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「一億ハーツとはいかねぇが、今ある俺の総資産だ。
こいつを元手に、あんたと勝負がしたい。
もちろん俺はあんたに返す一億ハーツ、それにヘイデンのやつからダルクの飛行船を買い取る為の一億ハーツ。
合わせて二億をこの勝負で稼ぐつもりだ」
自信たっぷりにゴルドーを見据え言ってやる……と。
ゴルドーが頬をかなり引きつらせて「ほ〜ぉ」と低く唸ってくる。
どーやら怒り心頭でそれ以上の声も上がらねぇっていう様な感じだ。
それでも怒りのまま、カジノの戸を開け切った。
「──入れ。
俺がてめぇの全財産巻き上げて、二度とそのふざけた口 利けねぇ様にしてやるよ」
◆◆◆◆◆
カジノの中は、一年前に見た時と何も変わっちゃいなかった。
俺とゴルドーはある一つのルーレットの前に向かい合って座る。
一年前、俺が大敗した、まさに同じルーレットの前だ。
前回と違うのは閉店時間を過ぎている為に誰も周りにいねぇ事と、俺の対戦相手がゴルドーだって事だ。
そして今の俺は、このカジノが街のカフェと同じくゴルドー所有のものだったって事を知っている。
ゴルドーがボンッと大雑把に、まあまあ大量のコインの山を赤の三番に賭ける。
俺は迷わず黒の八番に、総資産の四分の一の額をベットする。
黒の八番に賭けたのは、計算も駆け引きもねぇただの俺のヤマ勘だ。
黒の八番が、なんとなく当たる気がする。
そんだけだ。
まぁ、前回はそれでずっと突っ走って最後にゃ一文無しになっちまったんだが……。
それでも俺は俺の直感を信じている。
ゴルドーがルーレットの横にあるレバーを引くと、ルーレットの上から落ちてきた白い玉が、滑るようにルーレット上を転がって回っていく。
その白い玉が盤面を渡っていくのを眺めながら、俺はそっと口を開いた。
「──……こないだ、シエナに頼まれて、代理でダルクの墓参りに行ったんだ」
言うと、ゴルドーが目だけで俺の方を見る。
睨んでんのか素なのか、目つきが悪い。
俺はそいつには目線をくれず、先を続けた。
「ダルクの命日でさ。
あの日、ダルクの墓前には先に花束が一つ供えられてた。
……あれ、あんただろ?
あんなに趣味の悪い花墓前に供えようなんて考えんの、この世にあんたくらいしか……」
「あの花のどこが趣味が悪いってんだ!」
グワッと食ってかからんばかりの怒鳴り声を上げて、ゴルドーがテーブルにバンッと手をつき立ち上がりながら言ってくる。
と、その振動でルーレットの白玉がポンッと一瞬上に上がった。
そうしてトン、コロコロと数字の上を転がって──俺が賭けていた黒の八番で止まる。
ゴルドーがまさかっていう様に顔を白玉に向ける中、俺はニヤッと一つ笑って見せた。
「──俺の当たりだな」
言って、澄ました顔でゴルドーが賭けていたコインの山を自分の領地に持ってくる。
これで俺の資産は軽く二百万ハーツは増えた。
ゴルドーがフンッと大きく憤って、それでも何も言わずにドッカと席に着く。
俺はその様子を横目にしながら、今ゴルドーのやつからかっさらったコイン全部と、初めに俺が賭けていた分だけのコインを合わせて、今度は赤の二十七番にベットした。
ゴルドーが怒り混じりで黒の十一番に、さっきと同じ量ほどのコインの山をベットする。
再びルーレットが回り、ころころと白い玉が転がっていく。
頃合いを見計らって、俺は再び口を開いた。
「──それと、昔の事、少し思い出したんだ。
あんたがダルクやヘイデンと一緒に飛行船造りを手伝ってた事とか……俺を引き取ってくれよーとしてくれてた事とか」
コロコロと、白い玉がよく回る。
こいつには大金がかかってるはずなのに、ゴルドーはルーレットの盤面じゃなく俺をジロリと見据えてきた。
俺はそのゴルドーの顔を真っ向から真剣に見据えて、言う。
「──ダルクの仇は俺が取る。
だからお前はこの事はもう忘れろ。
……。
あの日あんたは俺に、そう言ったんだ」
責めるつもりは毛頭ねぇ。
けどその声には無意識に、強い力が込もっちまった。
ゴルドーが俺を見据えたまま、「……ああ、そうだな」と一言返す。
と、白玉がコロン、コロン、と転がって、止まる。
そうして出たのは──赤の二十七番。
また俺の勝ちだ。
俺はゴルドーの金を自分のトコに引き入れる。
これで、七千万ハーツ。
出だしとしてはまずまずだ。
次のベットを決める前に──俺は「それで、」と言葉を続けた。
「あれから十二年経ったけどよ。
……あいつの仇は、討てたのか?」
俺の一番の疑問はそこだった。
じっと静かにゴルドーを見つめる──と、ゴルドーが俺から視線を外さずに「──いいや、」と一言で答えてくる。
それで話は終わっちまった。
俺は──今度は少し迷って、今度はゴルドーから取った分の二十分の一の額を赤の一番に黙ってベットした。
どーにも当たる予感がしなかったからだ。
ゴルドーが、さっきと同じくらいのコインを赤の五番にベットする。
ルーレットが回った。
出た結果は、二人ともハズレの赤の三十番。
この場合二人の掛け金は通常ならここを取り仕切るはずのディーラーに全部回収される事になってるから、二人の掛け金は全てディーラー席側に避けられた。
つってもここはゴルドー所有のカジノだし、この金が最終的に行き着く先はゴルドーなんだけどな。
俺はゴルドーを見上げ、そうしてルーレットの盤面へ目を戻した。
ゴルドーが再び赤の五番にベットするのを見るともなしに見据えながら──俺は口を開く。
「あいつを殺したのは、サランディール王の使者だったんだな」
半ば断定的に言う……と、ゴルドーが一つ息を詰まらせたのが分かった。
その目がほんの僅かに見張られている。
「飛行船とその設計図を譲り渡すよう、サランディール王に言われてたんだろ?
けど、ダルクはそいつを拒否した。
怒ったサランディール王が、ダルクを殺す様に使者に指示して、それで……ダルクはあの地下道で死ぬ羽目になった。
あの地下道で起こった事も、何となくだが思い出したんだ。
ダルクが死んだあの日──あの秘密の地下道に、俺はダルクを追っていって……」
言いかけると、
「──やめろ」
ゴルドーが低い声で一言返してくる。
が、俺は聞く耳持たなかった。
「その俺の後を追って、あんたは来た。
死んだダルクから俺を引き剥がして、通路の角に隠れさせて……」
言いかけた、所で、
「〜やめろっつってんだろーが!!」
バンッとテーブルを両手で叩いて、ゴルドーが大きな声を上げる。
その顔は、今までに見た事がない程の激しい怒りと、何故か動揺が織り混ざっている様に見えた。
ゴルドーが荒く息をしながら俺を睨み据えてくる。
普段なら、目を逸らして逃げたくなるような恐ろしさだったが……俺は不思議と冷静に、そのゴルドーの顔を真っ直ぐ見返した。
ゴルドーは──その視線に押し負けた様にチッとガラ悪く舌打ちし、目を細めて盤面を睨み、ドッカと再び元の席に着く。
そうして何を思ったのか、ゴルドー所有のコインの全てを、さっき置いたコインの場所に──赤の五番に加えて置いた。
俺が思わず片眉を上げてゴルドーを見ると、ゴルドーはいう。
「てめぇがくだらねぇ事ばっか言いやがるから、興が冷めちまった。
……この一戦が終わったら店じまいにする。
それ以上の勝負はねぇ。
賭けるならサッサと賭けろ。
七千万ハーツくんだりで終わりにしたくねぇんならな」
突然、んな事を言い放ってくる。
俺は思わず「はあっ!?」と大きな声を上げた。
「なんだよ、それ!
いきなり次で終わりとか……」
「ああん!?
なんか文句あんのか!
ここじゃこの俺様がルールだ。
その俺様が次で店じまいと言ったらそれで最後だ!
グダグダ言ってんじゃねぇ!!」