アスカと地球
かなり間があきました。
夜です。
月の夜は静かだ。空には、地球では考えられないくらいの満点の星が輝いていた。
地上を見ると、酸素を作る機械がコポコポとゆれて光っていて、月のモノトーンの砂に、ゆらゆらと光の海を描いていた。星の光とコポコポの光。まわりの闇がまるでミルクのように体を優しく包み込むなか、ふたつの光を見ていると宙に浮いているような気持ちになる。
チリーは、早々に寝てしまった。
「あの子は8時に寝ちゃうんだ。」
リオンが微笑んだ。その微笑みが、まるでお兄ちゃんかお父さんの表情に見えた。
「ねえ、チリーとリオンは、どんな関係なの?」
チリーとリオンは、ふたりだけで月に住んでいる。ふたりの家族はどこにも見当たらないし、他に月に住んでいる人もいない。チリーとリオンはどう考えても血は繋がっていない。だって、ヒトとウサギモドキだもの。
「迷子になって月に不時着したチリーをぼくが見つけたんだ。ぼくのお父さんとお母さんは、別の星で暮らしてる。ぼくたちは、ぼくたちの家族を探すために、毎日ここで研究しているんだよ」
「そうなんだ。ふたりの家族が早く見つかるといいね」
「ありがとう、アスカ」
ふたりの家族は、どんな人なんだろう。家族を探す迷子のふたりを見ていると、どうしても自分の家族を思い出してしまう。
わたしの家族は・・・
わたしの家族は、お父さんとお母さんだ。お母さんは、わたしが5歳のとき、病気で死んでしまった。お父さんは、ロケット研究所で働いている。その昔、未知の世界を知るために行われていた研究が、宇宙戦争に勝つためのロケットを作る場所に変わって今に至る研究所だ。人類が、太陽系のうち太陽以外のほとんどの星に住むようになった頃、より住みやすい星や豊富な資源を求めて他の星を侵略する人たちが出てきたらしい。それからというもの、太陽系ではいつもどこかでロケットや宇宙船が激しくぶつかり合っている。地球はわりと戦争に強く、地球に住むわたしたちは平和な毎日を送っている。
テレビでは、毎日のように他の星からの中継映像が流れる。
"Earth"と書かれた軍服を着たわたしと同じ地球人が、他の星の人を捕らえ、殺していく。子どもは泣きながら逃げ回り、大人はパジャマのまま戦おうと近くに落ちていた木の棒を構える。老人たちは神に祈りを捧げる。そんな必死さをいとも簡単にうち壊し、ほんの数分後、そこにあった暮らしはまるでなかったように冷たくなって、地球の旗がただ一本たっているだけになる。それに、平和な地球で見ている人たちが喜び、歓声をあげる。
わたしには、理解できない光景だ。
人が苦しむのを見て喜ぶなんて、信じられない。ゆっくり流れていたその星の人の日常が、徹底的に壊され、無になるのだ。自分のまわりには侵略を喜び楽しそうに笑う人しかいないから、壊れてほしくない日常なんてない。でも、ずっとずっと、誰かと心で会話して、幸せだねって笑いあえる日々に憧れていた。仲間だけで営む、小さな、でもあたたかな生活を夢見ていた。そう、お母さんがまだ生きていたときのように。宇宙で起こっていることなんて、なんにも知らなかった頃のように。
他の星の人たちの生活は、わたしがしてみたい暮らし方だった。そんな生活が存在するのに、それを壊してしまう人がいて、それが自分と同じ星の人なんだと知って、ショックだった。
どうして、壊してしまうの?
あたたかい生活が、この世から消えちゃうよ。
寂しい。
多分わたしは、自分にはなかったそういう生活がどこかにあるって思うことで少しでも安心したかったのだと思う。
資源を勝ち取って、豊かになって、戦争がもっともっと激しくなればなるほど、人は幸せから遠ざかっているような気がする。いくら人の幸せを壊して、たくさんのものを手に入れても、幸せだけはその人たちだけのものだ。自分のものには出来ない。
わたしは、戦争が嫌いだ。
そして、戦争を支える仕事をするお父さんも、地球人であることを強調し、みんなから羨ましがられるこの"アスカ"という名前も、羨ましがるみんなも、ロケットも、宇宙船も、そして地球だって大嫌いだ。
チリーやリオンの両親が戦争を支えるために生きている人たちだったら、わたしはふたりの家族が見つかったとして、素直に喜べるだろうか。そのとき、ふたりやふたりの家族を、好きでいられるだろうか。
わたしは、自分のお父さんを思い出し、寒気を覚えた。お母さんを思い出し、悲しくなった。そして、チリーやリオンの家族に思いを馳せ、なんだか悲しくなってしまった。
なんだか切るに切れなくて長くなりました。
またすぐ投稿できるように頑張ります。