九十七話 嘗ての話
扉を開ける。
施錠はあったが、店主に就寝前連絡を入れ合鍵を渡して貰っていた。
治安維持を名目に街内各地の店内を視察する権限を行使してジィーグン中央の古びた木造り宿に訪れたのだ。
こうして現在夜11時過ぎ時点でロズィは宿の2階へ上がっていく。
ーーーーー。
なんと、これは……毒魔力………?
部屋に立ち込める有害魔素に思わず扉を閉める。
当の本人は気分良さそうに布団を抱いて寝ていたが、部屋は暗く良くは見えなかった。
しかし困った。
これでは自分も魔力を纏わなければ防げず、しかし魔力を纏えば感知され起きてしまう。
悩んだ末、朝に改めて挨拶する事にした。
★
「ーーーーという訳で、君の身分を証明して貰っても良いか?」
「人々が謎の人物に不安感を抱いているんだ、最低限そこは協力して貰わないと街には居られない。」
「………名前、エルメー。」
「下の名前は?名字は大切な要素だが。」
「ーーーーエングゥ。
エルメー・エングゥ、です。」
「…………エングゥとはまさか、北西にあるエングゥ民主国と関係のある名前だったりするか?」
「昔の話ですけど………私、追放されたから。」
「んーーーーーそうか分かったぞ。
お前、17世紀の文献に載っている世界を震撼させた大量殺人を犯した女だな。」
「そう、なんですかい?
こんな綺麗なお嬢さんが、大昔の殺人鬼……」
「そうだろう、【世毒】のエルメー。
渾名はそんな風に記載されていたな。」
エルメーはその言葉を聞いて、ふと真顔のままに静かな涙を流していた。
ロズィはそれを何かの演技かと疑ったが、本気で泣いている空気感から場の雰囲気に呑まれる。
彼女は嘗てのエングゥ民主国にて最も強い発言力を持っていた先導者【ガエル・エングゥ】を父とする家系に産まれ落ち、大切に育てられた。
が、6〜7歳頃に肉体の成長と共に魔力量も少しずつ多くなっていき、それが日頃から微量ながら漏れる様になっていったのだ。
周囲の友人や家族、凡ゆる人間に不調を来す毒魔素を振り撒いていた彼女は幼少の時点でエングゥ民主国より北西50kmにあった標高2000mの【アーラード魔山】に1人暮らしを強いられた。
不思議な事に、毒魔素を持つ者は魔物からあまり敵対心を持たれない特徴がある。
そのお陰か低級のゴブリン、猪やスライムなどと自然に戯れる事が多かった。
そして妙な少女が暮らしているという噂に興味を持ったレイバルが、自分の住処がある山々の一つであるアーラード魔山に来訪しエルメーと出会った。
レイバルはその少女の不幸な魔力を、自らが幸せになる為の手段として使える様に鍛え上げた。
8歳から1人で山に暮らし始めたエルメーは、週に一度登山道入り口に置かれる食料を回収して山奥のテントに篭ってはレイバルに毎日稽古を付けて貰った。
彼女はレイバルに連れられ他の魔山に訓練目的で旅する事も多かったのだが、いつも彼の背中におぶさり移動したり様々な過程で仲良くなり稽古以外でも一緒に生活する様になる。
エルメーからすれば、実父のガエルよりも魔王レイバルの方が父親らしい存在になっていた。
そうして日は経ち。
「私が、18になる頃。」
「エングゥ国内ではガエルによる暴力的強引な体制が目立ち始めていた。」
「元々人が感じていたカリスマは、私が一人暮らしを始めたせいで母と喧嘩別れした頃から異常な方向に走っていった。」
「そんな父ガエルを引き摺り下ろそうとしたエングゥ国内の有力者達が、一人娘の私が【棲む】アーラード魔山へ訪れてくる様になった。」
「皆んな、私の容姿と過酷な人生に惹かれて結婚を申し込んで来た。
でもその頃にはもう俗世に興味が無かったから、全部断ってた。」
「そうしたら私の事を無理に国へ連れ帰ろうとした人がいた、父。」
「その時私は…………単に漏れ出ているだけの毒魔素でガエルを、父を殺してしまった。」
「それから、エングゥ国内の人々は私を【可哀想な女の子】ではなく【暴君の後継】として恐れる様になっていった。」
「それから、週に一度の食料配達と一緒に有力者が頭を下げて変に気遣う素振りを見せ始めた。」
「何か、勘違いされたのかも知れない。
私は意図せず父を殺害してしまっただけなのに、周りからは【政治の一環】として実父を殺す事で世襲したと認識された。」
「だから私は、一応当時のエングゥ民主国を指揮する立場にあったの。
何かと国政について指示を仰ぐ為に国内の政治家が山に来訪してたしね。」
そんな会話を聞いて裏の事情を把握したロズィは、それでも殺人はやはり思い罪だとエルメーに反射的に返してしまう。
例え彼女に悪気が無くとも、漂う魔素だけで人を殺せる程に鍛錬したのは自分自身なのだ。
エルメーはそれに少し表情を暗くするが、まだ言葉を続けた。
「………………それでも、私の事をどこかでは恐れていたんだ………皆んな。」
「どこか距離感のある言葉遣いに、常に忌避する様な4〜5m間を空けての会話。」
「疎外感が、私には不快だった。」
「だから、ある日を境に魔素を肉体に抑える訓練を始めた。」
「時間はそんなに掛からなかった。
一月で肉体への苦痛も耐えられる様になって、そんな私を見た有権者のお爺さんやお婆さんは口を揃えて驚いていた。」
「そうして20歳になった頃、ある家系が私の元に訪問して来た。
目的は婚約だったけど、その家は私の父が20代の若い頃に共に活動していた戦友らしかった。」
「それで私の元に息子を婿入りさせる形で婚儀を申し込んで来たの。
2週間、3週間と悩んで取り敢えず頷いたら、その人とっても喜んでいた。」
「レイバル様に一言告げて国に戻ってからは、私を【エングゥの毒花】と呼び畏敬の念を込めて跪く日々が続いたの。」
「翌年には子供が産まれた。
その子は男の子で、魔力は父に似て強化魔力。」
「誰からも心配される要素なく私と彼に挟まれて幸せそうに育ってくれた。」
「でもね。
ずっとエングゥ家の名を冠する国に不満を持つ者達も以前から居たの。」
「それを表の政治会場で討論するのが夫の勤めなら、私は裏で私や家族を討ち取ろうとする者達を消し続けるのが仕事だった。」
「そんな事を20歳から40歳過ぎまで続けてたら、誰も私達エングゥ家に逆らう事は無くなった。」
「それで成人を迎えた息子が次代の指揮者として国を管理する様になってから私は再び山に戻った。」
「やっぱり、毎日魔素を溜める苦痛を我慢し続けて暮らすのは嫌だったから。
そうしてアーラード魔山に戻って20年振りに再会したレイバル様は、私の毒濃度が以前より高くなっていると変に喜んでいた。」
不意に右の人差し指を正面に突き出す。
そこに魔素を数秒溜めると、雫状に溜まった毒が下へ落ちる。
それは厚さ4cmはある木の卓上を簡単に溶かし、床の木板をも溶かして直下10cm程の穴を作る。
異様な溶解性に触れた時点で致命傷になる濃度と理解するが、エルメー本人の指先も表皮が薄く剥けており自傷してしまう事を意味していた。
なんとも不可解な魔力性質だとロズィは驚くが、毒魔素には色々種類がある、と話す。
「私の場合は、溶解毒。」
「揮発させれば生物の内部から組織を溶かす。」
「他にも神経毒とか、凝固毒とか色々あるみたい。」
「でも、一番外れなのは腐敗毒。」
「それを持った魔物を見た事があるけど、いつも体表が腐り落ちて内側の肉が垣間見えていた。」
「もし人がそれを持ったら、一生魔力を行使する事は出来ないと思う。
私みたいに肉体へ収める術がないと、生活も難しいかも。」
「そんな、なんと憐れな。」
「俺は良く分かんねぇが…………弁償しろっ!」
「あ………ごめんなさい。」
だが、そこまで話を聞いた以上ロズィとしてもやはり国内へ滞在させる事は出来ないという判断へと至る。
エルメーへ元の場所に帰る様に伝えるが、そこでエルメーはある提案をする。
元々長居する気など無かったので手早くて助かると思い、ジィーグン街とバルト王国の連携及び英雄級のギルド活動を切り出す。
ロズィは元来正義感が強い。
全身を包む鉄の鎧をそのままに頭の兜だけを外すと、真上に突き上がる様な茶髪と渋い顔面をエルメーへ向けて一言放つ。
「そういう用件であれば、是非。
連絡手段は?」
「あ………これあります。」
「連絡水晶で、任意の水晶先まで魔素を高速で連結させて会話出来ます。」
「まぁ、使った事はまだ無いですけど。」
「なるほど、では預かる。
それと……………大変だったな。」
「……………え?」
ロズィは別れ際に彼女へ生前の件を労う様に言葉を掛ける。
そんな心配をされた事など初めてで戸惑うも、エルメーは残っていた銀貨6枚をそのまま店主に渡して店を後にした。
因みに修繕費は足りていない。
★
「ーーーーー成る程、了解しました。
では、ジィーグン歓楽街はバルト王国と連携するという事で宜しくお願いします。」
ーーーーおう。
「では失礼します。
ーーーーーふぅ、順調ですね。」
現在、10月26日。
19日のロズィ&エルメーによる会談から暫し立ちエルメーが20日早朝に出た馬車で国へ帰還した。
その後26日昼に丁度ジィーグン歓楽街のロズィへ連絡を取ったのだ。
そうして次に用があるのはーーー。
★
「ちょっそんな服着たくないよぉっ!」
「ねぇ、話聞いてるっ?」
「はい、とってもお似合いですわっ!」
「えぇ、デレル王の一人娘とそっくりですっ!」
「まぉそりゃ僕もデレル家だし……じゃなくて!」
デレル王国中央の王城一階にある更衣室にて着せ替え人形にされているアレン・デレル。
彼は現在松薔薇より連絡を受け翌日27日から目的の国へ出発する為準備を始めていた。
ーーーー始めたが、全く進まない。
というかメイド達に進める気がない。
色々あって今はメイドフリルを頭に付けられ、黒の給仕服に白いエプロンと正にメイドの様な格好へと変貌を遂げていた。
彼は恥ずかしそうに紅くなっていたが、余計可愛くついついメイド達は複数人で写真を撮り始めてしまう。
デレルは嫌になり部屋から逃げ出したが、偶々廊下で出会した老いし先代国王に孫娘と勘違いされて抱き抱えられてしまった。
違う!僕は娘じゃない!と何度言っても声が中性的で可愛らしく体も華奢で全く説得力が無かった。
追い討ちとばかりに他の業務をこなしていたメイド達がアレンの事を、
『ウルウィお嬢様ぁぁ〜〜♡』
などと勘違いし始めてしまいその日は大変な1日となった。
「将来はどんなに可愛くなるのだろうなぁ〜!」
「儂は楽しみじゃあ〜!」
「もう!お爺様ったらボケが進みすぎだわっ!?」
「うん、僕が何度言っても勘違いしてた。」
「でも、アレンが可愛いのは事実よねぇ〜?」
「うんーーーーえ!?」




