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「さて、まずはどっから探しましょーかね?ダルちゃん?」
ギルドから出てすぐ、街の往来を軽く見渡して、俺は例の手配書を片手に、隣に並んだダルに声をかける。
ダルはそれに心底嫌そうな顔をして「その呼び方はやめろ」と一言返してくる。
そうして軽く息をついて視線を横に流した。
「まずは依頼主に会ってみないか?
探す前にその動物の事について少し話を聞いておいた方がいい気がする」
言ってくる。
ダルの流し目に丁度当てられたように、目の前を横切ったかわいい女の子二人組が、顔を赤くしてダルに見とれて通りすがってく。
俺だって……こんな姿じゃなきゃ……。
思いはするが、ま、言っててもしょーがねぇな。
俺は軽く息をついてダルの意見に賛成した。
「……ああ、まあそーだな。
あんなちっちぇえ羽根でも空とか飛べるってんなら探す範囲も大分変わるしなぁ……。
どーいう場所を好むのかとか、色々聞いとくと探すの楽だしな………っていうことが言いたいのよね、ダルちゃん」
にっこり笑顔で口調を軽く訂正して言う。
あぶねーあぶねー、ついいつもの男口調が出ちまったぜ。
幸い俺の言葉を聞き咎めたよーな人間はいなかったみてぇだが、気をつけねぇとな……。
と、俺のダルへ向けた“にっこり”に、偶然ダルの向こうを通りすがった男が、ほや~っとした目で俺の顔を見とれて行くのが見えた。
おいおい、俺はてめえに微笑んだんじゃないっての。
それはともかくだ。
依頼主は確か、見世物屋っつってたな。
ここからそう遠くはねぇ。
俺はダルに 行こうと合図して先を歩き始めた。
相変わらず、街を歩いていると、ただ歩いてるだけなのに男女問わず色んな人間がこっちを見てくる。
まあ、女の子はダルを、男共は俺をって言った方が正しいか。
俺は(女の子の視線はともかく)こう人に見られてっと女装の事がバレるんじゃねぇかとかなりヒヤヒヤしちまうが、そんな心配もねぇダルの方は至って平然としたもんだ。
当然といやぁ当然だが、そいつを抜きにしてもダルのやつ、妙に視線慣れした感じがあるんだよな……。
なんて考えながら歩いていると、すぐにお目当ての見世物屋が見つかった。
どれどれ、と見上げるまでもねぇ。
パッと見にもボロそうな木の掘っ立て小屋に、墨で書かれた『見世物屋』の木看板。
建物の位置的には市街地と旧市街のほぼ間って場所なんだが、雰囲気から言うと完璧に旧市街の建物だ。
──いや、もしかすっと旧市街の建物の中でも一番ボロい建物がこれなのかもしれねぇ。
奥行きがどんだけあるか正面からじゃよく分からねぇが、とりあえず横幅は狭い。
ダルが何の躊躇もなく見世物屋の戸をキィ、と開く。
「すまない。ギルドの依頼を請けた者だが──」
店の奥へ声をかけながらダルが中へ入っていくのに合わせて、俺もゆっくりとその後につく。
店の中は、少し意外だが外より傷んじゃいねぇ。
案外しっかりした木の床と壁。
奥にはつやつやした木製のカウンターがどっしりと陣取っている。
掃除も行き届いてるみてぇだ。
遠目に見ただけだがカウンターはきれいに磨きあげられてるみてぇだし、床にはワックスがかかってんのか妙にピカピカと輝いてる。
入った時は誰もいなかったカウンターだが、
「はいはいはい」
ダルの呼びかけに、カウンター奥の戸が開いて奥から一人の小男が出てきた。
50代くらいの背の低い男だ。
ダルがカウンターの小男に向かって言う。
「忙しい所すまない。
依頼の件で2、3確認したいことがあって来たんだが」
ダルの言葉の後に、後ろから俺がひょこり、店主の方へ顔を覗かせると、店主が『おお』という様に目を見張った。
こんなボロの見世物屋にこんな美人の女の子が来たんで驚いたらしい。
店主は はいはいと二回も頷いて言う。
「あなた方が私の依頼を!
いや~、しかしまさかこんなに若くて美しいお嬢さんがギルドの冒険者とは驚きですな。
実に素晴らしい!これからはもっと贔屓にさせてもらわなければなりませんなぁ」
俺の女装にすっかり騙された店主がでれでれしながら言う。
ダルは少し白けた目でそんな店主を見ていたが、俺は気にしないことにした。
にっこり笑顔で店主に言う。
「ありがとうございます。
それでは早速……」
言いながらカウンターの方へ近づこうとすると、店主がカウンターの内側で突然 ひょい、と一歩後ずさった。
「?」
俺はいぶかしんで店主を見た。
もう一歩俺が前に進むと、店主はさりげなくもう一歩後ろへ下がる。
もう後ろの壁にくっつかんばかりだ。
二度、目をしばたいて店主を見ると、店主がひきつった笑みで返した。
ま、このくらいの距離感がいいってんなら俺には全く異論はねぇ。
にっこり笑顔のまま先を口にした。
「手配書のあの子なんですけど、絵には小さな翼が描かれてましたよね。
あの翼で空を飛んだり出来るんでしょうか?
逃げ出した時の状況や、あの子が好みそうな場所や物なんかも教えて頂けると捜索に役立つと思うんです」
笑顔でにこにこ言いながらも、俺は軽く鼻がヒクつくのを感じていた。
何かしんねぇけど、このカウンターの付近に来たとたん、妙な臭いがしてきた。
便所と生ゴミを合わせたよーな、何とも言えねぇ嫌な臭いだ。
俺はさりげなく ツン、と鼻を静かにすすって、隣に並ぶダルを見る。
ダルの方もやっぱり臭うんだろう、眉をわずかに寄せて呼吸を忍んでんのが分かった。
俺は ちら、と店主を見る。
店主がひきつった笑みでまたわずかに後ずさった。
まさかこの店主から臭ってんのか?
俺が営業スマイルのまま問いかけた言葉に、店主が ああ、と気を取り直したように言う。
「──ああ、ええ。
実は餌やりの為に檻を少し開けた時に、ふいをつかれましてな。
そのまま外へ逃げて行ってしまったという次第で。
あやつは空は飛べません。
好むのは静かな狭い場所で、ミルクも好きです。
というより、ミルク以外のものに興味を示したことはありません。
あやつが逃げ出してもう一日半経ちます。
きっとひもじい思いをしていると思うのですが……」
俺は犬カバを憐れむように……と見せかけつつ、臭いを少しでも避けて考え事に集中する為に……自分の口元に手を当てながら考えた。
もし店主のいう通り、犬カバが静かで狭い場所に逃げようと思ったら、店を出て向かうのはどの方向か。
人通りが多くてガヤガヤしてる市街地よりは、人気のない廃虚同然の旧市街に向かうんじゃねぇか?
好物のミルクはねぇだろーが、狭い場所ならいくらでもあるはずだ。
そもそもあんな目立つピンク色の不思議な生物が市街地をうろついてたらそれだけで噂が立ってるはずだ。
ちらっとダルを見ると、こちらも同じ様な考えを持ったらしい。
店主へ向かって尋ねた。
「この一日半でその子を目撃したという話は街で一つも出なかったのか?」
ダルの言葉に店主が眉の端をポリポリ掻きながら「ええ、一つも」と弱った様に言ってくる。
俺は、さっきから漂う臭気に鼻が曲がりそうになりながらも口元から手を離し「大体のお話は分かりました」と告げた。
「ご協力ありがとうございます。
きっとすぐに犬カバちゃんを見つけてきますわ」
おまけでにこっと微笑んでやると…店主がとろけそうな表情で「よろしくお願いします」と返したのだった。