんだよね。
君は足も使える分リーチで有利を取っているから、僕に対して拳は使わないのかなって。」
………そう言われると、気になるな。
俺が逃げてる様に見えちまう、それは本意じゃねえ。
こいつ、言ってる事が本当か解らねぇ。
どうするかな。
「お前が殴り合いしたいってんなら、そうしてやるよ。
言っとくが俺は加速魔力だ、単純な打ち込みは相打ちにすらならねえで俺の全段命中だ。
それでも良いのか?」
「うん、魔力は好きに使って。
僕は、僕が出来る事を、君に対して考えた対策を講じるだけだから。
君も僕に対して何を用意したのか見せてね。」
「ーーーーおう。」
そんな会話が行われているのは、実は校庭ではない。
学院の入口のすぐにある広大なエントランスを物払いし、より味のある試合場を用意していた。
今二人はそこに立ち、校庭の高台に設置された画面水晶にその状況を映像として送り続けている。
松薔薇のみが直接エントランスの正面に抜ける扉位置に座席を設け、近距離から観戦する。
そんな中で二人が口にする言葉は、全て松薔薇の座している観戦席に置かれている円形水晶を通じて映像と共に全生徒へ流れる。
仮に先程の流れでフィスタが殴り合いを拒否しようものなら、ブーイングが起こっただろう事は分かり切っていた。
それはある種の話術であり、世間体を意識させる事により実質的にフィスタの攻撃手段を腕のみに限定させるという匠の印象操作であった。
これ自体がガトレットの考えていた対策の一つである事を松薔薇は理解した。
対するフィスタはと言えば、此方もこちらで考えがあるらしい。
それはどの様な対処法であるのか、甚だ興味が尽きない。
そして、試合開始のカウントが行われる。
「10秒前です。」
二人の気楽な姿勢は途端に堅いものになり。
フィスタは右の握り拳を正面に突き出す。
ガトレットは体を縦向きにし、右掌を開きながら指を揃える。
両者の始動は決定した。
空気が重くなる。
全ての人間が、生徒が、教師すらもが、これから起こる出来事に注目していた。
そして、1秒前が宣告された。
「ーーーーえ。」
体を力み直しながら瞬きをしたガトレットの視線は、先程20m先にいたフィスタの肉体を眼前で捉えていた。
恐らく瞬くタイミングに合わせて踏み込んできたのだろう。
秒速20m近いその勢いを全て左足で止め、それを軸に風切り音を鳴らす速度の右アッパーがガトレットの顎下を打ち抜いた。
尋常ではない先制に、見ている者の反応は実力者も含め約1秒後であった。
右手の拳骨に確かな手応えを感じた。
フィスタは、己の先制が一先ずガトレットの意表をついた事を認識する。
だが、それは直接突き出ている顎の骨を打ったという感触ではなかった。
そして、ガトレットが何をしたのかはすぐに分かった。
コイツは、直撃してない。
めきり、と。
骨の軋む音がする。
こいつ、こいつは。
水晶がその状況を映す。
フィスタの拳は、全開の強化魔力で保護された顎とかち合っていた。
そして魔力の出力で負けたフィスタの拳が、逆に軽傷を負っていたのだ。
それにしても、ガトレットの動体視力は半端ではない。
俺の踏み込みを瞬間的に捉え、咄嗟に脆い部位である顎一点のみに魔力を集めた。
腹や他の部分には目もくれず、俺の低い姿勢から攻撃のパターンを即座に理解して顔面を守った。
成る程、強い。
フィスタは右手を軽くストレッチさせ状態を確認しつつ、唖然とするガトレットを視界に入れた。
どういう事だ。
「………危なかった。
本能的に魔力を出したから良かったけど、直撃してたら終わってたかも知れない。
フィスタ、これが君の速度なんだね。」
「おう、殴れそうか?」
「あはは、難しい、かな。
でも右手を痛めてるみたいだ、自分の方はそこまで魔力を出してなかったのかな。
失敗したね。」
「………丁度良いハンデだ。
別に打てない訳じゃないしな。」
それを聞いてガトレットは笑う。
物理的には打てるだろう、と。
ただ、それをすれば手甲の亀裂が悪化して試合中に利き腕が使えなくなるのは直ぐ分かった。
ここからは左腕で攻めてくるだろうフィスタに対して、ガトレットは少し痛む頚椎を摩る。
フィスタはそれが誘いではなく反射的に痛みを庇った物だという事を察知して即踏み込む。
あまりの攻めっ気に驚くガトレットに対し、フィスタの全速力で勢いを乗せた左フックが襲い掛かる。
咄嗟に魔力を込めた右肘で脇付近を固めて防ぐ。
だが猛攻は止まらない。
「おらオラァッ!!」
「ーーーーっ、ぐっ。」
到底対処し切れない右腕と左腕から繰り出される高速のジャブ、そこに混ざるフック。
一点狙いの攻撃でないとは言え密着での彼の手数は判断を鈍らせる程であり、ガトレットは全身を魔力で覆いながら攻撃の2〜3割を攻撃で相殺するのがやっとであった。
堪らず止めていた息を吸い込み、その場から左右へ後退する。
しかし、
「逃さねえよ。」
「んっ、んぅっ!」
ガトレットのバックステップに合わせて前に飛び込み、その反動で右フック、左アッパーと的確に鳩尾や顎を狙ってくる。
単純に殴り合ってもこれだけ押されるのに、更に強烈だろう蹴りが仮に放たれたとしたら、既に対処可能な範囲を超えていただろう。
ガトレットは彼を印象誘導して正解だったと思い浮かべながら、フィスタの激流を受け続ける。
「ーーーー素晴らしい。
肺活量や持久力が秀でているからでしょう、動きが止まらない。」
松薔薇は、フィスタの実力がグラプロ戦以上の物であると考えていた。
基本的にレベルの上昇と言うのは、本人の常識や精神的影響が大きい。
仮に魔物を倒した、強力な装備を手に入れたと言っても当人の精神性や肉体性が追い付いていなければ意味は無く、恩恵は得られない。
しかし、今回の団体戦及びトーナメント戦の経験を得てフィスタの実力は倍近くまで伸びている事を感じ取る。
これはもしやと思いフィスタを解析すると、やはりと言った感想が出てきた。
「レベル、30ですか。
いつの間にブレイドやガトレットと同程度まで上がったのか。
血拳再来は、もしや叶うのでしょうか。」
フィスタが大きく跳び上がり、叫びと共に全身から魔力を霧散させる。
肉体を覆うその魔力は、全て右拳へと集められていき。
ーーーー紅い奔流となってガトレットに落下する。
衝突すると同時に周囲へ赤色の魔力が迸り、それは相当な威力の攻撃である事を見る者に理解させた。
フィスタは息を整え土煙の中を視認する。
そして気付く。
自身の右手首が地面に埋まっており、ガトレットは一瞬で窮地を優位に変えたと言う事を。
フィスタは本能で左地面に仰向けになっていたガトレットへ左腕を打ち込む。
しかし白刃取りの様に両手で手首を握られ、強化魔力で筋力を上げたガトレットによって掴まれた左腕を地面に埋められる。
そして両手がほんの5、6秒の出来事の内に使用不可能になった現状を深く察し、薄っすらと微笑むガトレットに感嘆の表情を向ける。
「お前…………凄えな。
俺が決定打を打ち込んでくるのを待ってたのか?
あの猛攻の中で考えたのか。」
「うん。
君とは普通に殴り合っても勝てそうになかったから、ずっと好機を窺ってた。
そうしたら息を荒げる僕に隙のある落下攻撃をかまして来たから、見切って埋めたんだ。
もう速度は把握してたから、予測さえ出来れば対処は可能。」
「腕、抜けねえな。
ガトレットお前、俺をどうするんだ?」
「………どう、して欲しいの?」
最後の散り方を選ばせてくれるって訳か。
なら、本気の打ち込みで終わらせて欲しいな。
「そっか、そうだよね。
そういう人なんだろうね、君は。
解った、ブレイドに使った左手の掌打、君にも使う事にするよ。」
「ありがとな。
また機会があったら戦おうぜ、ガトレット。」
「うん。
なんなら翌日でも良いよ?」
はは、勘弁しろよ。
そう呟きながら、肘まで突き刺さった腕が抜けない事態を受け入れる。
ここで足を使う、なんて戦法は取らない。
今のこいつ相手じゃ腕より動きの遅い脚の攻撃はもう見切られちまうだろうしな。
練り出されていくその魔力は仰向けのまま肘を曲げている左腕へと集中していき。
数度の瞬きの後、その黒い魔素を大気に散らし決着となる。
だが、彼の掌打はフィスタに打ち込まれる事はなかった。
打ち出す手前に意識を失ってしまったフィスタがガトレットに倒れ込み、ガトレットは腕に集めた魔力を即解除したのだ。
胸の動悸音を確認し無事に終わった事を松薔薇に伝える。
フィスタに膝枕をしながら松薔薇の感想を聞き、1分ほどしてガトレットはエントランスから去って行った。
残されたフィスタに対し大気の自然魔素を集約させ傷を癒し、そのまま埋まった腕ごとフィスタの腹を左手で抱え地面から引き抜く。
それをエントランスから出る瞬間に目撃したガトレット及び校庭の生徒達、そして教師は皆一様に思った。
どんな腕力だ、と。
しかし松薔薇の力は同じ実力帯の者からすれば小鳥の様な物であり警戒には及ばない程度の力だと言うのを観戦者達は知らず、
ーーーー松薔薇先生って実は武闘派!?
ーーーーフィスタが大根みたいに引き抜かれてるぅうーーーっ!!
ーーーーこれが英雄の身体能力!!
とまぁ、好き勝手盛り上がっていた。
エントランスから出てすぐ、ガトレットは地面に寝込んでしまう。
乱打を凌いでいる時点で体にはかなり痛みや疲労が蓄積していたのだ。
それでも勝機を逃すまいと何とか意識を保っていたガトレットは、入り口で松薔薇にフィスタ同様の治癒を施される。
フィスタを左脇、ガトレットを右脇に抱えて保健室に寝かせに行く松薔薇の姿は校庭で直接目撃されていた。
これから戦う他の者達も、ああなるのだろうかと少し想像しながら第一試合は幕を閉じた。
ブレイドは、フィスタが最後の一手を誤らなければ間違いなくガトレットを打ち取っていた事を考え、フィスタに対しての実力を再認識する。
俺の連れは、全員今回の団体戦を経て別人になってるんだ。
負けられねぇよな。
闘志を静かに燃え上がらせていた。
そうして、第一試合は幕を閉じた。




