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4


店を出てすぐ、ようやくあのひどい臭いから解放されてから、俺は大きく一つ新鮮な空気を吸った。


そうしてゆっくり吐いてから、後から出てきたダルに目線をやって言う。


「にしてもあの臭い。

お風呂入ってないのかしらねー、あの人」


丁度通りかかりそうな人がいた為に、女言葉のまま言う。


ダルはそれには答えず、さらっと俺の言葉を流して言う。


「ところであの い……、あの子を探す場所の見当はつけたのか、リア」


ダルのやつ、俺のつけたあだ名につられて「犬カバ」って言いかけたな。


思ったが、あえて突っ込むのもめんどくせぇ。


すぐ近くをゆっくり歩いて通る婆さんを横目にしてから、俺は肩をすくめて見せた。


「もちろん。旧市街を片っ端から、でしょ。

市街地の方もある程度聞き込みして回った方がいいんでしょうけど、今までピンクの生物を見たって騒ぎにはなってないみたいだし、私はミルク片手に旧市街を探す方が可能性はあると思うわ」


言うと同意見とばかりダルが頷いた。


それを眺めて俺は「じゃあ、」とにっこりして見せた。



「ダルちゃんは市街の方をお願いね。

私この調子で聞き込みなんかしてたら声がヘンになりそーだから」


常にワントーン(以上か?)高い声で聞き込みすんのも、色々視線に気ぃ使って歩き回るのも中々面倒だ。


俺はにっこり笑ってさっさとダルに背を向け、旧市街へ歩き出しながら言う。


「それじゃー、聞き込み終わったら旧市街で会いましょ。

私 先に探しに行ってるから~」


へらへら声で言いながらさっさと歩き出した俺の背に、


「サボるなよ」


ダルがしっかりと釘を刺してくる。


俺は手をひらひらさせてそれに応えた。


さ~て、どうすっかな。



◆◆◆◆◆


「…おーい、犬カバやーい」


やる気なく両頬に手をついて、ついでに近くにあった石段の端に座ったまま、声をかける。


旧市街のちょっとした広場の、これまた端での事だ。


俺の足元には皿に注がれたミルク。


皿は俺の家(に昨日なった場所)から。


ミルクはここへくる来る途中の、歩き売りしてるチビガキから買った。


子供は鋭いか?とも思って少し警戒したが、何の事はねぇ。


マセたガキで、「ねーちゃんキレーだな。今度一緒にお茶しよーぜ」なーんて言ってきやがったから「そのうちにね」と適当に返して笑いかけてやったら、ミルク代をちょっとだけ安くしてくれた。


それで手に入れたミルク片手にそこらの狭い所を中心にそろそろと探し歩いてはみたが。


「~…見つかんねーなぁ…」


一向に見つかる気配がねぇ。


っつーかネズミ一匹、虫の一匹すらいねーんじゃねーかってくらい静かなんだよな。


見世物屋の店主の話じゃ、あの犬カバは静かな場所を好むって事だったし、探してみりゃあこの辺は狭い所もたくさんある。


どっかにいそうだとは思うんだが。


「カサリとも言わねーんだもんなぁ…」


初めのうちは結構真剣に探してたが、そこら中歩き回って探しまくったんで、疲れちまった。


「ダルの奴、まだ生真面目に街で聞き込みしてんのかねぇ。

ご苦労なこって」


へっ、と笑いながら、地面に置いたミルク皿へ目をやる……と。


そのミルク皿の上に、一つ大きな影が差した。


……ありゃ?


ズイ、と頬杖ついたまま視線を上げると、腕を組んで、ひじょーに怒った空気を醸し出す一人の人物が仁王立ちしていた。


──ダルだ。


「~何がご苦労なこって、だ。

まさか私が街で聞き込みしてる間、ずっとこうしてサボっていたのか?」


言葉の端々にもれなく『怒り』マークをつけながら、ダルが低く言ってくる。


俺は わっ、ちょっと、と思わずその場でバッと立って弁明した。


「お前どっから湧いてきた!?

つーかヘンな誤解すんなよな!

俺だってほうぼう犬カバを探し回ってたんだぜ!?

今はちょーっと休憩してただけで!」


慌てて言うとダルが「どうだかな」とあまり信じちゃいない目で俺を見てくる。


俺は思わず はぁーっと息をついた。


「~ったく…。

この俺の足に出来たマメを見てみろってんだよ。

慣れねぇ女もんの靴と服で、あちこち歩き回ったり這いつくばったり……」


実際右足の裏なんか水ぶくれみてぇなマメが二つも出来ちまってる。


わざわざ足出す程でもねーから出しはしねぇが。


俺の言葉に多少は真実味を感じたのか、ダルが一応は「悪かった」と素直に謝ってきた。


そうそう、分かってくれりゃいーんだよ。


うんうん、と頷いてから、俺は「で?」とダルに向かった。


「こっちの方はてんでダメだよ。

そっちの収穫は?」


聞くとダルが溜息混じりに息をついて、さっきまで俺が座ってた石段の横に腰を下ろした。


「こちらも収穫はなし、だ。

多くの人があの犬カ……、“あの子”の事は知っていたが、街中で見たという者は、やはり一人もいなかった」


犬カバ、の部分を丁寧に言い直しながらダルが言うのに、俺も よっこらせ、とその隣に腰を下ろす。


頭の後ろで腕を組んで あ~あ、と頭を後ろに倒した。


日の高さは丁度、頂点からやや西に沈みかけた辺りだ。


昼を一、二時間は過ぎてるだろう。


ぐぅぅ、と腹まで鳴り出しやがった。


「……とりあえず飯でも食って出直すかぁ。

腹が減っちゃあなんとやらだ。

飯食って頭回して、犬カバ捕獲作戦でも考えよーぜ」


言うと、ダルが鼻で静かに息をついた。


仕方ねぇが同意って意味だろう。


俺は よし、と一つ頷いて、前に置いてたミルク皿をそのまま脇に避け、自分の両膝に手をついて立ち上がった。


とにもかくにも、腹ごしらえだ。


…と、一歩踏み出した拍子に。


グイッと後ろから、ダルが俺の服の裾を引っ張ってきた。


「リッシュ、」


短く鋭く、注意を促すような小さな声でダルが言うのに、俺はいぶかしみながらそっちを振り返った。


ダルが目線だけで通りの向こう側……ある一軒の古びた建物の隅を見る。


つられて俺がそっちを見ると。


ピンク色の、小さな物体の一部が建物の隅に見えた。


隠れてるつもりなんだろう、小さな丸い青い目が、半分は建物の影に、もう半分は建物の外にはみ出してやがる。


丁度、子犬くれぇの大きさだ。


その視線の先には俺やダル……ってより……


──ミルク皿、見てんな。


けど、動く気配はねぇ。


俺たちを警戒してんだろう。


俺は奴を驚かせない様 最小限の動きで肩をすくめながら、こっちも小声のまま口を開く。


「──どーやら向こうも腹ペコらしいぜ」


ダルは何も言わねえ。


が、もちろん分かっちゃいるんだろう、無言のまま目配せで、静かにこの場を動こうと指示を出してきた。


一旦引いて、犬カバがミルクに夢中で食いついた所を、後ろから回り込んで一気に捕獲!


そんなトコだろう。


──これで5万ハーツか。


足にマメを作ったりして苦労したが、まあまあ楽な仕事だったぜ。



俺はダルに倣って静かに少し頷くと、そろそろとその場から足を退いた。


ゆっくりゆっくり、犬カバがビビって逃げ出したりしねぇ様に。


ダルも物音を立てねぇ様にゆっくりその場から立ち上がると、俺の後に続く。


俺とダルがそうやってすぐ近くの建物の影に隠れた……所で。


ハッとした様に犬カバがきょろきょろ顔を動かし、辺りの様子を伺い始めた。


どーやらミルク皿にしばらく気を取られてて、俺らがいなくなったのにも気がつかなかったらしい。


犬カバが、それでも くんくん、と鼻っ面を地面にやりながら(どーやら警戒しながら)ミルク皿に近づいていく。


俺はダルに目線で合図してから、建物の後ろを回り込んで、そのままダルがいる方とは反対側の建物脇に出た。


丁度、俺が犬カバの背後を、ダルが前方を陣取る位置取りだ。


犬カバは、大人しくミルク皿に辿り着いたらしい。


こっからじゃ尻しか見えねぇが、その尻がうきうきと、右に左に小さく動いてるとこを見ると、とうとうミルクを飲み始めて上機嫌になってるらしい。


俺は様子を見ながらゆっくりとそんな犬カバの後ろ姿に近づいていった。


そして、未だにミルクに夢中になってる犬カバの真後ろまで来ると。


ガバッと勢いよく犬カバを両手で掴み上げた。


「だっはっはー!

やったぜ!これで5万ハーツは頂き……」


だ!ってまで言おうとした俺の手の中で、犬カバがこっちに尻を向けたまま、『ブッ』と勢いよく屁をこいた。


大口開けて笑ってた俺の顔面に、その屁がブワァッと襲いかかる。


「リッシュ!」


ダルが向こうから顔を出して寄ってくる。


が、その臭いの強烈さに…俺は犬カバをしっかり両手に掴んだまま気を失い、後ろにばったりと倒れたのだった───。


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