第七話 決着と食事
人とも獣とも付かない絶叫が響き、振るわれた拳がうなりを上げる。
飛来するそれをひらりと躱して、続けざまに振るわれる殴打を回避。
真正面からの一撃を手で捌いて後ろへと流し、よろめいたニッキーが側を通りすぎる。
「くそっ! なんで当たらない!」
「さぁ、なんでだろうな」
正直、本気でやれば一瞬で片が付く。
そのほうがニッキーの負担も少なくて済む。
問題は暴走したニッキーが正気に戻った際に記憶があるかどうかだ。
マジックメモリの副作用で記憶を失っているかも知れないし、憶えているかも知れない。
憶えていたとしたら、俺の正体が露見する恐れがある。
リスクは冒せない。
「序列も高くないのに! ――そうか、キミもメモリを!」
「かもな」
都合良く解釈してくれるのはありがたい。
これで多少は無茶をしてもマジックメモリのせいにできる。
「だったら!」
ニッキーは懐からまたマジックメモリを取り出す。
「おいおい。それ以上、刺したら」
「黙れ!」
もはや歯止めは効かず、ニッキーは更にマジックメモリを刺す。
「あー、もう。幾ら掛かったんだ? それ」
「僕の全財産だ!」
ニッキーが駆けて加速した。
速度も、腕力も、先ほどより上がっている。
繰り出される殴打にも切れがあり、怒濤の如く攻めてられた。
「キミなんかにはわからないんだ! 弱い人間の気持ちなんか!」
振るわれた拳をくぐるように躱す。
「頑張るしかない? 努力しろ? それは序列一位やキミみたいに恵まれた人間の答えだろ!」
振るわれた蹴りに合わせて後方へと跳ぶ。
「頑張っても意味なんてない! 努力したって結果は見えてる! だから悩むんだ! 苦しいんだ!」
畳みかけるように肉薄され、突き出された拳を捌く。
「僕はどうしたらよかったんだ!」
そして、右ストレートをニッキーの顔面に食らわせた。
よろめいて、後退る。
「それはお前が一番良くわかってるだろ」
「……あぁ、そうだよ……頑張ればよかったんだ。努力すればよかったんだ。抗っていれば、なにかが変わっていたかも知れない。でも!」
ニッキーは更にマジックメモリを取り出した。
「出来ないんだよ……どうしても……」
泣きそうになりながら、ニッキーは自分にマジックメモリを突き刺した。
「そんなに難しいことかよ」
ニッキーがが悲鳴を上げる。
「あ、あぁあぁ……ああっぁあぁあぁあああ!」
自我を失い、獣のように叫ぶ。
「俺は知ってるぞ」
正気のない虚ろな瞳で、こちらを睨む。
「頑張って、努力し続けてる奴を」
瞬間、ニッキーが駆ける。
今までにないほどの速度で加速し、こちらを殴り倒そうと迫る。
俺はその様子をただ眺めていた。
身構えることも、躱すこともせず、ただ視界に収め続ける。
わかっていたからだ。
すぐ側にまで、来ていることに。
「四季!」
舞い降りた美月はポニーテールを揺らして柄に手を掛ける。
そこからは一瞬で片が付いた。
抜刀と同時に刃を翻して打ち込む峰打ちが、ニッキーの体をくの字に曲げる。
鈍い音と共に吹き飛んだニッキーは壁に叩き付けられ、立ちあがることも叶わず意識を手放した。
そして体内から大量のマジックメモリが排出される。
「よく俺がいるってわかったな」
納刀する後ろ姿に声を掛けた。
「なんとなく、いる気がしたから」
「俺たち双子だっけ?」
「特別な繋がりがあるのかもね」
そう話していると、騒ぎを聞きつけた教師と野次馬が現場にやってきた。
「酷い有様だ。説明してくれるかい?」
「いいですよ。その辺に倒れてるのがポイント強盗で、壁にいるのが大暴れしてた張本人」
「これは……噂のメモリか」
マジックメモリの一つを教師が拾い上げる。
「それで君たちは?」
「通りすがりですよ。暴れてたので美月が事態の終息を」
美月と視線を合わせると意図を理解してくれた。
「そうか、流石は序列一位だな。とりあえず医務室に運ぼう。詳しい事情はそれからだ」
野次馬の生徒も手伝って、意識のない生徒たちが運ばれていった。
「助かったよ、美月」
「私が来なくても、あの人は自滅してた」
「あぁ、まぁ、そうだろうな。それを狙ってたし」
マジックメモリを複数刺し、身の丈を超えた力を振るい続けた。
人の経験を自分の物に出来ても、肉体は自前の物だ。
あの調子で動き続けていたら、すぐに自滅していただろう。
「それでも助かったことには変わりない。それにお陰でいい言い訳が出来たしな」
「じゃあ、なにか奢って」
「マジか? 金欠なんだけど」
「最近、バイト始めたでしょ?」
「あー、わかったよ。好きなの奢ってやる」
「ふふ、やった」
助けてもらった礼をするとしよう。
§
「売人が逮捕されて、依頼人は満足したみたいだ。結構な額が振り込まれてた。まぁ、根本的な解決にはなってないけど」
マジックメモリを解体しながらシルヴァは言う。
「それ、いくつ解体するつもりだ?」
「全部だよ、全部。仕組みを理解できればそれだけ黒幕に近づけるだろ? まぁ、それも依頼がくればの話だけど」
「間違いなく来るようになる。ニッキーの奴、マジックメモリを七本も刺してたんだ」
「学生の小遣いでそれだけ買えるなら流通は止まらないか」
「黒幕を潰さない限りはな」
製造元がいなくなれば終息する。
「それと依頼どうこうじゃなく、個人的に追ってみることにする」
「ただ働きとは殊勝になったもんだ」
「うちの学園にまで被害が出てるんだ。平穏な学園生活を送るためにも厄介ごとは片付けておかないと」
「学生は大変だな」
携帯のアラーム音が鳴り、時刻を知らせる。
約束の時間だ。
「じゃ、俺はここで」
「デートか?」
「違う。幼馴染みと飯を食うだけだ」
学園の敷地内にある飲食店で。
「なにかあっても連絡するな。飯を食い終わるまで依頼は受け付けない」
「了解。デート楽しんでこい」
「デートじゃねーっての」
そう否定しつつ空間の裂け目へと入る。
幾つか経由して学園の裂け目から出ると、その足で待ち合わせ場所へと向かう。
「よう」
「えぇ」
美月と落ち合い、飲食店へ入った。
おつかれさまでした。