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「……あまりリッシュを怒らないであげて下さい。
一応反省はしているみたいだし……それに、ケガが完治してからはきちんと真面目に働いています。
まだ、一週間と経ってる訳ではないけれど……でも、カフェではリアの姿できちんとウェイトレスとして働いて、そのほかの時間はリッシュの姿でギルドの依頼もこなしています。
カフェでの働きぶりはゴルドーさんに、ギルドでの仕事ぶりはシエナさんに聞いて頂けたら分かるはずです。
だから──……」
ミーシャが一生懸命俺の弁護をしてくれようとする。
それに──ヘイデンが大きく一つ嘆息した。
まるで怒りを鎮める様に。
ただしその怒りはミーシャにじゃなく、もちろん俺に対してのものだ。
目を閉じたままちょっとの間を置いて、ヘイデンは重く口を開く。
「──リッシュ・カルト」
重く呼びかけられた言葉に、俺は思わず戸惑いながらも「お、おう」と返事する。
ヘイデンの眉間にシワが寄っている。
「──……。
飛行船を買い取るのに稼がなければならん金額は、二十万ハーツだそうだな」
「〜え?あ、ああ……」
俺が戸惑いながらも返事した先で──ヘイデンがまた一つ息をつく。
そうして眉間にシワを寄せたままで先を続けた。
「──もし本当に俺やシエナに悪いと言う気持ちがあるのなら、その二十万だけはきちんと働いて稼げ。
ズルは許さん。
もし約束を違えたら、お前がいくら金を持ってこようと一生涯飛行船を手に入れる事も見る事も出来なくなると思え」
ヘイデンが、言ってくる。
口調とヘイデンの性格からするに──こいつは単にハッパをかける為だけに言った言葉じゃねぇだろう。
絶対に本気だ。
そいつが分かったから、俺は思わず一つ息を飲み込んで、
「お、おう。今度こそ大丈夫。
必ずちゃんと働くって」
言ってやる。
ヘイデンが『まったく、本当に分かっているんだろうな?』と言わんばかりに息をついた。
どうやらそれでも一応は、怒りを収めてくれるつもりらしい。
俺はそんなヘイデンの様子を窺いながら……今すぐに言うとまた機嫌を損ねるかもしれねぇと思いつつも、どうにもうずいて我慢出来ずに、口を開く。
「〜それはそうと、早速飛行船の整備しに行こうぜ。
時間がなくなっちまう」
言うと、あんまりにも早い切り替えにか、ヘイデンが片手を額にやってこの日一番の大きな息をつく。
どうやら言葉も出なかったらしいヘイデンの代わりに……って訳じゃないんだろうが、ミーシャが「──リッシュ、」と俺にたしなめる様に言う。
でもよー、俺はそいつを楽しみに今日のカフェでの仕事を頑張って来たんだぜ?
ヘイデンが呆れ果てた様子で──だけど仕方なさそうに、テーブルに手をつき席から腰を上げる。
おっ、やった!
どーやら一緒に整備に行ってくれるつもりらしい。
思わず小さくガッツポーズした俺に、気づいてんだか気づいてないんだか分からねぇが、ヘイデンが自分の正面の席に座っていたミーシャに声をかけた。
「──あなたも一緒にどうか?
……無論、退屈でなければだが」
言う。
ミーシャがそいつにぱちぱちと目を瞬いてヘイデンを見つめる。
「〜いいんですか?
……私が行っても」
ミーシャが問いかけた先で、ヘイデンが何も言わずにほんのちょっとだけ肩をすくめてみせる。
すっげぇ分かりにくいが、『構わない』って意味だろう。
ミーシャもそれが分かったのか、ちょっと表情を明るくして、
「ありがとうございます。
ご一緒します」
と笑顔で答えた。
と、ヘイデンがミーシャの横を通りながら、「それと、」と俺の方をちらりと睨みやりながらミーシャに声をかける。
「あの男をむやみやたらと庇うのはやめた方がいい。
すぐに調子に乗るし、ロクな事にならん」
一応ミーシャに話しかけた風に言ってるが……たぶん、いや、絶対、明らかに俺に対する嫌味だ。
俺が苦〜い顔でヘイデンを見やると、ミーシャがくすくすと笑う。
「──分かりました。
肝に命じておきます」
「クヒ」
俺もそうする、と言わんばかりに犬カバが澄ました顔で続ける。
おいおい、何だよ二人して。
思いはしたが──どうやら飛行船をイジらせてもらえるらしい事と、それに何よりミーシャの明るい表情に、俺は目を瞑る事にした。
〜さぁて、いよいよひと月ぶりに飛行船とご対面だ!
◆◆◆◆◆
飛行船の姿は、ひと月前に見た時と変わらずそこにあった。
例の蔦のカーテンの後ろに隠された古い扉の向こう──ヘイデンが管理するあの洞窟だ。
飛行船に当てられた電気の明かり。
ひと月前と全く変わりない、飛行船のきれいに磨かれた外装。
ちょっと乾燥ぎみの、この空気──。
たったひと月見なかっただけだってのに、何だかやたら懐かしい。
そっと船体に手を触れ、俺はしっかりとそのひんやりとした感触を味わう。
「待ってろよ、飛行船。
ひと月もすればお前は俺のもんだからな」
本当は頬ずりしたくなる程だが、まぁ、今はそこまではやめといてやろう。
──と。
「感傷に浸っている暇はないぞ。
まさか飛行船に頬ずりでもしている訳ではなかろうな?」
ヘイデンが俺の心を読んだかの様に言ってくる。
俺はヘン、と鼻で笑ってみせた。
「んな事してねぇっての。
ほらほら、軽口叩いてる時間はねぇぞ。
俺は夜には『リア』の姿で街に戻んなきゃならねぇんだからな」
でないとまた『リアちゃんがいない!拐われた!』だのなんだの、リアのファン始めギルドの連中まで大騒ぎし始めるからな。
俺の返した言葉にヘイデンがフン、とこちらも鼻息一つついてみせたのだった──。
◆◆◆◆◆
飛行船の甲板の上に立ち──ミーシャはふぅ、と静かに息をついた。
ほんの少しひんやりとした空気が気持ちいい。
つい先程まで飛行船の中のエンジン室に籠って作業をするヘイデンやリッシュの手伝いをしながらそこにいたので、外の──といっても洞窟内だが──空気が気持ちよかった。
飛行船の事も機械やエンジンの事もまったく分からないミーシャだったが、リッシュが軽く説明してくれたり、ヘイデンがミーシャにも分かる様な説明でリッシュに指示を出してくれたりした為に、まったく退屈という事はなかった。
それに──リッシュのあの、活き活きとした横顔。
あれから三時間近くは経ったはずだが、まったく飽きる事なく飛行船の整備に没頭するリッシュの姿は、どこか普段とは違っていて──それは不思議とミーシャの心まで躍らせた。
リッシュやヘイデンは今もまだエンジン室に入ったままずっと作業をしている。
犬カバも興味津々で、リッシュの隙間を縫ってはいい位置に割り入って作業を邪魔しない程度に眺めていた。
ミーシャもつい先ほどまでそこにいたのだが──今は少し休憩しようとこの甲板に出てきたのだった。
ミーシャは何気なくふらりと飛行船の舵の前まで来て、後ろに手を組む。
そういえば前回ここへ来た時は、リッシュがこの舵の方を見つめて懐かしそうな顔をしていた。
ここにはきっと、いい思い出がたくさんあるのね。
思いながらそっと微笑んでそこから目を離そうとした、丁度その時。
舵の傍らにあるものを見つけ、ミーシャは軽く目を瞬いた。
──鍵穴、だった。
前に来た時にはあまりじっくり見なかった為に気がつかなかったが……。
舵に手をかけ、右手を少し斜め下へ下ろせば届く様な場所に、その鍵穴はあった。
こんな場所にある鍵穴なのだから──きっと、おそらく今日リッシュが話していた『飛行船のエンジンをかける為のキー』を入れる場所、なのかもしれない。
『鍵がないの?』
『う〜ん。
ダルクのやつ、どっかに失くしちまったみてぇなんだよな。
遺品整理の時にも出てこなかったらしくてさ。
ヘイデンもゴルドーも鍵の在り処は知らねぇらしい。
ま、ヘイデンには鍵は探しといてやるって言われてんだ。
あいつ、俺やダルクと違っていい加減な事は言わねぇし、たぶんどっか心当たりがあるんだよ』




