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素敵だの立派だの言われてすっかり気分を良くした俺は さぁ~て、とふかふかのソファーから立ち上がる。


「それじゃ、行くとしますかね」


言うと、マリーが両手に拳を作って胸の前にきゅっと持ってきて


「リッシュ様、ファイト!ですわ」


にこっと笑顔で応援してくれる。


俺もへらっと笑って「おう」と返してみせた。


シエナが半眼でこっちを見てくんのがどーにも居心地悪ぃが、今はもうそんなどこじゃないよな。


とにかく素早く簡潔に、滞りなく会議を終わらせてさっさと家に──いや、正確にはギルドの救護室に、だが──帰るだけだ。


俺はミーシャが言った『サプライズ』に思いを馳せながら、応接間を出て案内の若い執事っぽい男の後について歩き出したのだった──。



◆◆◆◆◆



執事に案内されるまま会議室の前まで来ると、俺はすっと静かに息を吸い込んだ。


さすがに犬カバまで入るのはマズイだろうと思ったが、部屋の扉を開けた執事は特に何も言わねぇし、犬カバ自身も俺の足元にさり気な~い感じでくっついてくる。


俺は先に入ったシエナの後について、こちらもさり気ない感じで会議室の中へ入る。


中に入った途端、大きな長方形のテーブルと、その前に並んだ椅子に座った人々の姿が見える。


容姿と雰囲気から見て、上座に座ってるのがトルスの外交官達、中座から下座にかけて座っているのがギルドの各支部のマスター達だろう。


シエナの後に続いた俺に、皆の冷た~い視線があちこちから突き刺さる。


……まぁ、そりゃそーか。


俺は別にギルドのマスターでもなけりゃ外交官でもねぇ。


ただの賞金首なんだからな。


本当ならこんな重要な会議に参加する道理もねぇハズの男だ。


皆の射る様な冷たい視線を浴びながらも、俺はそいつに全然気づかねぇフリをしたまま、案内された席に着く。


右隣にシエナが座る。


俺の席は、下座の中でも末端だった。


つっても、単にここへ来た順に上座側から埋まっちまって、最後に残った席がここだったってだけの事かもしれねぇが。


俺の足元に、犬カバが静かに鎮座する。


パタパタと揺れる尻尾が二回、俺の足を打った。


それから一分と経たず、部屋の中にある一人の人物が入ってきた。


中肉中背の、四十代くらいの男だ。


茶味がかった金髪に青い目。


目元に一条のシワがあるが、そのどっか温かみのあるしっかりとした青い目はついさっき会ったばかりのマリーにそっくりだ。


服装といい佇まいといい、ああ、こういう人が大統領なんだろうなって自然と思っちまう様な、威厳ある紳士な感じのおっさんだった。


間違いなく、マリーの父親──グラノス大統領だろう。


グラノス大統領が、上座のトップの席に着く。


と──不意に大統領と目が合った。


そいつは単なる偶然、だったんだろうが。


目が合った瞬間、つい一瞬前までの温かみのある青の目が、凍りつく様な一睨みに変わる。


そいつも、はっきりとこの俺を睨んだ……気がした。


だらだらと、一瞬で背中に汗をかく。


けど、次の瞬間には大統領は俺から完全に目を離し、元通りの温かみのある紳士的な目で席に着き、皆の顔を見渡した。


「遅れてしまい、申し訳ない。

今日は皆、忙しい中集まって頂き感謝する」


大統領が言うのに、皆がその顔に、声に注目する。


この人の声は──俺にはどうもうまく説明出来ねぇが、そういう力を持った声、語り口調だった。


「今日集まってもらったのは他でもない。

皆も聞き及びの通り、ギルドの南方支部近くで連続して起こった 山賊による人拐い事件、そしてこの人拐い事件に──ノワールの宰相が絡んでいる可能性が出てきた件について皆に情報提供と意見を頂きたい。

まずは、南方支部のシエナ殿から、事件の経緯について伺いたいのだが」


大統領の言葉に、その場にいる皆の視線がシエナに向く。


シエナが静かに立ち上がり、口を開いた。


街から少し離れた山道で、偶然にも人拐いの山賊共と出くわした事。


近くにいた俺と、冒険者ダルク、そしてシエナの三人で山賊を捕獲し、拐われていた女の子達を助け出した事。


その翌日の俺が拐われた出来事や、捕まったかしらが牢の中で殺された事、その犯人もまた自殺した事──。


さらには何故ノワールの宰相が関わっていそうだと判断されたのかまで、きちんと簡潔に、一切のムダなくシエナが語るのに──俺は何もする事がないんで ただ黙したまま欠伸を密かに噛み殺した。


この場にいる皆、たぶんシエナが話した内容はあらかじめ聞き知っているんだろう。


何の質問もなく、シエナの説明を当たり前の様に聞いている。


大統領だってこの話は知ってるハズだ。


なのにわざわざこうして経緯を語らせたのは、初めに同じ情報を、皆が正しく得る為だろう。


……つーかだぜ?


事件の概要は全部シエナがしてくれちまってるし、皆もこの内容を聞き知ってるってんなら──俺がここにいる意味、ほんとは全然ねぇんだよな。


それ言ったら『冒険者ダルク』だってそうなんだけどよ、もしあいつがこの場に来てたとしても、きっと何の役にも立たず、今の俺と同じ様にこーしてただじっと話を聞くだけだったろう。


まぁ、んな事が分かりきってたから、ここに入ってきた時 皆に冷てぇ目で見られたんだろーが。


考えながら──またどーにも込み上げてきたあくびを、俺は再び噛み殺す。


そうして目の前の机に置かれた冊子を見た。


何気なく手に取りパラっと中を覗いてみると、ここ一年のそれぞれの地域での行方不明者数をまとめたものがあった。


各支部ごとの行方不明者数の後に、広域ごとの行方不明者数が載っている。


トルスを東西南北、四分割にしてまとめたものだ。


西側地区行方不明者数12人。


俺らのいる南方支部を含めた南地区では、(今回拐われかけた子達を除いて)17人。


東地区32人。


そして、北側地区では40人を超える行方不明者が出てるらしい。


その中には若い男も混ざってるみてぇだが、四分の三以上は若い女の子たちみてぇだ。


もちろんこの中には自らの意志で家出したり、全く関係のねぇ他の事件に巻き込まれて行方不明になった、なんて子も混ざってるのかもしれねぇ。


しれねぇが、そいつにしても少し人数が多すぎる気がする。


それもノワールに近い地域の方が行方不明者が多いってのは──……。


一人、考え込みながら冊子を見つめていると、殺気混じりの強い視線が俺に向かっているのに気がついた。


──大統領だ。


俺がギクッとして大統領を見ると、大統領はそんな視線は全く送っていなかった様に静かにシエナの説明に耳を傾けているだけだった。


……なんだ……?


俺の勘違いか?


「……以上がこの南方支部で起こった事件とその捜査の全容です」


シエナが淡々と話を終える。


それに続ける様に声を上げたのは、俺の斜め向かいの席に座っていたギルドのマスターらしいハゲのおっさんだ。


「 我が西方支部でもここ最近で二件、立て続けにこれと似た事件が発生しとります。

犯人は山賊ではなく、街のゴロツキが寄り集まって出来たワル共ですが、仲買人は両ケースともやはり若い男で、こいつもとても人拐いの仲買をする様な男には見えん、ごくごく普通の者です。

拐われかけた女性達は皆無事でしたが、残念ながら仲買人の男は取り調べ前に獄中で舌を噛み切って自殺しました。

報告書には上げとりますが、もう一件も似たり寄ったりな事件です」


「東方支部でも同様の事件が多発しています。

幸いギルドの冒険者達の手によって仲買人や賊は押さえてありますが、仲買人達はしきりに自害しようとするばかりで、女性達をどこへやるつもりだったのか、首謀者は誰なのか、口を割ろうとはしません。

そして……ノワールとのつながりに関してもただ今調査中ですが、今の所何も掴めてはおりません」


そう言ったのは上座側に近い位置に座った40代も後半くらいの品の良さそうなオバさんだ。


こっちも話の内容からすると東方支部のギルドのマスターなんだろう。

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