第五話 高所の尋問と倉庫整理
捕らえたマジックメモリの売人が目を覚ますまで時がかかっている。
頭を強く殴りすぎた、という訳ではなく、単純にマジックメモリによる副作用らしい。
夜明けを待っても眠ったままなので、とりあえず登校した。
「残り560ポイント……」
缶ジュースを飲みながら廊下を歩いていると、ふとクエストボードが目に入る。
これらに張られている依頼書は生徒からの者が多いが、たまに教師からのものも混じっている。
何気なく眺めた依頼書の一つに目が止まり足が止まった。
「地下ダンジョンの資源仕分け、か」
アスイマ魔法学園の地下には広大なダンジョンが広がっている。
地震なんて来ようものなら学園ごと沈んでしまいそうなくらいの規模だ。
そこから取れる資源は授業に用いられたり、外部に売りに出されて経営資金になったりと様々。
採取に向かうのは主に成績上位の生徒たちに限られている。
「報酬も悪くなさそうだな」
面倒臭いことこの上なさそうな内容だけど、俺の固有魔法があれば簡単に済む。
「話を聞きに行ってみるか」
クエストボードから依頼書を引っぺがし、職員室へと向かう。
「あら、これ受けてくれるの? ありがたいわぁ。正直、一人も現れないんじゃないかと思ってたのよ。じゃ、ついてきて」
担当教師に案内された先は校舎の一角にある倉庫。
扉を開けて中に入ると、一歩目から床がざらついているのがわかった。
「ここが仕事現場よ」
明かりが付けられ、保管されている大量の資源が目に入る。
山のように積み上がったそれらを見て、不人気な理由がよくわかった。
まぁ、これも想定済みで受けたけど、思ったよりも多い。
「期限とかは特にないけど、なるべく早く仕分けていってもらえると先生助かるな」
「ま、できる限り早くやります」
「よかった。じゃあ、後はよろしくね」
ぴしゃりと扉が閉じて、倉庫に一人きりになる。
「さて、じゃあやるか」
乾燥した土でざらついた床に足跡を刻みつつ自分の両目に魔力を宿す。
俺の固有魔法は解析、見たものを解析、測定する魔法。
これを用いれば似たような物が多い鉱石や草花を専門知識なしで見分けられる。
「これは、こっちだな」
鉱石の山から手を付け、種類ごとに分けて箱に詰めていく。
手にとって見れば解析できるので、すぐに山は解体された。
「さて、次」
隣の薬草の束に取りかかる。
「あれ、これ毒草だな」
滋養強壮効果を持つ葉やら、特定の病に特効を持つ花、それに紛れ込んだ毒草。
それらを的確に仕分けて片付ける。
地道な作業だが見て移動させるだけだから、思ったほど苦じゃない。
「ん? シルヴァか」
自分なりのペースでダンジョン資源の山を崩していると携帯端末が鳴る。
「はい、どうした?」
「寝坊助が目を覚ました、いま大丈夫か?」
「あー……ちょっと待った」
周囲を見渡して解析を掛けると、倉庫内に空間の裂け目を発見する。
「わかった、すぐ行く」
通話を切って携帯端末を懐に戻す代わりに白くて小さな立方体を取り出す。
手の平の上で魔力を流すと、それはいつもの仮面へと変貌を遂げる。
それを被ると衣服も変わり、空間の裂け目を通って学校外へと出た。
§
「来たぞ」
裂け目を通って拠点に戻ると、シルヴァが椅子の背もたれから身を離す。
「売人は?」
「あそこ」
指差されたモニターに目を向けると、なにやら大声で叫んでいる売人が映っていた。
「うるさいから音声を切った」
「賢明だな。どれ、行ってくる」
「行ってら」
シルヴァの隣を通って中央を抜け、地下へと続く階段を降りる。
その先は簡易的な牢屋になっていて、シルヴァが施した術式が淡く発光する場所だ。
これの効果によって魔力の活動を抑制し、魔法を使えなくしている。
「よう、久しぶりだな」
「仮面野郎……」
鉄格子を掴んだ売人はこちらを睨み付けている。
「ここから出せ! ただじゃ済まさねぇぞ」
「おお、怖い。怖すぎるから一生、そこから出さないことにしよう」
「ふざけんじゃねぇ!」
地下からの限り暴れて牢屋を破ろうとするが効果はない。
しばらくそれを眺めていると、疲れたのか大人しくなった。
「知ってることを洗いざらい吐け。そしたら警察に連れてってやる」
「バカが、交渉になってねぇぞ」
「そうか? すくなくともここよりいい飯が食えるぞ。あと寝床と便所も」
「はっ、くそ食らえ」
吐きかけられた唾を躱した。
「なるほど、口を割る気はないか」
監視カメラ越しにシルヴァに合図を送る。
すると、売人の鉄格子が開く。
「なんだ、どういうことだ?」
困惑する売人に近づき、胸ぐらを掴み上げて引きずるように移動。
檻の中にある裂け目に入ると。いくつかの裂け目を経由して時計塔の上に降り立った。
そうして淵に立って右手を真っ直ぐに伸ばし、売人を宙づりにする。
「ひっ、い、いったいどうやって!?」
足が地面に付かない恐怖から、売人は俺の右腕を握り締めた。
「口を割る気になったか?」
「ふざけろ! 下ろせ!」
「あっそ」
右手を緩め、がくんと売人の体が一段階下がる。
「うわぁ!? ま、待て! わかった! なにが聞きたい!」
「素直で助かる。こっちもあんまり時間がないからな」
戻って仕分け作業を再開しないと。
「マジックメモリを作ったのはお前か?」
「違う! 使い方は知ってるが、それだけだ!」
「どうやって手に入れた」
「贈られて来たんだよ! 宛先もなしだ! すぐにぴんと来たぜ。こいつは売れば金になるってな」
「怪しいと思わなかったのか?」
「怪しいに決まってる。だが、俺みたいなのは金になればなんだっていいんだよ」
「なるほど」
マジックメモリの製造者は、あえてこう言う手合いにばらまいている訳か。
話を聞く限り対価を求めているようでもないし、目的はマジックメモリの流通のほうか。
こんな危険な魔導具を広めてどうするつもりだ?
「もういいだろ! 知ってることは全部話した! なんで、こんな目に」
「自業自得だ。けど、まぁいい。これ以上のことは聞いても無駄だろうしな」
時間の無駄だ。
「地面が恋しいだろ? 一緒にいってやるよ」
「は? ちょ、ちょっと待て! まさかっ!」
淵から一歩前へ出て、ともに落ちる。
「うああぁああぁあぁぁぁあぁぁああああああ!?」
重力に引かれて落下すると共に売人は気絶。
そのまま裂け目に入り、屋根の上に出た。
「手間が省けたな」
手早く四肢を拘束して再び裂け目を潜り、警察署の前へ。
私は犯罪者ですの札を首から提げさせて放置し、再び裂け目へと入った。
あとは警察がどうにかしてくれるだろう。
「シルヴァ。必要なことは聞いた、学園に戻る」
「オッケ。こっちはこっちで色々と調べとく」
「あぁ、じゃあ」
通話を切って再び裂け目に入り、アスイマ魔法学園の倉庫に帰還する。
仮面を外すと白い立方体になり、衣服も学生服に戻った。
「さて、続きをや――」
「わぁ!?」
物陰から出ると出会い頭に担当教師と出くわした。
「び、びっくりしたぁ。いたの?」
「えぇ、まぁ。どれくらいの量があるのか把握しておこうと思って」
「もう。なら、返事くらいしてよね。はー、心臓が止まるかと思った」
胸に手を当てて深呼吸している様子を見るに、抜け出したことはバレてないみたいだ。
「先生はどうしてここに?」
「私? キミの働きっぷりを確認しにね。でも、必要なかったわ。もうあれだけ仕分けしてくれたのね」
振り返った先には俺が仕分けた資源の小山がある。
「この調子で頑張って。報酬も弾むからね」
「じゃ、気合い入れます」
「よし。じゃあ、引き続きよろしくー」
そう言い残して教師はこの場をあとにする。
「さて、じゃあ続きをやるか」
再び両目に魔力を宿し、資源仕分けを再開した。
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