百六話 裏天使の動向
裏天界。
エラウェルとマリウェルの2名が欠員している中、残された裏天使達も今後の予定を決める。
ラキウェル、ザラウェル、ラミウェルの3名は主不在の中地上に居る二人の動向を参考にしていた。
エラウェルは人間社会に溶け込み教師という隠れ蓑を利用して英雄と反英雄の帰還を狙い。
マリウェルは原初や周囲の人間に影響を受け根本的に人側に付きのんびりと暮らしている。
そうはなるまいと先陣を切って出て行ったエラウェルの現況は、何やら才能の垣間見える若者達を楽しげに指導している様子だ。
その状況からどう英雄討伐に流れるのか。
マリウェルは以前にラミウェルが説得しに行ったが、普通に断られてしまったと聞く。
「困ったね、どうも。
私達も人界に行ったら案外絆されたりして。」
「もしそれに主が怒ったら、本当にどうなるか分からないよー。」
「ある意味私達の行動が、主の今後を左右する?」
「……そう、かも知れませんね。」
「どうにも私は……マリウェルの楽しそうな顔を見て気持ちが揺らいでいるみたいです。
一定の役割を持った存在である人外と違い、人間は自ら運命を作り出し、自由に生きている。」
「それを、どこか羨ましいと感じてしまうのです。」
「ま、分からなくはないけどねー。
私も人間の作る料理とか、音楽とか好きー!」
「我々の管理している裏界の人間達は、世界に溢れ出す危険な魔物達に日頃生活を脅かされてる。
主が実験的に作られた最初の空間とは言え、実際問題欠陥が多い。」
「特に裏界の人界内に点在する闇界は、表界の地獄界や冥界と違い常に門が開いている。」
「楽しげで平和な表界の現状と比べても、裏界は昔から何も状況を解決出来ていない。」
「私個人としては、寧ろ反英雄や英雄達に裏界の現状を修正する為にも手伝って貰いたい。」
「嘗て表界で起きた冥界と地獄界の異常事態を直した時も、魔王や表天使だけでなく英雄の力を借りたと聞く。」
「………そうですね、主のお考えは兎も角私達としては是非協力して貰いたいのですが。
別に此方は心から敵意を持っている訳では無いですから。」
「だね、そうだよねー。
ーーーうっしゃ、次は私が行こっかなーっ」
「んじゃあラミウェル、ザラウェル達ばーい!」
「あ、ちょっと!
…………もう消えてる。」
「まぁ順番は別に構いません。
あの子の状況も良さそうであれば、後々は私達も出発する手筈で考えておきましょう。」
「ーーーまぁそうね。
私は暇潰しも兼ねて人界を監視してるわ。
ラミウェル、あんたには負担掛けるけどマリウェルの代わりとして私達の統率を頼むわね。」
「…………そう、なりますよね。
解ってはいます、ただ、」
「ーーーーもう。
皆さんはどうしてすぐ消えてしまうのですか。」
世界の意思からすれば、自分の作った世界の内情など天気予報の様な話だ。
感情を持った生物を作った生みの親なだけあり、暇が過ぎると気紛れに干渉したりする。
以前は表界の人類をほぼ全て消し去ったりもしたが、英雄史上歴代最高の実力を持つ大魔戦記時代の英雄達4名が召還され天使、魔王、果ては黒人や原初とも協力して存続の危機を救った。
その当時、具体的には世界各地の人が住む地域に人の代わりとして意思が用意出来る最強に近い魔物(上級系統)を大量に設置して【陣取りゲーム】を実行した。
上級系統は、英雄一人では倒す事すらほぼ不可能な強さを持つ。
それが複数体、凡ゆる村や街、国内。
森林や山、洞窟など可能な全ての箇所へ生み出されたのだ。
領土を取り戻していく様に人々の生活圏を広げ全ての土地を浄化した際。
言葉だけのやり取りではあるが、意思の負けという形で幕を閉じた。
それが此度になり2度目の暇潰し、という訳だ。
しかし約束の手前自分が出張る訳には行かないので手駒の裏天使達に協力を仰いだという顛末だ。
そんな、思っているより我儘で飽き性な意思。
彼女は現在裏天界に不在だが、字面の如く【意思】その物でもあり人としての形を取らずとも世界を構成する空間自体が自身の体ともなる。
目に見えていない様で、常に見えているかも知れないのだ。
表界や裏界の各所で起こる様々な出来事を全部把握してはいないが、意識すれば瞬間的にその地域一体の空間に移動出来る。
先程の裏天使達が行っていた会話も、聞こうと思えば全て聞けるという事。
が、別に聞く気が無い限り周辺の空間には居ない為一般的に聞かれている可能性は低いと言える。
しかし顕現している際は大抵裏天界に居るのでまぁ会話を耳にしている頻度は多いが。
その理由から、以前巳浦の視認していた5km上空から瞬きの間に真横に移動していたのもその理屈。
天使も似た様な瞬間移動は出来るが、自分の姿形を明確に持っている関係上空間自体に変質する神技は不可能である。
★
「ーーー何?
怪我が多過ぎる、と。」
「エイラ先生の戦闘訓練、有望な生徒達を育てる一点に於いてはこの上ない充実した時間です。
が、教師というのは教えるだけではなく守る立場でもあるのです。」
「怪我ばかりされても困る、という事です。」
「そうか、人間は脆いな。」
「おやおやエイラ先生、自分は人ではないかの様な言い振りですね。
確かに人間離れの素晴らしいお力ですが。」
「おっと………まぁ分かった。
そうであれば、直接戦う以外の訓練を考えておく。」
「ーーーではアラガン学院長、失礼。」
「えぇ。
…………バルト学院は、これからどうなってしまうのか。」
「兄さんの気持ち、俺も分かるよ。
少し前までと比べて、環境が大きく変わった。」
「ブレイドにはもう一騎打ちで負ける方のが多いし。」
「まぁまぁ。
さて、明日4日からの内容を考えるか。」
エイラの授業内容は現状危険な為幾らか軌道修正をする事に。
4日からはトーナメント戦に良く似た形式の練習を開始し、平等に全生徒が練習可能な比較的怪我の少ない手法に切り替えた。
暫しの間はこんな生活が続くだろう。
★
「へー、ここがハイデン王国ね。」
「私もエラウェルみたいに何かしらやってみたいんだけど、仕事あるかなー。」
ラキウェルは、黒いローブに身を隠し普段通り目立たぬ外見でハイデン王国を訪れていた。
幾らなんでも同じバルト学院に邪魔するのは迷惑だろうという事で一応第一希望はハイデン学院の教師だ。
とはいえ最悪何でもいい。
興味のある方角へ何となしに歩みを進める。
景色は基本的に灰色の外観を持った建物が多い感じがする。
流し見しつつ、目的の店に入る。
お菓子屋さんだ。
「うわ、色々ある!」
「これ何だ……………灰色の飴?不味そうだなー。
こぉれはっと………ふーん、普通の苺飴、か。」
「よし、これにしよ!」
「店主さん、これくーださい!」
そうして飴が10粒ほど入った飴袋から一つ取り出して舐めてみる。
単純だが想定の美味しさであり、散歩がてらには丁度良い。
そうして店から離れようと店外の長椅子から立ち上がると、偶々子供が一人立ち止まった。
どうやら商品が気になって見ている様だが、何故だか店に入らない。
気になってじっと見ていると、その視線に気付いたのか慌てて離れようとする。
のんびりとした普段の口調で呼び止めると、気紛れに同じ椅子に座るよう手招きした。
戸惑いはするも、大人しく従って座った。
興味本位で目的を訊いてみる。
「買いたい物があるなら買えばいーんじゃない?
お父さんとかお母さんに頼んでみたら?」
「…………ううん、良いんだ。」
「おうち、貧乏だから。」
「そうなんだ、でもなんで?
………あ、ごめんね、言わなくてもいーよ。」
「おねえちゃんは、この国の人………?」
「ダイエン共和国って知ってるかな、あの国の貧しい人は日々の生活を送るのも難しいらしいんだ。」
「ーーーでもね、横のバルト王国と違ってこの国は周りに隠してるだけで貧しさがあるんだ。」
「みんな、本当は稼げる仕事がしたい。」
「でも、他の国に行く資金を用意するのも難しい。
住処や食料を用意するお金を稼ぐのも大変なんだって。」
「この外回りの地区でお菓子を買ってる人は、大体他所の人が多いんだ。
周りを見てみたらわかるよ、服が少し古びてたり靴がぼろっぽい人が多いんだ。」
「中央の人達は良く知らないけど、周りに住む人達は騎士さまがどうだこうだと騒ぐよりも国民の生活を直して欲しいってずっと言ってる。」
「ーーーーそっか。
大変だね、きみ。」
「ううん、そんな事ないよ。
これが産まれた頃から普通だから、貧乏ではあっても辛くはないんだ。
でも、お金があったらパンを好きなだけ食べてみたいって思ってるんだっ」
「ふーん、パンね。
よしよし分かった!」
ラキウェルはふと目先の目標を決める。
この少年の笑顔を見てみたい、だ。
エラウェルがどこか楽しそうに子供達の稽古を付けているのを見てはいたが、その気持ちが理解出来た。
人という未知の可能性を妨げる障害は、何であろうと退けてあげたくなる。
天使という上から見下ろし続ける位置は面白みに欠ける。
裏界を監視するだけのつまらない業務より、こうして地に足を着けて人々の将来に抱く夢を助けてあげたい。
ラキウェルに手を取られ、再び店の中へと入る。
少年は初めて店の内側に入った事で緊張していたが、彼女に確りと左手を握られていた。
「パンは帰りにでも買ってあげるよ。
今ここで欲しい物はなーに?」
「外から見てたくらいだし、食べたい物とかあるんでしょ。
心配は要らないから、家族の分も選んでねー。」
「…………良い、の………?」
「うん。
こうして会ったのも何かの縁だからさ!」
「えっと、じゃあこれが欲しいな。
お父さんとお母さんには、茶葉がいい。」
「分かった。
………君は、本当にこれで良いの?」
「私が買うの止めた灰色の飴、美味しいのかな。」
「これ、栄養が凄いので有名なんだよ。
味は塩っぱくて甘いって友達が言ってた。」
「うーむ、まぁいっか。
とりあえず会計するから外で座ってて。」
そうして外の椅子で待つ。
彼女は家族の分として頼まれた茶葉の箱と灰飴とは別に、少年が1番視線を向けていたチョコクッキーの小袋を渡す。
とても吃驚した顔をしていたが、本音を切り出せなかったのだろう。
静かに一つ口に入れて、ゆっくりと噛み砕く。
そもそもの味を知らなかったのか、感動しているのが表情から分かる。
その後ラキウェルは盗まれたりしないよう家まで着いて行くことにした。
今居る東側の地区内であり大して離れていないので別に労もない。
パメラと名乗る少年と手を繋ぎ、その夕方の景色を背に歩き出した。




