九十八話 アレン、新天地
お久しぶりです。
前に書いておいたのを投稿しときます。
駆ける。
アレンの全速力は20m毎秒だが、それでも100kmを移動するのに掛かる時間は1時間30分弱である。
目的地であるベルボラン紛争地帯まで自国のデレル王国から500kmもあるのを考えると馬車より自力移動の方が明らかに早い。
理論的には7時間30分弱程で到着する見込み。
無論実際には疲労や休憩も挟むので9時間ほどは掛かるかもしれないが、だとしても出発した午前8時から午後の17時辺りに着けば相当早い方だ。
少女の様な外見の少年が元気よく道を延々駆けていく様は、去り際の人々に不思議な活力を与える。
★
ーーーーーーー到着。
………したにはしたけど、とても疲れた。
アレンは股を開いて座り込む。
因みに服はウルウィの私服である鼠色のワンピースで、疲労から可愛らしい声で呻くアレンは可憐な少女の様にしか見えない。
それはそれとして、ここベルボラン紛争地帯。
誰が統治する訳でもなく自身の願望を理由に争いが続く危険な地である。
アレンはその内左ブロック側から来訪している。
ここはフレッグ連合と呼称される組織が仕切っている一帯で、外観はボロボロのテントや急造したらしい木の小屋が散見している。
17時過ぎでも未だ健在な陽射しが暑苦しかったので適当にボロい飲み屋らしき店へと入る。
棘の目立つ両扉を片側だけ開けて慎重に入ると、夕方から既に飲み始めているむさ苦しい髭だらけの男達が一斉に視線を向けてきた。
舐め回す様にアレンを一瞥すると、この一帯に似合わない年齢と容姿のアレンに興味津々と言った顔をする。
一旦無視して入ってすぐ右にあるテーブル席に座り休みを取る。
「ーーーーーーふぁ……………んーんっ」
(メニュー………何か頼もっ。)
「どうしよっかな。」
「お嬢ちゃんにはこれくらいが良いぞ。」
「え?お嬢ちゃんなんか居たかな………」
「君だよ、他は中年連中ばかりだろう。」
「あ、僕ですか。
こう見えても少年なんです、間違えないでね。」
「えぇ!?………………全くそうには見えん。」
「まぁ取り敢えず、これ下さい。」
アレンは見た目相応に果実系の飲み物を頼む。
柑橘類を何種類か混ぜたジュースらしく、暑い時期に丁度良い。
少しして到着した大男用らしき木製ジョッキを両手で持ち、甘さと酸味の効いたジュースを勢いよく飲む。
しかし大して減っておらず周りからは娘でもみるかの様に暖かい視線を送られる。
本人もそれに気付いていたが、気にせず自分の間隔で飲み続ける。
そうすると店主がサービスと言って鮮度の良い蜜柑を三つテーブルに置いて来た。
酸っぱい果実は大好きなので早速皮を剥いて一粒ずつ食べ始める。
愛らしい光景に、日頃摩耗する男達に少しの安らぎが生まれる。
20分ほど掛けてゆっくり食事を終えると、アレンはお代の銀貨を1枚渡す。
店にいた者等はアレンの動向が気になったものの、あまり深入りせず放っておく事にした。
★
「さてと。」
「今日はもう18時を迎えようとしてる、となれば疲れてるしなんだしで何処かに泊まりたい。」
「……………よし、人に訊いてみよう。」
アレンは暫しここ等一帯を散歩しながら、体に走る疲労感に耐えられず眠気に襲われ始めていた。
いい加減ちゃんと休息を取りたいと思い、道行く人達に聞き込みを始める。
するとここ【フレッグ地帯】は先住者の住まいを借りて行くのが習慣、常識だと教えられる。
て事は、誰かの住処にお邪魔するのか。
少し考え込むが、まあ良しと納得して良さそうな人が居ないか物色し始める。
あの人は…………汗っぽいし髭が多いな。
向こうの人…………駄目だ人の家に入ってく。
うーん、あの人だと……いや、商人だ。
もーうっ全然駄目じゃん!
アレンは苛々し始めていたが、その時丁度良さそうな男性を1人見つける。
外見は少し痩けた顔付きの長身な男だったが、何だか視線を奪われる様な感覚に覆われた。
直感でしかないが、きっと一般人ではないのだろうと雰囲気で理解すると。
そうして好奇心からその男性に近付いてみる。
「あ、あの!」
「ーーーーーーん?
…………あぁ、私か?」
「はい。
良ければ泊めて頂きたいんですけど、どうでしょうか?」
「はは、よりによって私とはな。
少年、君は人を見る目が無い。」
「え?
(……僕を普通に男扱いする人、珍しいな。)」
男性は、ぼけた墨のような色髪を顔の中心から左右に盛り上げながら分けていた。
そこから見える目は光を吸収するほどの黒目。
本当に自分が見えているのか?と疑問を浮かべてしまう程だが、確かにアレン本人の双眸を確実に見届けていた。
しかし、それ以上に周囲の人間がアレンに焦燥の目を向けてくるのが不思議でならない。
やはりこの男性、何かある……?
不意に、あることを尋ねる。
「貴方の名前、なんて言うんですか?」
「あ、僕はアレンって言います。」
「…………………そうか、君は。」
「まぁ、良い。」
「私はね、【フウェルトヴェルト】と言うんだ。」
「なに、一国を作りたいと考える愚か者だよ。」
「へぇー、フウェルトヴェルトさん!
今晩は宜しくお願いします!」
「……………変わっているな、君は。
まぁ、好きにどうぞ。」
ベルボラン地帯は、中央にある建造物がある。
それは煉瓦で形造られた塔で、その頂上階には王座と呼ばれる一席がある。
そこに24時間、丸一日座り続けると座伝いに塔全体に当人の魔素が完全に行き渡り正式なベルボラン地帯の統治者となる仕組みだ。
今の時代に新たな歴史を作るとなると、最早国を建てるかなにかでなければ不可能と言える。
それを成そうというのが、この男なのだ。
そしてこの左ブロックを支配する男は、この者では無い。
★
「失礼しまーーーーーごっほっ。」
「あれ、思ってるより埃っぽいんですね……」
「まぁ、私も薄汚いとは思っているよ。
だが人が来るというなら、清掃するべきだな。」
「まぁ、手伝ってくれよ。」
「はーい!」
「普通に受ける者がいるかね、異常事態だ。」
「だがまぁ、それなら本当に宜しく頼もう。」
薄く黒ずんだ外観の白テントを潜ると、様々な文献が埃と一緒に多く積まれた空間となっていた。
天井中央に掛けられたランタンが部屋を程々に暖色で照らし、この地域で暮らす者たちの鬱屈とした生活を直接教えてくる。
そんな彼が何やら熱心に読み耽っていたのは。
横から覗く。
それは主に一国の歴史について深く記された書物であった。
今回は【ハイデン王国】に関する本らしい。
フウェルトヴェルトが集めているこれ等の本は、各国の歴史館が発刊している物。
恐らくは正しい内容である。
アレンも暇なので適当な本を一冊取る。
その表紙には【魔力学】と書かれており、何となしに読み進める。
…………。
……。
「ーーーーふーん、成る程。」
「魔力の性質をどう解釈するかで、目覚める能力に大きな振れ幅を生む。」
「うーん、確かにそうかも。」
「なんだ。
流石は一国の英雄だな。」
「うん………………うん?」
フウェルトヴェルト、以降をヴェルトと呼称。
ヴェルトはある本を一冊手に取ると、それを読み進める。
それは【デレル王国】に関する歴史本で、ある頁に僕の事が詳細に記されていた。
そうか、勉強熱心な人なら分かるんだ。
でも、それが何か問題なのかな。
ヴェルトは、老眼鏡を付けて右目を動かす。
そこには、アレンの兄であるウレンが国政を担う国王として記されていた。
アレンにその事を問うと、事実だと認める。
ヴェルトは、力がありながらそれを政治に使えなかった気持ちを訊く。
アレンはそれに対して、別に気楽で良かったと返した。
彼の眉間に皺が寄る。
顔を左右に振り、アレンに指摘する。
「君は、英雄としては如何せん印象が薄い。
私は大きく歴史に名を残す様な人間になりたい。」
「そっか、そういう人もいるよね。
でも僕は、別に良いんだ……」
「外見ってやっぱり大切でさ?
僕はいつも皆んなから勘違いされて長女扱いだったから、全然無理そうだった。」
「その代わり、【守護の女神】なんて嫌な呼び名が付くくらいに活躍はしたんだけど。」
「だからだ、アレン君。」
「君に一つ頼みがある。」
アレンに対して、ヴェルトは自身の目的を記した紙を一枚渡してくる。
そこには、【フウェルトヴェルト建国の策】と題された目標が幾つも載っていた。
今の時代に国を建てたいなんて珍しいな、と他人事に感じていたがそんな腑抜け調子のアレンの右肩に左手を乗せ、強く意気込む。
「私はね、小さい頃から冒険譚が好きだった。
何度も目にする英雄の名に、悪役として使われる反英雄の名。」
「私にとっては、どちらも素敵な響きだった。」
「そんな大層な肩書きかな?」
「大層だとも!
世の中に多くいる冒険者、学徒、警備兵。」
「全員が思っている、いや普通の農業や商人ですら一度は考えた事があるだろう。」
「ーーーーー勇者、英雄という想像の存在になりたい、そんな妄想を。」
「それを現実にする為、私は可能な限り努力を重ねた。」
「その過労から黒髪にも白髪が混ざり色が薄く濁り始めたのが、今から2年ほど前の34年度の話だ。」
「お陰で、俗に言う「第二限界」まで辿り着くことが出来た。
しかし私では「第三限界」を開く為の魔物を倒すには至らなかった。」
「今は自己鍛錬を程々に、以前にも増して本を漁るようになったよ。」
「え。
ーーーー今の時代に、そこまで強く………?」
「どうだ?
現実的な目標だと思うだろう。」
「そう、だね。
……………でもさ、そんな話を言いふらす人には見えないんだけどなぁ。」
ーーーーー。
その一言を聞くや途端、ヴェルトは埃被りの木椅子に足組みしながら視線をアレンの両目へ合わせる。
10秒ほど逸らす事なく視線を交わし、ヴェルトは決心が付いた顔でアレンへ提案をする。
「私は、現在で最も英雄等に近い存在の1人。
他に居るかは知らないが、少なくとも私がここに居る。」
「そしてそんな私の目前に、偽りの無い英雄が1人いる。」
「私は思った。」
「これならば、夢を現実にする事も出来るのではないか。」
「ベルボラン地帯制圧を本格的にするべきなのではないかと、ね。」
「…………ここを仕切るフレッグ?はどうするの?」
「ーーーふむ。」
「眼中にもないが、だが相手も多少はやる。」
「油断なく、容赦なくだ。」
「………無駄な争いは嫌いだな、僕。」
「無駄ではない。
私は生まれた時点で孤児だった、だからそんな人間を集めて平穏に暮らせる場所を作りたいんだ。」
「ーーーーそうなの?」
ヴェルトはアルバムらしき時化た皮作りの書物を手に取る。
そこには確かに、ヴェルトらしき痩せ気味の男性を中心に団を作る子供や女性が農村で暮らす写真が何枚も見える。
アレンは見かけによらず立派な心構えを持つ人なのか?と思うも、彼の容赦なく不安定な思想、精神が気になっていた。
もし何かが一手狂った時、それを我が物にする為に全てを捨ててしまう人間に見えた。
暫く呆然と上の明かりを見つめて考える。
どうするべきなのどろう、と。
アレンに出された指示は、あくまでもバルト王国と指定された地域との連携の交渉人だ。
だがこの紛争地帯は一筋縄では行かない、明確な頂点が誰もいないのだ。
松薔薇さんも酷い任務を任せるなぁ。
一先ず目標を定めると、立ち上がりヴェルトに手を差し出す。
「うん、決めた。」
「僕、ヴェルトさんの夢に付き合うよ。」
「本当か?…………本気だな。」
「ふむーーーーこれに適当なサインを。」
「うん。
……………はい、署名とその横に血を一滴。」
「あぁ、これは良い証明になるな。」
「なら、明日からでも動き出そうか。」
「うわ、展開が早いね。
でもそうだね、僕も早く国に帰りたいし。」
「宜しくね、ヴェルト!」
「ーーーーふん、ヴェルトか。」
「お前もお前で馴れ馴れしいがな。」
そうしてヴェルトとの同盟を結んだ後。
……………。
★
アレンは彼と一緒に夜間の外へ出ていた。
20時頃になった現在、テントの外には大勢の人間が隣人と仲良く喋りながら酒を片手に食事を摂っていた。
この者達は全員がフレッグと呼ばれる1人の指導者に従い領土拡大を目的に他ブロックとの争いを毎日行っているとの事。
場違いに可愛らしいアレンと連れ歩くのがよりにもよって【髑髏】の異名を持つヴェルトであるのを目視すると周りの人間は一歩距離を置く様になった。
突然余所余所しくなった周りに疑問を持つも、余計な絡みが無くて楽だと思った。
そんな矢先。
ーーーーフレッグが戻ってきたぞー!
そんな一言が響くと同時、男達が飲み食いも談笑も中断しその場で直立する。
フレッグと呼ばれる男は右目を縦に裂かれ失明していたが、その全身に刻まれた傷痕の通りに貫禄を纏っていた。
頭の顳顬から上を長く肩まで伸ばし、それより下部の茶髪を全て刈り上げている彼の実力はLV40級で事実中々の強者である。
そんな彼に畏怖し殆どの者が硬直する中、アレンは興味深そうに彼を凝視していた。
フレッグは珍しく可愛い【女】が居ると思い興味ありげに近付いてくる。
しかし、その手前を遮る形でヴェルトが立ち塞がる。
魔物の皮で出来た指抜き状の手袋を両手に付けると、左腕を突き出しフレッグに指差す。
「なんだヴェルト。
その娘はお前の村から連れて来た子供か?」
「外見が良ければこの際子供でも良い、大人しくその餓鬼を渡せ。」
「どうせ碌でもない理由だろう。」
「私はこの者と契約を結んだ、その内容の一つが【協力】でな。」
「そうか。
だったら、お前を半殺しにしてからでも良いな。」
「出来ないさ、フレッグ。」
「私は2年近く前に此処に来てから、只の一度たりとも本気を出した事は無かったんだ。」
「ふん、【髑髏】と呼ばれる程痩せたお前に何が出来るんだ?」
「段取りも面倒だな。
………まあ良い、最初で最後に見せてやろう。」
右腰に提げていた湾曲状の刃を抜き力任せに振り抜いてくる。
それを皮一枚後ろに引き躱しつつ、次の行動へ入る前のフレッグへ一歩だけ踏み込む。
肘を軽く曲げながら、握り固めた左拳を彼の胸に静かに密着させる。
そこから1cm程の隙間を僅かに空けた。
アレンは本能的に危険を感じ取ると、咄嗟に右脚で地面を蹴りフレッグの右肩へ頭突きを当てる。
それにより後方へ1mほど退いた。
それと同時だった。
ヴェルトは前方へ突き出した右腕を背面へ肘打ちの様に引き、その勢いを乗せ軽く曲げていた左肘を一瞬で伸ばし左拳をたった5cmだけ打ち出す。
それが伴う衝撃は大気を伝い1m離れたアレンの背中へ空気として叩きつけられた。
樹木をぶつけられたと錯覚する衝撃であり、砲弾の射出の様な空気音が彼の背中から聞こえる。
ヴェルトはなぜフレッグを庇うのか理解できなかったが、アレンは唖然とするフレッグを見て安心すると直ぐに立ち上がる。
しかし耐久力の低い自分には強烈な攻撃であり、両膝に両の手を置き何とか堪えていた。
そんな状態でヴェルトに忠告する。
「簡単に、人を殺そうとした。
君は英雄にはなれない、本来の意味での反英雄になるのが落ちだよ。」
「ならそれも良い。
私の目的の一つだ。」
「駄目だよ!」
「僕が君に協力する理由は、孤児を守るっていう優しい訳が気に入ったからだ。」
「それを置いて平然と人殺しする奴なんか、今からでもお別れだねっ。」
「ーーーーなるほど。」
ヴェルトは肉体に滲ませていた強化魔力と加速魔力を解除し、手袋をyシャツのポケットへ其々仕舞う。
そうして痛みが残り続けているアレンに一言謝罪を入れ、普通にテントへと戻っていく。
フレッグは遅れながらも、自分が死から救われた事を知る。
アレンを少し見つめるも、何を言うまでも無く一旦帰っていった。
アレンは元来戦いが好きではない。
生死のやり取りなど最も嫌悪する物事だ。
魔物を殺す事でさえ抵抗があるというのに、その感覚が一切無かったヴェルトに心の片隅で疑念を抱き始めていた。
★
「………………もう2度とあんな真似しないでね。」
「………約束だよ?」
「あぁ。
私としては善意だったが、これからは一言君に断りを入れよう。」
「うん、是非そうしてね。」
「じゃあおやすみ。」
「あぁ。
…………すまんね、ベッドが一つしかなくて。」
先程まで喧々としてはいたが。今はヴェルトの胸元に額を当て丸まっていた。
此処以外は固い地面の上に敷かれた本や敷物しかなく真面に寝られる環境では無かったのだ。
渋々同じ毛布を共有しつつ、体格のあるヴェルトの代謝を熱として感じながら眠りへ就く。




