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8

◆◆◆◆◆


リッシュがその場を立ち去ってしばし──。


ゴルドーは静かに酒を飲みながら、「──おい」と誰にともなく一声上げた。


辺りには誰もいない様に思われた。


だが──。


ゴルドーの一声に、すっと奥からある一人の人物が姿を現わす。


黒いスーツをビシリと着こなした、体格のいい男──このカジノの店主を任せている男だった。


いかつい顔と体格は、ただそこにいるだけでかなりの存在感がある。


元来無口なこの男に──ゴルドーはそちらへギロリと一つ視線をやって、低く問いかける。


「──てめぇ、裏で“操作”してたんじゃねぇだろうな?」


脅す様に問いかける。


無論“操作”とはルーレットに仕掛けた磁石の仕掛けの事だ。


実を言えば、先程リッシュがズバリと当てた通りの仕掛けがこのルーレット台と白玉にはあった。


その磁力を入れるスイッチの位置はルーレット台ではなく、男のいた、この部屋の裏手にあったのだが……。


もし男が盤面を操作したのでなければ、ここまでリッシュが勝ちに勝ちを重ねられる、訳がない。


そう、思ったのだが。


「──いいえ。私は何も」


男が、ただその一言だけを返してくる。


ゴルドーはそれに思わず眉を寄せてみせた。


男の言葉を疑ったからではない。


男の言葉を信じたからだった。


男が──恐ろしく無口なこの男にしては珍しく、続ける様に再び口を開く。


「──以前にも、こういう事がありました。

あの少年がまだほんの子供の頃──床に落ちていたコイン一枚をスロットに入れて、」


「………勝ちに勝ちを重ねて、かなりの額を稼ぎやがったよな。

ガキがカジノで遊んでいい事にはなってねぇ、金は全部没収だ!って取り上げちまったが」


昔の事を思い出し、思わずクククと一人笑う。


そうしてから──重く、表情を沈めた。


「あのガキの運の良さは才能っちゃ才能だな。

だが、だからこそ──」


「……心配、ですね」


まるでゴルドーの言葉を代弁するかの様に、さらりと男が言ってくる。


ゴルドーはそれに心底嫌そうに顔をしかめた。


「〜俺は『注意が必要だ』と言おうとしたんだ。

心配なんかしちゃいねぇ。

あのガキ、いくら運が強いからってこの俺様に勝負を持ちかけてきやがって……。

次にまた同じ事仕掛けてきたら、イカサマでもなんでも使って てめぇが返り討ちにしてやれ。

二度と調子に乗ったり出来ねぇ様にな!」


ゴルドーがギャンギャンと吠える様に男へ言うのに──男が静かに小さく口の端を上げてみせた。


この男なりの笑みだったが、男はそれをゴルドーに悟られない様、見事に悪人らしい笑みに作り変えて「かしこまりました」と口にする。


ゴルドーがフン、と鼻で息をついてそれに頷いた。


きっと本当は──心配だと代弁した男の言葉に間違いはなかっただろう。


それを認めない主人があまりに不器用で、思わず笑んでしまったのだった。


だが、と男は一人胸の内で考える。


実際のところ、ゴルドーの言う様な『返り討ちにしてやる』機会は、恐らく来ないだろう。


そもそもリッシュにはこのルーレットのイカサマの事はバレているし、先程のゴルドーとのやり取りを見た限りでも、もう無茶な賭け事は仕掛けてこないはずだ。


思いながらも、男は視線をルーレット台へと向けた。


「──それにしても、ルーレットの磁石……いつ見破ったのでしょうか」


これまでにこの仕掛けに気がついた者はただの一人もいなかった。


一年前勝負した時には、リッシュ自身にも気づかれていなかったはずだ。


なのに今日は──どうやらゲームを始める前には仕掛けを知っていた様に思える。


ゴルドーが目を(すが)める様にこちらも同じルーレット台を見やる。


「……さぁな。

だがあんなガキに気づかれちまったんじゃ、今後はおいそれとは使えねぇ。

元々んなに使ってた訳じゃねぇが……。

ありゃあ何かあった時の保険だ。

そのうち別の手立てを考えねぇと」


「そうですね」


静かに頷いて、男が返す。


そうして──この男にしては珍しく、また一言口を開いた。


「──オーナーの“投資”、間違ってはいなかった様ですね」


この間のカフェの店主と、同じ様な事を言ってくる。


ゴルドーはそれに片眉を上げてそのまま器用に眉を寄せた。


そうしてリッシュが置いていった、緑のゼロにかけられた大量のコインの山を見やる。


ゴルドーは……男の言葉に何とも返すことも出来ず、ただ重く息をついて首を振って見せたのだった──。


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