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………。


また頬を引っ叩かれて、せっかくほぼ完治してるあばらの調子、また悪くしちまうのだけはごめんだぜ……。


ぞっとしながら思っていると、コンコンコンコン、とせっかちなノックが鳴る。


このリビングから外に繋がる戸の方──いつも冒険者や、時にはジュードが見張りをしている戸の外側からだ。


「〜ちょいと開けるよ。話があるんでね。

リア、起きてんだろ!?」


最後の一言なんかは、ほとんど怒鳴り声になっちまってる。


誰かと問いかけるまでもねぇ。


うわさをすればなんとやら……十中八九、シエナだ。


俺はそう察知すると「げっ!」と短く声を上げて席を立ち、ささっと自分の部屋へ逃れようとする。


だが、遅かった。


俺はおろか、ミーシャの返事さえ待たずにシエナが部屋の戸を開ける。


いや、待てって!


そこには見張りの冒険者もいるだろ!?


俺は今『リア』じゃなくて『リッシュ・カルト』の姿なんだぜ!?


半ば焦りながらそっちを見る──と、そこにいたのはシエナと、その後ろにかなり引いた様子で控えているジュードの姿、だけだった。


どうやら……今の見張り当番は、冒険者の誰でもなく、ジュードだったらしい。


けど、んな事は何の慰めにもならなかった。


シエナがツカツカツカと俺の方へ早歩きで近づいてくる。


俺が完全に自室に潜り込んじまうより早く。


シエナがダンッと最後の一足を床に振り下ろし、俺の目の前に立ち塞がる。


俺は思わず顔を引きつらせてそんなシエナを見た。


そーしてシエナが口を開くより何より早く、


「すみませんでしたー!!」


バッと頭を下げて先に謝る。


「あの金はカジノでゴルドーとギャンブルして勝ったお金です!

借金返済はしたけど飛行船を買い取るのにまだ金が足りないんでこれからひと月は必死に働いて稼ぐつもりです!

だから今回は怒りを収めて下さい!!」


必死に頭下げて謝る中──たぶんジュードが閉めてくれたんだろう、パタンとリビングから外に繋がる戸が静かに閉まる音がする。


シエナが「ギャンブル……!?」と怒りも心頭の声を上げかけるのに……


「シエナさん、」


ミーシャが向こうから、声をそっと投げてくれる。


が、俺は恐ろしくって、とても頭を上げる気にはなれなかった。


ミーシャの声が続ける。


「さっき、リッシュから少し話を聞きました。

リッシュは昔、ゴルドーさんがリッシュを引き取ってくれようとしていてくれた事を思い出して……それでゴルドーさんと話がしたいが為にカジノへ行ったらしいの。

決して前の様に楽して大金を手に入れようなんてバカな考えでだけで動いた訳ではないんです……。

たぶん……」


ほんのちょっと自信がないのか、小さくたぶんをつけてミーシャが言う。


「ギャンブルで手に入れたお金で借金返済をしたのは確かだけれど、ヘイデンさんから飛行船を買い取る為に足りないお金はきちんと働いて稼ぐと言っているし……そんなに怒らないであげて下さい」


ミーシャが優しくも俺の弁護をしてくれる。


俺は──ちらっと片目だけでシエナの方を見た。


シエナが、どうにもフクザツそうに眉を寄せたままミーシャを、続いて未だに頭を下げたまま上げられずにいる俺の方を見てくる。


そうしてしばらくの沈黙の後。


深く溜息をついて頭を振ってみせる。


「……ミーシャがそう言うんなら──分かったよ。

この件に関しては、何も言わない事にする。

──だけどね、リッシュ」


俺がパッと顔を明るくして頭を上げたのに釘を刺す様に、シエナは両腕を組んで言ってくる。


「──あんたは私に、ちゃんと自分の力で働いて借金を返す、地道に働くって、そう言ったんだからね。

その約束を反故にしたんだから──次にこの約束を破ったら……」


「〜分かってる!

もうギャンブルはしねぇし、ズルもしねぇ!

ちゃんと働いて金を稼ぐって!」


何やら不穏な表情で脅してきたシエナに、俺は精一杯申し立てる。


シエナが──ほんのちょっと疑う眼差しで俺を見ていたが──それでもどうやら、怒りを収めてくれる気にはなったらしい。


フンッと一つ鼻息をついて話を終わらせた。


ふぅ……どーやら命拾いしたみてぇだ。


思わず安堵の息をついている──と、俺がほんのちょっと開けた俺の部屋へと続く戸の隙間から。


ひょこっと犬カバが抜け出てきて何の事はない様にリビングのテーブル席の下辺りにまでやってくる。


そーして飯が欲しいと言わんばかりに自分のドッグフード皿の前に座って「きゅーん」と一つかわいく鳴いてきた。


犬カバ……。


お前、俺の絶体絶命のピンチには部屋に隠れてたくせに……。


思いながら俺が裏切り者を見る目で犬カバを見ていると、んな思いを知らないミーシャがくすっと笑ってみせた。


「ご飯ね。

すぐに用意してあげるわ」


言って、前にシエナから墓参りの依頼料としてもらったドッグフードを犬カバの目の前の皿に盛ってやる。


犬カバがいかにもうれしくてたまらないとばかりに目をキラキラ輝かせた。


そーいや犬カバのやつ、前に見世物屋の主人からは『ミルク以外のモンに興味を示した事がない』みてぇな事を聞いてたが……思えばこのドッグフードもそうだし、こないだ執事のじーさんが持ってきてくれたプリンもそうだし、うまけりゃ何かと何でも食うんだよな。


まったくノー天気なお気楽者はいいよな。


呆れ半分に思いながら、俺は早速皿に盛られたドッグフードにがっつく犬カバから目を離し、不意に何の気なしに未だにリビングの戸の近くに立つジュードの姿を見た。


その表情が──何だか少し曇って見える。


まるで、この場にこうしているのに、全然違う何か(・・)を考えてるみてぇな……。


思わず軽く訝しんでジュードを見ていると、犬カバがドッグフードにがっつき過ぎたのか「ゲフッゲフッ」と大きく咳き込む。


「あ〜あ〜。

ったく、何やってんだよ、犬カバ」


あんまり苦しそうだったんでポンポン背中を叩いてやると、犬カバが呼吸を取り戻して「クヒ」と渋めの声を上げる。


なんか知んねぇがカッコつけながら「大丈夫だ」とでも言ったらしい。


そーして再び懲りもせずにドッグフードに顔を突っ込んでまたガツガツ食べ始めた。


その様子を呆れ半分に見るともなしに見やりながら──俺はジュードの表情に対する疑念をすっかり忘れちまったのだった──。


◆◆◆◆◆


「いらっしゃいませ〜。

ご注文はお決まりですかぁ?」


「じゃあアイスコーヒーとパンケーキください」


「はぁい。ただいま〜」


にこにこしながら言って、俺は厨房にいるロイへ注文内容を伝えに行く。


そーしてついでに、左手に先に仕上がっていたエッグトーストセット、右手にケーキセットを手にして再び厨房から客席の方へ運んでいった。


──あれから一週間後。


ついにじーさん医師からも『完治』のお墨付きをもらって、俺はよーやく自由に動けるようになった。


指名手配も解かれたし、さてこいつはもう『リッシュ・カルト』としてバリバリギルドの依頼を請けてやるしかねぇ!……と、思うだろ?


だけど実際には、店の混み合う昼前後の時間は『リア』としてウェイトレスを。


それ以外の時間では『リッシュ』の姿でギルドに来た依頼をこなしたりする……ってのが日課になりつつあった。


……だってよー。


『リア』が急にいなくなったらやたらに大騒ぎするやつらがいるだろ?

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