百九話 自信の無い彼女
久しぶりです。
少し貯まってる部分を出します。
11月3日。
現時刻、午後16時過ぎ。
ヴェルウェラの方が移動速度は3倍以上だが、巳浦におんぶされたいとの要望で(渋々)その頼みを受ける流れに。
そうして巳浦とヴェルウェラは400kmの長距離を経てバルト王国の王城前に到着した。
掛かった時間は2時間40分以上、流石の巳浦でも汗がかなり滲む。
※跳躍して帰っていったダンジョンは、1時間少しでバルト東方面にあるキャロ村へ到着している。
ヴェルウェラ本人はずっと胸元に両腕を巻き付けてすやすや状態。
巳浦は、生前ですら頼まれた記憶のないおんぶ走りに困惑を隠せないまま一応検問所に並ぶ。
幾らなんでも目立ちすぎるため最後尾に着いた時には降りてもらった。
当然バルト王国の検問所は顔馴染みでもある訳だが、形式的に腕章は見せる。
久しぶり、という程ではないが帰国。
巳浦が街に入るや否や、
『闘技場で戦ってたにいちゃんだー!』
『私ファンなんです!サイン下さぁ〜い!』
『なんか奢るぜ!食っていきなよォっ!』
学院戦を観戦していたバルト王国、いや他国から訪れていた人間達に認知され始めていた。
照れ臭さから早歩きで街を突き進んでいく。
そんな巳浦へ、齢一桁の子供達が憧れの眼差しを向ける。
子供だけではない。
戦闘を本職とする傭兵や冒険者、武家の人間といった者達からは真剣な視線を向けられる。
それには羨望、憧憬、嫉妬、無力感、様々な思いが混合していた。
そんな人衆から1人、誰かが駆け寄ってくる。
ロルナレ家の人間かとも思ったが、時間帯から勤務中だ。
「あの!」
「…………ん、なんだ。」
「わ、わた、わだ、わたじと、」
「手合わせ、お願い時じばずっ!?」
「え………ま、まぁ取り敢えず落ち着け。」
「は、はっ!」
戦闘職の者達が理解出来ない顔を、その女性へ向ける。
当然だ、恐らくは頭がおかしいのだろう。
巳浦は、その女性の外見をまじまじと見る。
動きやすそうな半袖の白シャツ。
革生地の備品入れを左肩から右腰へ巻き付け、長丈の青いジーンズを履いた両足の腿に、同じく革製の備品入れが巻かれている。
随分な軽装だ。
使う武器は、この身に付けている細々とした何かか?
そんな事を考えていると、いつの間にか眼前まで距離を詰めていた。
ーーーいつ、10m近い間隔を詰めたんだ。
自分の五感で捉える事が出来ないという事は、その時点で並の人間ではない。
1発でその正体に興味が湧く。
「わ、私はですね、西方にあるエレエラ国から遠路遥々やってきた者でご、ございます!」
「ーーーエレエラ、民主国か。
珍しいな、あの国の人間は各地へ武人を派遣する傭兵業が主流だろ?」
「それが、どういう風の吹き回しで俺の所に?」
「は、はい。
えと、可能であればわ、私と一緒に国へ来てもらいたいのです!」
「ーーーーなるほどな。
国の長が、ギルドへの協力をする交換条件として自国の武力を高めたい、か。」
「で、それ俺に頼む理由はなんなんだ。」
「へ?それはその、一番強そうな人って今の世の中だと貴方ですから、です。」
「お、嬉しいような歯痒いような。
………まぁ、4日から9日までは暇だぜ。」
「ほ、本当ですか!?」
「おいおい、ちょっと待てって。
暇としか言ってないぞ?お前ん所の国がどれだけの熱意を持ってこの用件を伝えに来たのかがまだいまいち解ってない。」
「そこでだ。
さっき言ってた手合わせで俺が納得いく強さをお前が見せてくれれば、この話受けよう。」
「どうだ?」
「も、勿論やりま、す………おー。」
「なんかやる気ねえな。
まぁいいや、時間ねえしここでやるぞ。」
正面に右手を突き出す。
開いた掌から膨大な魔素が噴出する。
彼女、ゼンジャはその半径3mを包む黒霧が超密度に圧縮されていくのをじっと見つめる。
そうして右手に握られた不折の黒刀を右肩に乗せる。
巳浦は、戦闘の空気になった時点から一切の吃りや緊張を発さなくなった彼女の雰囲気に集中力を高める。
(さっき、俺も気付かぬ速度で距離を詰めてきた。)
(侮れば終わる、そんな気がした。)
そんな彼女は、先ほどから目元を隠していた鼠色の前髪を目視出来ない手捌きで真上に掻き上げ紐で縛る。
どう考えても動作一つ一つが早過ぎる。
何だ、どういう絡繰だ。
少し、長い瞬きをした。
彼女はいつの間にか再び目前に直実していた。
巳浦は、ヴェルウェラや涼木の単純な高速移動とも違う妙な感覚に鳥肌を立てる。
右手を自然な動作で出してくる。
握手だ。
それを要求する彼女の顔は、口をぴったりと閉じ瞼も薄くしか開いていない。
あからさまに、人格が変わっている。
一先ずは握手を済ませる。
その時、小さな声で囁く。
「ーーー行きますよ。」
「おう、来な。」
街中では、巳浦のスキルは使えない。
戦闘規模の小さい能力を持つ人間の方が、この様な人里では有利だ。
巳浦は、日頃あまり使う事の無い二式を使用する事にした。
ロルナレ剣術二式、守りの型。
通常は視認している相手に向けて自身の刀剣を向けるのが構えだが、最早視認すら困難な相手という前提もあり刃先を地面に置く。
振動源から相手の位置を少しでも早く察知する算段だ。
後手に回る立ち合いとなるが、巳浦自身は別に積極的ではないので案外二式は好みだ。
そして瞬きと共に、消える。
それは分かる、そこからどう攻めて来るのか。
その方角をーーー、
「ーーーーぐぅっっ」
「どうです、分かりました?
私が今どう動いてどう攻めて、どう戻ったか。」
「っっいんや、まだ判らない。」
「…………いや、それも違うか。」
「人間が、どうやってそんな馬鹿げた能力を身に付けたのかが、分からない。」
「っ。
解ったんですか?今の一撃だけで。」
「50%、多分それくらい。
まず一つ、俺の顎を突き上げたアッパーは痺れる様な間隔を伴っていた。」
「二つ、ほんの僅かに網膜に電気で象られたお前の残像が焼き付いた。」
「最後に、三つ目。」
「俺自身、似たようなスキルを持っている。」
「えっ………信じられないです。」
「まぁ、意識して発動出来ない自動だけどな。
お前は、その超常的な能力を能動的に使えるんだろ?」
「俺が今まで見た人間の能力では、最高峰だ。」
顔を、手で洗うような動作で塞ぐ。
10秒程掛けて、意識的に封じているthird skillを解放する。
静かに顔を上げると、彼女に人差し指を突き出し手前に曲げる。
試してみろ、という合図と気付いた。
そうして、人間の範疇を越えた現象を引き起こす。
彼女のthird skill《絶対攻撃》。
その詳細は、自身の肉体を文字通り稲妻に変えて対象に不可避の一撃を与える。
瞬間的に肉体を失い、完全に魔素と原子を結び付けているのだ。
完全な電気に化けるのである。
そして、人が認識する事の出来ない一瞬の中の一瞬。
巳浦の肉体は、完全にその姿形を失い自身の強化魔素と結合して凡ゆる攻撃を文字の如くに《完全回避》する。
完全な黒い煙霧と化すのだ。
巳浦は、心の底から使うのを嫌う完全回避を久方振りに使いその気色悪い感覚に鳥肌を立てる。
全身を急に擽られた感触に襲われ、生理的な嫌悪感が走るのだ。
その一度だけを見せ、再度《完全回避》を封印する。
しかし、先程のやりとりを経たゼンジャはまるで理解者を得たと言わんばかりの表情を浮かべて巳浦に駆け寄る。
ヴェルウェラは流石にそれを止めさせようとしたが、尋常ではない鬼気迫る表情で涙を浮かべているのに立ち止まる。
「わた、私ですね?せ、生前からずっと人間扱いされて来なくて、自分が身に付けたこの能力を、ずっと嫌っていたんですっ!」
「頑張って習得した力が、自分を人でない何かにしてしまったんじゃないかって。
だから平時と戦闘中で、恥ずかしい事に意識が切り替わっちゃうんです……」
「でも、貴方は………私と同じ。
力によって人を超える。」
「嬉しい………同胞に会えて、いや逢えてっ。」
「…………まぁ取り敢えず、戦うだけ無駄みたいだな。
相性は五分、だと俺は感じた。」
「はい、そうですね!
やる意味ないと思います、それにーーー」
「お前ら、離れろっ。
ーーーいや、女だけ離れろ。」
「………お連れさん、怒ってます。
私の名前はゼンジャ、エレエラ民主国に召還されている反英雄。」
「4日の朝方、バルト城に迎えを寄越します。
ーーーふふ、いつ振りかな、吃りが治った。」
「分かった。
あ、一応答えだけど、大合格だぜっ!」
「ーーー自信持て、お前相当強いぞ?」
「つっ…………自身は最初からありますぅ!
では、明日また国で会いましょうね?」
やり取りは、何かの記録には残らなかった。
しかし目撃していた現場の者はどう興奮し、昂揚するべきかも分からない戦闘の光景にただ口を開いていた。
ヴェルウェラが巳浦の脇腹に蹴りを入れ悶絶させている中。
★
検問を通る事もなく稲妻と化して大気を超速移動し始めたゼンジャ。
実際の稲妻は光の速度、そんな速度では移動できる訳もない。
基本は音と同等、秒速340mという音速で移動している。
体の調子が、或いは気分が良い時に限りそれを僅かに上回る時もある。
その瞬間、劈く衝撃音を伴う。
空間が手を叩いたかと錯覚する破裂音を鳴らし、彼女は西方200km地点にあるエレエラ民主国へ爆走する。
10分ほどで国に着く。
検問所の手前で止まり、人の姿へ戻る。
すっきりした顔付きで検問を通り抜ける。
時刻は16時30分頃。
白い石造りの家々が並ぶ街並みを通り抜け、国中央にある機関へスキップしながら帰る。
表沙汰にはあの能力を使わないようにしているので、自力で移動しているのだ。
「巳浦さん、かぁ。
……………素敵だなぁっ!」




