第四話 依頼書とマジックメモリ
「美月」
「四季」
会場の外で美月と落ち合い、拾ったものを渡してもらう。
「USBか?」
外部記憶装置。
「それが体内から排出されるところを見た。それが発狂の原因だと思う」
「体内から、か」
なら、魔導具の類いで間違いないな。
「とりあえず、預かる。シルヴァに見せればなにかわかるかも」
「えぇ、そうして。あのチグハグな感じの正体がそれなら」
「あぁ、厄介なことになりそうだ」
奇声を発して意識を失うなんて尋常なことじゃない。
どうにかしないとな。
「じゃあ、早いところ拠点に持って行く」
「あ、その前にいい?」
「どうした?」
「その、どうだった? 防衛戦」
「あぁ」
もともと、そのために観客席にいたんだっけ。
「まぁ、最初は翻弄されてるように見えたけど、最後のあれはよかった」
「本当?」
「あぁ、自信を持てよ」
そう言い残して拠点へと向かった。
§
「こいつは凄い。見たこともない術式が組み込まれてる」
拡大鏡を駆使して、分解したUSBと向かい合うシルヴァはどこか楽しそうだった。
「ところどころ破損してるけど、機能としては問題ないな。にしても、こいつを作った奴はかなりの腕利きだよ、嫉妬しちゃうね」
「それで、そいつはなんなんだ?」
「こいつの中には記憶が入ってる」
「そりゃUSBだし」
「データじゃない。人の記憶、思い出や経験がこの中に記憶されるんだ」
分解していたそれを組み立て直してシルヴァは持ち上げる。
「簡単に言えば、人に他人の記憶を植え付けることが出来るんだよ」
「そいつを刺せば他人の経験を自分のものにできるってわけか。例えばの話、急に剣の腕前が上がるとか」
「こいつに入ってる記憶が剣術に関するものならな。ただこいつには致命的な欠陥がある」
「所詮は他人の記憶ってことか」
「そうだ。それは決して定着しないし、異物として見なされる。効果があるのは最初の二週間くらいで、そこを過ぎると脳みそが異物を排除しにかかる」
「そうなると、どうなる?」
「さぁ、個人差もあるだろうけど、記憶が混乱したり、自我を失ったり、発狂したり、可能性はいくらでもある」
「そうか」
序列十位まで駆け上がった男は、やはりこの魔導具のせいでああなった。
「そう言えば似たような依頼がいくつか来てたな。えっと」
資料室の紙束から一枚拾い上げられる。
「そうそう、これこれ。これによるとそいつの名前はマジックメモリだ」
「マジックメモリ」
投げられたマジックメモリを受け取り、それに目を落とした。
§
がこんと音がして自動販売機から缶ジュースが出てくる。
「残り680ポイントか」
120ポイントの味を噛み締めつつ、側のベンチに腰掛けた。
「さーて、どうしたもんか」
マジックメモリについてもそうだが、金欠もどうにかしないと行けない。
「美月に譲渡してもらうのもな」
序列一位ともなれば支給される額も桁違いだ。
一月で使い切れるような額じゃないらしい。
頼めば快く分けてくれるだろう。
「すっげー、格好悪い」
意地を張れる間は張っておこう。
「やっぱ、地道に稼ぐしかないか」
いつシルヴァから呼び出されるかわからないから、依頼をやるなら短期のものがいい。
それか空き時間が十分にとれるようなもの。
「これ飲んだら探してみるか」
ゆっくりと缶に口を付けた。
「あ、見つけた!」
ジュースも飲み干した頃、見知った顔が近付いてくる。
路地で助けた彼だ。
「よかった、見つかって」
「捜してたのか?」
「うん、そう」
肩で息をした彼が顔を上げると、その頬に痣を見つけた。
「また連中が?」
「うん……今度はポイントを取られちゃった。だから」
そう言って彼は封筒を俺に差し出す。
「序列一位の鏡原さんに、渡してほしいんだ。この依頼書」
依頼書には彼の名前、ニッキーの文字がある。
美月にこれを渡すために、俺を捜していたのか。
「……ポイントを返して欲しいなら先生にでも言えばいい」
「それじゃダメなんだ。返してもらっても、また同じことの……いや、もっと酷い目に遭う。先生は当てにならない」
「なら、それでどうしてもらうつもりなんだ?」
「鏡原さんに警告してもらうんだ。そうすればあいつらは手が出せなくなるはず」
「なるほど」
脅し返そうって訳だ。
「悪いが、そいつは渡せない」
差し出された依頼書を払う。
「なっ、どうして! なにも懲らしめてほしいとは言ってない! ただ平穏な学生生活を送りたいだけなんだ、僕は!」
「そういうことじゃないんだ」
腰を深く据えて座り直す。
「この学園にお前みたいなのが何人いると思う?」
「……なんの話か」
「俺がそいつを美月に渡せば、そりゃ動いてくれるだろうさ。目出度くお前は平穏な学生生活を手に入れられる。でも、それを見たほかの連中は? お前を見てこう思うはずだ。俺たちもってな」
言いたいことが伝わったのか、ニッキーは閉口した。
「助けてほしい奴らはいっぱいいる。でも、そのすべてを助けていたら美月のほうがパンクしちまう。残念ながらお前より美月のほうが大事だ。だから、そいつは渡せない」
「……なら、キミはどうなんだ。助けてもらってるんだろ、ずっと。なのに!」
「あぁ、そうだ。幼馴染みだから助けてもらえる。幼馴染みだからほかの奴らが俺も俺もって言ってこないんだ」
「じゃあ……僕はどうすればいいんだ」
依頼書を握り締め、ニッキーは声を絞り出す。
「警察は事件が起こってからじゃないと動かないし、ヒーローは遅れてやってくる。実際の所、自分の身は自分で守るしかないんだ」
「それが出来ない人間は、どうすればいい」
「頑張るしかない。体を鍛えるなり、魔法を磨くなり、とにかく現状を変える努力をするほかに道はないんだ。自分が強くなりさえすれば、ポイントを奪われることもなくなる」
空になった缶をゴミ箱に投げ入れ、その場をあとにする。
彼はずっとその場から動かなかった。
§
「さて、と」
時計塔の頂上に立ち、街の夜景を一望する。
「あの辺でいいのか? シルヴァ」
「あぁ、そこにマジックメモリの売人がいるって話だ。見えるか」
「んー」
仮面に搭載された機能を使い、遠くの景色を引き寄せる。
視線を彷徨わせるとそれらしい人物を見つけられた。
「あいつか?」
「あぁ、特徴は一致するな。あとは現場を押さえれば本人確定だ」
「それはまではひたすら待ちだな」
早いところ動きがあってくれるのを願う。
「依頼者によれば、孫がマジックメモリに手を出して意識不明だそうだ。犯人を捕まえれば欲しい額をくれるとさ」
「そりゃ、気合い入れないとな。おっと」
売人の元に客が現れた。
背格好からしてまだ子供。せわしなく落ち着かない様子だ。
売人はそんな彼から金を受け取ると、スーツケースを開く。
その中には当然、USB型の魔導具が並んでいた。
「ビンゴ! 行け、四季!」
「あぁ、すぐに」
時計塔から飛び降りて裂け目を通り、屋根の上に出る。
そこから更にいくつかの裂け目を経由して現場へと降り立った。
「こんなところで裏取引? 悪い子だ」
「だ、誰だよ、あんた!」
近くで見た客は俺よりも若く、受け取ったマジックメモリを握り締めている。
「チッ」
その後ろで売人が逃げる。
こちらも駆けだして少年に近づき、すれ違い様にマジックメモリを奪う。
「あっ! 俺のメモリだぞ!」
「こんなもんに頼らず真面目に精進しろ!」
奪ったマジックメモリを壁に叩き付けて破壊し、逃げた売人を追う。
「逃げ切れないぞ、鬼ごっこは得意だ」
「そいつはどうかな」
自信満々に売人は答え、地面を蹴って跳躍する。
かと思えば左右の壁を蹴って駆け上がり、屋根の上へと登ってしまう。
「へぇ、凄い。俺にも出来るけど」
売人と同じように屋根まで駆け上り、逃げる売人を追い立てる。
追い詰めるのに最短ルートを通って回り込み、背の高い建物から飛び降りて売人の目の前に降り立ってみせた。
「ほらな?」
「くそっ」
剣が抜かれ、こちらも抜刀する。
互いの刃がぶつかり合って、甲高い音が鳴った。
「諦めて観念したほうが身のためだぞ」
「余裕こいていられるのも今のうちだ!」
そう言った奴の左手にはマジックメモリが握られていた。
それを勢いよく足に刺すと、そのままするりと入り込む。
「うへぇ、それそうやって使うのか」
「あぁ、そうだよ!」
売人は背後へと跳び、こちらに魔法を放つ。
瞬時に圧縮された風の塊が飛び、俺はそれを必要最低限の動きで躱す。
標的を外れた風の塊は壁に当たって霧散した。
「もしかして今のがメモリの効力か?」
「あぁ、そうだ。ビビったか!」
「ふーん。まぁ、当たり外れがあるってことか」
「なんだと、てめぇ!」
更に圧縮された風の塊がこちらに飛ぶ。
だが、今度は避けることもせず、軽く刀を振るって消滅させる。
「なっ、このッ!」
続けざまに幾度も風の塊が飛ぶが、そのすべてを斬って捨てた。
「これで最後だ、観念しろ」
「誰がするかよ!」
「あっそ。じゃあ、すこし眠ってもらうか」
繰り出される風の塊を斬り捨てなんがら前進し、売人の額を柄の頭で殴る。
すると売人は簡単に意識をなくし、その場に倒れ伏す。
「おつかれ、四季。そいつを持って帰還してくれ」
「あぁ、こいつが元凶だと楽に片付くんだけど、どうだろうな」
意識のない売人を掴み上げると、かちゃりと排出されたマジックメモリが落ちる。
それも回収しつつ空間の狭間へと姿を消した。
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