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英雄までの物語  作者: ノンプロット
一年期七月下旬〜 反英雄
103/113

百話 鍛冶屋の某日

本当は29日の様子を細かく書いた話があったんですが、バグで消えたので少し短めに詰め込みました。

百話






10月29日。

ヴァンデル遺跡中央。


【テン・アクセサリー】の店前で呼び込みをしている者が1人。






「ーーーー受付は午前9時までです!

もう並んでも意味無いですよー!」

「あ、ちょっと、もう駄目ですからぁ!」






そんな感じで呼び込みの仕事をこなしている者。

 腰まで伸びる黒髪を白い頭巾の後ろ穴から後ろに垂らし、体格が浮かび見える程に体に密着したメイド服を着用し。


巳浦、ではなく巴である。

10月最初の頃に旅に出て以来各地を転々としていたのだが、ヴァンデル遺跡に訪れたある日、

『短期で良いからウチで働いてくれ!』

とテンに頼まれてしまい上旬からずっと労働させられていた。


一応給料も出るし、大英雄の名にかまけているよりは良いかなと思い受けはしたが現在進行形で後悔している。




自身の見た目を褒める様で嫌だが、実際の所かなり綺麗らしい。

店内での受付業務を行なっているヴェルウェラもあれはあれで大変だとは思うが、外で老若男女問わず大声で呼び止めるのだからまぁ目立つ。


偶々都合があってこの遺跡に寄っている冒険者達も、目に止まる程の美人が汗を流して呼び込みをしているとなれば何となく興味を惹かれてしまう。




元々この鍛冶屋は店主が勝気で可愛らしい女の子(違う)で有名なのだが、更に呼び込みと受付に美人を2人も雇用したとなればその経済効果はかなりの物であり。


元々ヴァンデル遺跡に住み着いている冒険者だけでなく、他国からも噂を聞きつけ並ぶ者が増加し続けていた。





ーーーあ、あの。

そんな声を掛けられて振り向く巴の容姿に見惚れてしまう者が多いのか、鍛冶屋に用は無いにも関わらず並んで喋ろうとする人間が増えてしまい。


店内から出て来て大声で

『失せろっ』

と憤怒した顔のヴェルウェラがこれまた人々の目に焼き付く外見をしているせいで騒ぎが止まらぬ日々である。





午前7時から9時までが受付、9時から12時までが受付に届いた装備品や装飾品の依頼を整理する時間となる。

12〜13時は休憩で、13時から19時までテンがフル稼働で依頼品の設計、鍛造を行う。


その中で朝の呼び込みを巴、正午までの依頼整理をヴェルウェラが作業するのだ。

午後の鍛治に関しては同じ黒人であるヴェルウェラと言えど干渉は出来ず、テンが1人黙々と働く間念の為受付所の椅子で寝ている。

 巴も一応受付所で一緒に待機しているが、今まで呼び出された事は無かった。


それから暫し時間は経ち。










午後19時。

日も暮れて周囲の建物が夜の食事や酒飲み、雑貨品の買い出しで盛況な空気となり。


窶れた顔で工房から出て来たテンが、寝ている2人に声を掛けて一緒に食事へ行くことになった。

こんな生活をしていても耐えられるのは流石魔族と言った所だが、それでもこの二人を雇って以来作業量が途轍もない事になり正直手が回らない。


雇用は約束通り今月30日までだ、と言って1日早く給与明細を渡してくる。



巴は別段金に困ってはいない……事はなく。

松薔薇でさえ金の工面に苦労しているだけあり金は大切な資産だ。

20日少し働いたという事で日当2金貨で考慮して大体1人辺り45金貨程と言われた。


ヴェルウェラ、巴共に今回の旅に関して誰からも援助はされていなかったので本当に助かった。

これでまた暫く各地を旅する事が出来る。






「色々と助かったぜ、本当にヨォ。」

「金に困ったらまた来な、いつでも雇うゼっ!」


「うん、ありがとね。」

「でも、明日の朝まではまだ世話になるかも?」


「別に居て良いぜ、邪魔じゃ無いしな。」

「寧ろ誰かと居る方が楽しいしよ。」


「そう?助かるわ!」




「ねぇ巴、次はどこに行こうか?

最初の数日はバルト王国周辺の村々を回ったから、次はちゃんとした国に寄りたいな。」


「さぁね。

明日になってから考えようよ、ヴェル。」


「そうだね、疲れたしね。」






そんな会話をしながら近場の飯屋さんに入る。

矢張りと言うべきか、店内に居る男達は噂の鍛冶屋3人組を見るや否や会話の内容が雑談から猥談へ切り替わって行く。


仕事中では無いので私服のスカートや半袖を身に付けているのだが、顔と身体の特徴で覚えられているので瞬時に視線を浴びる。

 口元に人差し指を当ててウインクをするとある程度静かになってくれるが、それを目的に騒いでる節も結構ある。



そんな空気感でも無論食事は摂らなくてはならない。

急がず、それでいて遅れない程の速度でスープや野菜を口にする。

 女の状態では食事の好みに影響が出る為、肉物や魚類より、菜類や汁物が好きになる。


それらの料金を注文時先に払おうとすると、周りの誰かが率先して奢ってくれる為食事に金が掛かった事はない。


幾らなんでもお礼はしなくてはいけないので、軽く片手を両手で握り笑みと感謝を贈る。

 それを喰らった男性、下手すると女性でさえも顔を紅くして謙遜してしまう。





ヴェルウェラからそんなやり取りを見つめられるが、仮に何かあれば即座に手を出してくる彼女の鋭利な雰囲気に気圧されて此方に人が寄ってくる事は中々ない。

しかし子供には優しく、偶然自分の椅子に引っ掛かり転んだ子供を起こして慰めたりする一部始終を目撃されて以降、ヴェルウェラの信者的存在が増加し始めた。


余談だが、テンは元々人気なので外食の際に自腹な事はまずない。





そうして食事を終えた3人が帰った後は、店内で三つの派閥が争いを始める。

そんな事知りもしない当事者達は、気にも掛けず店内奥の寝室まで足を運ぶのだった。






















10月30日。

ヴァンデル遺跡中央に構えられている鍛冶屋。


【テン・アクセサリー】は早朝5時から既に並び始める。

ーーー普段はそう、なのだが。








朝日が上る景色くらいは見ようかな、と店から出てきたテン。

彼の両眼に映されたのは、日の出の始まりではなかった。


多くの人が並ぶ…………列を無視して。

店の入り口を開いた直ぐ目前。



首の根元まで伸びた黒髪。

凹凸のある眉間、大きく筋の立った鼻。


そしてーーーーテンがほぼ真上を見上げる体躯。







ベルトの留めが外れた黒いズボン。

ボタンを一つも使わず、襟も立ち上がったままの黒いワイシャツ。


視界に映り込む肉体は、尋常ではない程の筋肉に包まれている。

一瞬フシューゲルと勘違いしたが、彼よりはほんの少しだけ身長が小さい気もした。



そして不自然な事に、魔素が肉体から全く漏れていない。

これは、意図的にそうしている証拠。


テンは一先ず意識を切り替えた。







「おいデカいの。」

「お前は1番乗りに並んでたのか?」

「まさか、割り込みじゃねえよなァ?」


「…………俺に、人間と同じくしろと。」

「困った話よ……………テン、久しいな。」


「あぁんっ?」

「ーーーーーーーーーあッ。」








不意に思い出す。

某日の凛堂との会話。


随分昔に闘った、ある男。

その男は、テンを【黒人の木っ端】と言い捨てた。

そして事実、何も出来なかった。



でもよ、何でだ。

なんでこの野郎が店に。








「ーーーールシファー。」


「鎧を脱いだせいか。

世間では鎧を着込んだ大男をルシファーと決め付け、間違っても普通の服は着ないだろうと思い込んでいる様子だな。」

「俺は待っている。」


「待つ………何をだァっ?」


「あの真に強き魔王の復活。

それともう一つ、」









「ーーーー大英雄と呼ばれる男との一騎打ち。」

「風の噂で聞いたぞ。

この旧ヴァンデル帝国にて、それらしき人物が滞在していると。」


「………まさかテメェ、ダンジョンの次は巳浦か?」

「良い加減にしろ戦闘狂が。

お前の性に付き合わされる方の身になれェ!」





「生憎だがアイツらは今日で任期満了だゼ。

日給2金貨、22、3日仕事したからその分っ!」

「もう金は払ったからここにゃあ居ねぇっ。」

「だからテメェも消えろッ!」


「………………そうか。」

「ーーーだが無駄足では済まさん。」


「………ああん……?」








ゆっくりと、右手を伸ばして来る。

意図が理解出来なかったが、悪意を感じた。


強化魔力を纏いその右手首を左手で掴む。

ーーーーってっ。



全く以って止まる様子は無い。

この状態なら英雄の腕力程度は押さえ付けられる筈だ。

なのに何だぁ、この怪力ィっ?


拮抗などは一切せず、まるでテンが自ら手を引っ張っているかの様にさえ見えた。

実際には真逆で、奥へと返そうしている。








「お前このデカブツイカレ戦闘狂っ。

何のつもりだよっ?」


「そうだな…………お前一人の死で満足してやる。」

「その女と見紛う細首、親指と人差し指だけで捩じ切ってやろうぞ。」


「ヘッ!」

「ヤレるもんならやってみやがれや糞カスッ!」







右手も使う。

若干だが止まった気がした。


ーーーー気がしただけだった。

先程とほぼ変わらぬ緩慢ながら一定の速度で迫り来る右手。


とうとうその手は彼の首元に辿り着く。

宣言通り2本指だけで握り締められ、そのまま身長160cmのテンを空へ持ち上げる。



ルシファーの221cmという体躯の更に斜め上へと吊られる。

万力の如き指力に絞められ息も出来ない。


その状況から力を入れるだけで簡単に殺せる。

これが、天使最強の男。

武器を持ってたとして、どの道通用もしない。







「……………っ………ッは"っ…………」


「………木っ端程度では満ちもせぬ、か。」

「お前など、最早殺す価値も無いわ。」


「っ!」

「がはぁっ、ごほっ。」





「もう良い。」

「手始めに、このヴァンデル遺跡とやらを俺の拠点とする。」


「…………な、にぃ………っ」

「させねぇ、よォっ。」


「お前は弱者だ。

所詮セブンやエイト、ナインと言った戦闘型とは違うのだ。」

「身の程を弁えよ、補助型の木っ端。」







「ふざっけんなよォっ…………誰が非戦闘員だっ」








両手を地に付け膝を内向けに姫座りしているテンは、その聞き捨てならない台詞に久方振りの怒りを感じた。

だが怒った所で勝ち目は無い。



悔しそうに下を向いて泣いている彼をどうでも良さそうに無視し、ルシファーは暫し前方にある遺跡入り口に当たる岩石の穴へと進行していった。






客達は訳も分からずにただ異常事態に狼狽えていたが、テンは少しすると立ち上がり。

持っていた連絡水晶をエプロンから取り出し、直ぐに松薔薇へと連絡を取った。


当然ながら戦闘をしない様に念押しされる。

伝えてはいなかったが現在ヴァンデル遺跡に巳浦とヴェルウェラが居ると教えた途端、松薔薇は明らかに声色を荒げて話す。






『それは本当ですかっ!?

危険です、彼は仲間が傷付けられる事に何よりも激怒するっ!』

『まだ見られてはいないんですよねっ!』


「あぁ?……………多分。」

「ーーーーあ?いや………居たかも。」


『えぇぇええぇぇっ!!

直ぐに引き留めて下さいっ!』





「………………へへ。」


『ちょっと、何ですかその笑い声は……?

貴方まさか。』

『良いですか!?通話を切るんじゃ、』

『ーーーー。』


「やべぇ、面白い事になったぜェっ!」



















走破。

全開で走れば秒速40m。


目を瞬く事もせず、顳顬に血管を浮き上がらせながら目標の真上を飛び越える。


目標、ルシファー。

サキエルを連想させる程に冷たく鋭く、されど内包する怒りに震える人間へと声を掛ける。



その問いに答える事はなく。

右手を前に突き出し一言唱える。







「悪いな不折、面倒に付き合わせる。」


ーーーーー別に良い。

いや、何なら嬉しい。

ーーーーーまた、こんな風に本気の戦いに使って貰えるなんて思ってなかった。


「あぁ。

相手の大男、サキエルと同じか或いはそれ以上かも知れない。」

「なんたってダンジョンを殺した奴だからな。」


ーーーーー全部、使うのか?


「四刀剣はこういう規模の大きな戦いには却って弱い。」

「俺はやっぱり一本で戦うのが好きだ。」


ーーーーーうん、そうだよな。

お前は昔から、初めて俺を手に取った少年の頃からそうだった。


「悪い、話は終わりだ。

どう使っても文句言うなよ、俺が殺される可能性相当高いからさ。」


ーーーーー良いなその気合い。

俺は折れないし、壊れないし、砕けない。

ーーーーー化物相手には……滅法強いんだぜ。


「あぁ、そうだよな。」








「ーーーーその特異な能力。」

「お前こそがあの、原初に見込まれた【大英雄】。」


「……………俺さ、決めてる事あるんだよね。」


「ん…………何だ。」








不折を地面に突き刺す。

目を開いたまま10秒近く顔に両手を這わせる。


これは、普段意図的に停止させているskillを起動させる為の段取り。

third skill《完全回避》を、再起動させる。



これこそが天使や原初、皇帝とさえ渡り合う事の出来る二つの力の内の一つ。

もう一つは四刀剣だが、今回は相性が悪い為使わない。







明確に空気が重くなる。

周囲の風だけが唯一の音と錯覚する極限の集中感。


ルシファーは、まるで人外の上澄みと同じ様な気配を放つたかが人間の筈の巳浦へと興味を持つ。

ダンジョンが動であれば、此方は静。



遅れてやって来たテンは、遺跡入り口の上に左膝を立てながら座るヴェルウェラの横へと座る。








今から起こるだろう戦いは、巳浦にとっても間違いなく人生で5本の指に追加で入る激戦。


一つは魔王、凛堂。

一つは天使、サキエル。

一つは魔族、ヴェルウェラ。

一つは原初、プライモ。

一つは皇帝、エンペルゥ。


そして今回は。

堕天使、ルシファー。

(ま、意思はおかしいから含めてないけどな。)








コートの前を開けて内着の黒シャツが見える。

 ベルトは少し緩めに締めておく。

奇しくもルシファーの肌けたワイシャツやズボンと似通う。


だが、戦闘面を考慮しての真面目な話だ。



ルシファーもまた、巳浦に対し敬意を表すかの様に魔素を全身へと練り出し。

ーーーーダンジョンの攻撃さえ吸収仕切るあの鎧を創造する。

 互いが本気を出す。








「なぁヴェル。」

「お前がアイツと戦った時って、どうだったよ。」


「まぁ、 【 skillだけ】効いたかな。」

「あの鎧、馬鹿みたいに堅いの。」


「げ、てか効くんだお前の skill。」


「ーーーいや。

フシューゲルがあの堕天使の魔力を削り切ってたからだね。

適正もあるけど、フシューゲルの力だけはあの堕天使を凌駕し得る物だったから。」


「へぇ、やっぱ凄えなあの黒髪パーマ筋肉。」

「でもよ、負けたんだよな俺達全員。」






「ーーーーうん、勝てなかった。」

「私は極端に打たれ弱いから掠っただけで。」

「アッシュは1番最初にルシファーと戦って、彼の能力初披露の餌食になって。」


「ーーーーフシューゲルだけが、真正面から戦えていた。」

「私が辛うじて放ったfourth skillで致命傷を負った彼は、それでも死なずに何処かへと消えた。」

「彼が止めを刺そうと思えば出来たんだろうね。」


「気に食わねぇな、やっぱし。

魔族は死ぬと冥界か地獄界に魔物として転生するってのが面倒だから殺さなかったんだぞ。」

「ふざけた理由だよ、思い出すと苛々するゼッ。」









そんな二人の、文字通り修羅の記憶。


だが。

どんな者とも正面から戦える実力を持つ大英雄。

どんな者をも殺せる実力を持つ堕天使。



その結末は、予想すら付かない。

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