第六話 血液型と正当な報復
「マジックメモリは主に若い世代の間で流行しつつあるみたいだ。売人もまだまだいるみたいだし」
売人から応酬したマジックメモリを解体しながらシルヴァは言う。
「当然だよな。毎日こつこつ頑張るよりも、こいつを刺すほうが簡単だ」
「でも、その代償は高くつく」
「とも限らない」
「限らない?」
聞き返した俺にシルヴァが四つのマジックメモリを投げる。
赤、青、黄、紫だ。
「どうやら人によって合う合わないがあるらしい。血液型みたいなもんだ」
「A型B型O型AB型ってか」
投げ渡された四種に目を落とす。
「そうだ。A型にA型の血を入れても問題なし、でもA型にB型の血を入れたら? それと同じことが脳みその記憶領域で繰り広げられるわけだ。そりゃ意識不明にもなる」
「あの十位の奴と依頼者の孫は運が悪かったってことか」
自分が何型かも知らずに、異なる型のマジックメモリを体内に入れてしまった。
「だが、前にも言ったが所詮は他人の記憶で定着はしない。効果は一時的なものだし、型が合ったからと言って危険がないわけでもない。血液型も四種類しかないわけじゃないしな」
「結局の所、急がば回れってことなんだろうな」
「まさにそれだ。でも、こいつを刺したくなる気持ちもわからなくはないんだぜ? こいつがあればお手軽に強くなれるし、利口にもなれる。テストとか実技試験に悩まされないでいいって言うのは、学生にとっての理想だしな」
「みんな楽がしたいか」
「そりゃあな」
四つのマジックメモリを投げ返した。
「うちの学園にも買った奴が何人かいるだろうな。序列十位の奴が使ったくらいだし」
「そういや、捕まえた売人の購入者リストがあったな。ほら」
手渡されたリストに目を落とし、上から順番に眺めていく。
「……見知った名前はないな。まぁ、クラスメイトの名前もうろ覚えだけど」
「でも、買いそうな奴に見当はつくだろ? 素行の悪い奴とか」
「まぁ、たしかにな」
ポイント強盗の連中とか。
それに――
「シルヴァ、ちょっと出てくる」
「ん? あぁ、なんかあったら連絡する」
仮面を被って空間の裂け目へと入る。
向かう先はアスイマ魔法学園だ。
§
仮面を外して倉庫から校舎の外へと出る。
敷地は広いが素行の悪い連中の溜まり場なら見当がつく。
足を動かしてそちらへと向かっていると、派手な破壊音が聞こえてくる。
急いで音源へと向かうと、そこには崩れた地面に横たわる複数の生徒。
そしてその最中に立つ、ニッキーがいた。
「やあ、キミか。こいつらの仲間かと思ったよ」
そう言いながら足下の生徒を蹴る。
意識もないのに、追撃していた。
「随分な変わりようだな。筋トレでもした?」
「まさか、これだよ」
隠す様子もなく、見せびらかすようにニッキーはマジックメモリを取り出した。
「キミに言われて考えたんだ。どうやったら自分の身を守れるか。我ながら良い案が思い浮かんだよ。これならもう怯えて暮らす必要はなくなる」
そして、そのマジックメモリも自分に刺した。
「そいつの副作用を知ってるのか?」
「もちろん。でも、大丈夫。全部、O型メモリだから。どれだけ打っても意識をなくしたりしない。それにとっても気分がいいんだ。こうしていると、ね!」
先ほどよりも勢いよく足下の生徒を蹴り、吹き飛ばす。
地面を転がったその生徒は血を吐いていた。
「見事に目的を達成したわけだ、おめでとう」
「まだだよ」
ニッキーはまたべつの生徒を掴み上げる。
「散々、苦しめられてきたんだ。こんなんじゃまだ足りない。もっと苦しめないと、気が済まない」
掴み上げられた生徒にも意識はない。
だが、それでもニッキーは拳を握り、大きく振りかぶる。
「おい、そこまでにしとけ」
だから、それを制止した。
「……なんでだよ」
「やり過ぎだ」
「やり過ぎなもんか!」
掴み上げた生徒を投げ捨て、敵意がこちらに向く。
「これは正当な報復だ! 僕にはその権利がある!」
「あぁ、それは認めるよ。お前はその権利を使ってやり返した。でも、その先には進むな。引き返せなくなるぞ」
「どうだっていいそんなこと! こいつらが悪いんだ! 悪い奴が裁かれるのは当然だ! こういう奴らがいるから正直者がバカを見るんだ!」
「殺す気か?」
「あぁ、そうだ! こいつらは死ななきゃわからない! 死んだっていい人間だ!」
「……そうか。完全に飲み込まれてるな」
マジックメモリを幾つも刺して記憶が混濁しているせいだ。
感情に支配されて自我を失っている。
倫理も道徳も吹き飛んで、恨み辛みだけで物事を判断している状態だ。
今のニッキーになにを言っても通じない。
「気は進まないけど、そいつらに死なれるのもな」
「まさか、こいつらの味方をする気か?」
「あぁ、そうなるな。俺はお前からそいつらを守るし、お前からお前を守ってもやる」
人殺しにはさせない。
「余計なお世話だ!」
地面を踏み砕くほどの勢いでニッキーは駆け出す。
弾かれたように加速し、握り締められた拳が飛来した。
こちらはそれを軽く躱して振り返り、勢い余って壁を殴ったニッキーを見る。
壁は陥没したように崩れていた。
「こいつらに味方するなら、あんたも敵だ!」
「まったく、ただ働きだな」
でも、焚き付けたのは俺だ。
火の始末はちゃんとしないと。
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