二十五話 掴みと殴り
気が向いたので。
途中経過は省略する。
Aブロックの流れと基本的に同じ形で進んでいき、
「ーーーー10番、20番。
9時55分から開始です、準備をしておく様に。」
松薔薇による淡々とした説明が進んでいく中、当事者の二人は、互いの存在以外には意識を向ける事なく既に向かい合っていた。
フィスタは、ブレイドを破る程の人間が居るならば他のブロックにも居るだろうと踏んで魔力の使用を控えていた。
だが、それは相手も同じであった。
相手を見る。
「………何だか、掴めねえ奴。」
ここまでの試合で、奴ーーーーグラプロとかいう男が魔力を使う所を一度も見ていない。
だが、戦闘スタイルは既に明らかになっている。
こいつの戦闘法は、掴み。
相手の腕を掴み、足を掴み、服を掴み。
そこから至近戦に持ち込み戦いの流れを作る。
典型的なインファイター、俺と同じだ。
が。
自身の拳を見つめる。
「もう俺の戦いたかった奴とは当たらねえ。
だからせめてこの野郎を潰してブロックに残る。」
グラプロとかいう奴。
上背は俺より少し大きいくらいの物だが、体が厚い。
体を鍛えてる奴なら分かる、あれは間違いなく筋肉による分厚さだ。
掴まれたら普通の奴はお終いだろう。
けど相手は俺だ。
そうして軽く準備運動をしながら、戦いの瞬間まで敵の情報を纏め続けた。
「それでは、試合を始めます。
両者構えて。」
「………」
「……」
ーーーーーー始め。
グラプロが鈍く正面へ走り出したタイミング。
フィスタは握り込んだ右手の肘を縦に曲げながら前へ突き出し、左手は右手の上腕に添える普段の構えでそれを見つめていた。
相手より先に攻撃が届く様に且つ、牽制も兼ねたこの構え。
まずは軽い様子見から。
グラプロは、大きく開いた右掌でフィスタを掴もうとする。
それを数度に渡り容易く右手の握り拳で弾き続ける。
何度かそれを行い、グラプロは左手による不意打ちを仕掛けてきた。
それを視界端で捉えたフィスタは、瞬時に足元へ横薙ぎにされた左手を踏み台に跳び上がり、
(……カウンターって奴だ。)
両足でグラプロの胴体を蹴り飛ばした。
足元で堪えきれずに地面へ尻餅を搗いたグラプロに対して即座に着地から走り出す。
一切流れは渡さない。
飛び上がる。
「凄まじい身軽っ」
「おう、喰らったら骨ヤバいぜ。」
2m近く飛び跳ね、空中から縦に回りながら踵落としを打ち出した。
魔力抜きでの様子見状態で喰らったら罅ぐらいは入る。
全開で蹴り落とす。
大量の煙が巻き上がる。
フィスタは勘でその場から飛び退く。
瞬間。
「ーーーー危なかった。
魔力を展開しなければ右腕の前腕に罅が入っただろう衝撃。
よく鍛えているな、お前。」
「マジかよ…………重力魔力って奴か?」
「正解だ。
良く知っているな、物知りな知人がいる様だ。」
空間に手を振り抜く。
するとその軌道上の視界が歪む。
間違いない、重力魔力。
相性最悪じゃねえか。
普通に攻撃した所で、その箇所に重力魔力を集中させれば体表の空間が強烈な重さの空間へと変化。
俺の攻撃は当たる前にほぼ殺し切られる。
どうする。
俺の魔力は加速。
瞬間的な速度を上げるにしても結局重力には逆らえない。
攻撃軌道を読まれたらどれだけその後の速度が速かろうが打撃予測箇所に魔力を集められて防がれちまう。
とは言え、考えてばっかりは性に合わねえ。
全速で飛び込む。
グラプロは予想外の行動に目を細める。
重力を纏った右手を正面へ構え、こちらの対処法を明かそうとしている。
俺はその右手に紙一重まで近づき、グラプロが握り込もうとするのを本人の圧から感じ取った。
そしてたった一瞬。
足先へ加速魔力を纏わせた。
瞬時にその場から背後へ回り込む。
見事な赤い残像が空間に残り、見る者に強い印象を与えた。
あまりに見事な敵の欺き。
そして背面から右脚の後ろ蹴りを喰らい、グラプロは再度膝を突いた。
数秒後、観戦者達の歓声が響く。
フィスタ本人は、本能的に動いた部分があり実感が湧かず、静かにグラプロを見つめる。
静かに立ち上がる。
「………成る程、圧倒的な速度。
これでは予測して防ぐのは無理という話。」
「解ってるじゃねえか。
そう、お前の弱点はその鈍重さだ。」
「防御出来るのは、攻撃が当たると解っている部分だけ。
それが出来ない様に最大まで意識を引き付けて、別の箇所へアプローチする。
加速魔力の俺相手には分が悪いみたいだな。」
「…………ええ、そう【仮定】している。」
ーーーーー仮定。
何だ。
コイツまさか。
戦いの気配を感じ取り、再度構える。
グラプロは、一箇所に集める事しか出来ないと思わせてその実、先の濃度の魔力を全身に纏えるだけの容量を持ち合わせていた。
戦略を優位と思わせる為の、引っかけ。
俺はそれに、まんまと乗せられたって訳かよ。
…………苛つく。
体は鈍い癖して、頭は結構な切れ者かよ。
すると、突然グラプロが拍手をし始めた。
突然の事に驚いてしまう。
それは周りの人間も皆同様であった。
「いやぁ、俺にここまで本気を出させるとは想像出来なかった。
素晴らしいな、君。」
「…………あ?」
「怒らないでくれ、褒めてるんだ。
私ほど筋量もないだろうにあれ程までの衝撃を五体に乗せる。
相当な努力と才能が無ければ無理だと思うし、それを実践で平然と決める状況判断や胆力も素晴らしい。」
「へ、言ってろ。」
グラプロは全身に纏わせた魔力をそのままにせず、何と右手に全て集め始めた。
それは、触れられた時点で体を地面へ叩き落とすだろう。
それを地面へ沿わせる。
見る見るうちに一定以上の距離から地面の土が陥没して行き、片腕が肩まで埋まるほど深い穴を作り出した。
尋常ではない、触れたら真下へ吹き飛ばされる。
先程までとは比べられない圧を纏ったグラプロが、飛び込んでくる。
警戒しつつ、右手の軌道に被らない様に避け続ける。
見るだけで軌道上に重い空間が作られていくのが解った。
連続で振り回してくる。
それを安全な軌道で避け続ける。
それだけで一見完封している様に思えた。
だが、
ずりっ。
足元が何かに引っ掛かる。
縄だ。
この野郎。
「それを超えたら失格になるよ。
逃げ続けてもエリア内は微かに俺の魔力が溜まっていく、その内体が重くて身軽に動けなくなっていくだろう。
さて、どうするんだフィスタ。」
「クソがっ」
加速魔力を両足に纏わせ、突進して来るグラプロの肩を踏んで位置を入れ替える。
何とか躱せた。
だが、ずっとは避けられない。
何か、何か策が。
………………。
「考える余裕なんか与えないぞフィスタ!」
「チッ。」
そうして数度、十数度と捌き続ける。
段々と空間内を占める重力の痕跡が多くなっていくのを感じていた。
長期戦は明らかに俺が不利。
だったら。
再び縄際に詰まる。
グラプロはじっくりと周囲に右手を振り回し空間を重くしていく。
そして、正面3メートル程まで詰め寄ってきていた。
…………ふう。
「ーーーーーん。」
フィスタの右拳に、最大出力の加速魔力が込められる。
それはある種のラインを越え、赤い霧から電気の様な状態へと一瞬変化していた。
最高速で放たれるフィスタの拳がどれだけの速度か解らず、足を止める。
フィスタは、考える暇すら与えず右足を強く踏み込んだ。
グラプロはそれを予兆と判断し、正面を両手で防いだ。
最悪でも顔面と上半身を守ることが出来る。
万全を期した守りの姿勢を取ったその時。
同時に、
「ーーーーおらァっ!!」
「何だ、
最初と同じ様に背中を、今度は両足で蹴り飛ばされて。
グラプロは縄を飛び出してしまった。
あまりの早業に生徒達は皆理解が遅れている中。
松薔薇はそれの一部始終を見て感心していた。
(唐突な必殺級の一撃。
当然万一に攻撃された場合を考え一旦防ごうとする。)
(だが一旦待って訪れない攻撃を疑問に思い一瞬正面へ意識が向く。
その体がリラックスする瞬間を狙い、拳の魔力を今度は足に回し2歩で裏周り。)
「最後に振り向いて全力の飛び蹴り。
………何とも鮮やかな物ですね。」
緊張の中、告げる。
「勝者、20番。
10分後の10時10分からCブロックの試合を始めますので、準備を済ませておく様に。」
ーーーーーフィスタまじ強ぇぇ!!
ーーーーーグラプロも半端なかったな!
ーーーーー格好良いぃ〜〜!!
そんな大衆の声が耳に響く。
緊張が解け地面に座り込む。
かなり疲れた。
グラプロがこちらへ歩いて来る。
何だ?
「いやぁ負けた。
強いな、フィスタ。」
「ん、ありがとよ。
グラプロの状況を利用する戦い方を見習って、最後の方は縄を利用させて貰った。
良い戦いだったぜ。」
「はは、良い向上心だ。
私以外で強い者はこのBブロックにはもう居ないだろう。
後は十日目の第五陣終了後の準決勝まで出来レースという訳だな。」
「相手に失礼だろうが。
ま、そうだろうけどな。」
「あぁ、そうだ。」
「……………俺、Aブロックで最後に負けたブレイドと決勝で戦うつもりだったんだ。」
「………ほう。」
強者相手にフィスタは語り始める。
自分は最初から少し浮ついていて、勝てるのは当然とばかり思っていた事。
ガトレットやグラプロの様な自分達と同等以上の生徒が他にいると思っていなかった事。
そして、先の事よりもまず、これほどまでに強い相手と戦いながら一種の報復心を原力に動いていた自分が馬鹿らしく思えてきた事を、グラプロに伝える。
それを、グラプロは静かに聴き続けた。
「悪かったな、グラプロ。
お前みたいな強い奴と戦ってる時くらい、ちゃんと敬意を払うべきだった。
すまねえ。」
「構わないさ。
俺としても、今よりもっと強くならなければならないと痛感して心躍っている所だ。
感謝している。」
「…………そうだな。
戦いってのはやっぱ、面白えな。」
俺はグラプロに軽く別れの挨拶を告げ、外でずっと見守っていたナジャの元へ移る。
感動しているのか目を見開いていたが、Eブロックまでの空き時間を二人でのんびり過ごす事にした。
「えっと……………準決勝おめでとう。」
「まだトーナメント戦初日だろうが。
焦り過ぎだ。」
「でも相手になる人、他にもう居ないわよ。
私、絶対フィスタと戦うんだからね。」
「…………ッヘ、おう。
Eブロックはブレイドの連れのソディアが居るからな、お前も頑張れよ。」
「ええ。」
松薔薇は校庭を見つめながら考えていた。
「Cブロック、Dブロック、eブロック。
初日の時点で実質準決勝のメンバーは全員決まる訳ですが、各ブロック最終戦の敗者はどうしたものか。」
「ブレイド、グラプロ。
この二名のどちらも、一手違えば勝ち残っていた実力者。
このまま終わらせるのはつまらないですね。」
そして、思い付く。
「表のトーナメント戦の決勝が終わったら、裏トーナメント戦を開く事にしましょう。
そこで、表を破れ去った猛者達を競い合わせ、更に強く育て上げる。
決まりですね。」
校庭でCブロックの開始が近づく中、壇上で松薔薇は一人笑う。




