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一年前──金を借りにゴルドーの元を訪れた時のあの建物。


ありゃあ ほんと趣味悪かったからなぁ。


とにかく金やら銀やらをふんだんに使って豪華なんだが、どーにも成金趣味なんだよ。


ほら、見たろ?


あの指いっぱいにじゃらりとついたでかい宝石付きの指輪。


あーゆー勢いで部屋とかも飾り付けるもんだからかなりゴテゴテして趣味が悪い。


思い出しただけで胸焼けしそうだ。


思わずぶるりと頭を横へ振る──と。


エントランスホールの階段上から、ある一人の女の子がゆったりと降りてくる。


茶味がかった、腰まで届く長い金髪に、青い瞳。


年は、俺やミーシャとそうは変わらなさそうだ。


薄いピンク色の、動きやすそうなドレスを着ている。


ちょっと気は強そうだが、中々可愛い子だ。


この子の顔には見覚えがあった。


山賊共に拐われかけた、女の子達の内の一人だ。


犬カバの屁の力も借りて、俺が直に助けた子だ。


そーいやあの時は彼女を慰めてただけだってのにミーシャのやつに『鼻の下が伸びてる』なんて言いがかり(……だと俺は思う)つけられたりしたっけ。


っつーか、この子がここにいるって事は、だ。


彼女が大統領の娘、なんじゃねぇか?


なんて考えを巡らせてると、


「リッシュ様」


俺の姿に気がついたらしい女の子が、パァッと顔を明るくして滑る様に階段を降りてくる。


その後に続いた女の子のお付きらしい若い侍女がそいつを呼び止めようとするが、全然間に合わねぇ。


目をぱちくりさせてるシエナと、そこに並んだ俺の前まで来ると、女の子が明るい表情のまま俺とシエナへ向けて言う。


「いらっしゃるのを、お待ちしておりました。

シエナ様、リッシュ様、それにわんちゃんも」


にこにこっと元気に快活に、女の子が言う。


そうして今は誰もいないエントランスをさっと見渡した。


「会議まではまだ時間があります。

リッシュ様は今はまだ賞金首でいらっしゃるので、ギルドのマスター達が集まっている会議室には、会議の始まる少し前に入られる方がよろしいかと思います。

こちらに待合室がございますのでひとまずこちらへお越しください」


女の子が折り目正しく言う。


俺とシエナ、それに犬カバは互いに軽く目顔だけで頷いた。


皆 同意、だ。


女の子が「ではこちらへ」と案内してくれるのに、シエナ、犬カバ、そして俺は大人しく静かに付き従う。


途中侍女の女の子と目が合ったんでへらっと笑い返してやると、侍女が顔を真っ赤にして自分の両頬に手をやる。


ほ~ら見ろ。


詐欺師みたいだの顔だけが取り柄の貴族のボンボンに見えるだの散々な評価だったが、やっぱりこの格好、ちゃんとキマってたんじゃねぇか。


エントランスホールの右手の階段を上がり、赤い絨毯の敷き詰められた二階の廊下をどんどん進む。


一つ、二つと折れ曲がった先に、その部屋はあった。


女の子付きの侍女(なんだろう、たぶん)が、立派な樫の木の扉を開き、俺らをその部屋へ招き入れてくれる。


部屋の中は──こいつも中々いい趣味の、ゆったりとした応接間だった。


暖炉があって、上質そうな木の素材のテーブルがある。


そのテーブルを挟んで向かい合わせに置いてあるのは、座り心地の良さそうな大きな二つのソファーだ。


大きなガラス窓にかけられた、赤地に金の刺繍糸で枠を取ったカーテンがいい感じにこの部屋のゴージャス感を際立たせている。


日当たりも良好。


たぶんだが、ここ、この官邸の応接間の中でも結構いい部屋の部類に入るんじゃねぇか?


俺と犬カバがお上りさんみてぇに部屋を見渡すのに、女の子がくすりと笑う。


侍女が部屋の扉を閉め、その脇に静かに控えた。


「どうぞ、お寛ぎください」


女の子がソファーを示して言ってくれたんで、俺とシエナはそのまま並んで席に着いた。


ちなみに犬カバはってぇと、俺の足元のすぐ横、ふわふわした絨毯に埋もれる様にのびのびと腰を下ろす。


女の子が俺らの向かいのソファーに掛ける。


いかにもいいトコのお嬢さんらしい、上品な掛け方だ。


女の子は、ここでようやく自己紹介をしてくれた。


「ご挨拶が遅れました。

私はマリーといいます。

マリー・グラノス。

グラノス大統領は私の父です。

先日は山賊達から皆さんに救って頂きまして、本当にありがとうございました」


ゆったりと優雅に女の子──マリーがお辞儀をするのに、シエナが首を横に振る。


「いいや、大した事はしてないよ。

それにしても、あんたが大統領の娘さんだったんだねぇ。

怪我はもういいのかい?」


「ええ、おかげさまで。

大した怪我でもございませんでしたから。

お気遣いありがとうございます」


マリーが顔を上げてにっこり笑って言う。


そういやあの時、マリーは山賊にかなり乱暴な扱いを受けてたっけ。


頬を叩かれたりしちまって、腫れてかなり痛そうだった。


まぁ、あれからもう二週間以上経ってるし、今見る感じももう何ともなさそうだ。


アザになったりしたらかわいそうだったが、ほんと良かったぜ。


マリーがにこやかに話を続ける。


「もうお聞き及びかもしれませんが、父が皆さんに御礼を申し上げたいと言っておりました。

会議の後にはなってしまうかと思いますが、少しだけお時間頂ければ幸いです」


マリーが言うのに、俺は『その話なんだけど……』と言おうと口を開きかけた。


……ところで、折り悪く侍女が「どうぞ、お紅茶でございます」と丁寧に断って、温かな湯気の上がる紅茶をそれぞれに出してくれる。


茶葉のいい香りがふんわりと香ってきた。


マリーが「わんちゃんにもミルクをお出しして」と侍女に指示を送る。


侍女がかしこまりましたと頭を下げて動き始めた。


マリーが、再びこちらへ顔を向け、ほんの少し首を傾げた。


「ところで気になっていたのですが、ダルク様は……?

もう少し後から来られる予定なのでしょうか」


「いや、ダルクは……ちょいと風邪をひいて寝込んじまってね。

今日の会議は申し訳ないが欠席させてもらう事になったんだよ。

私とこのリッシュがいれば、事件の顛末は十分話せるからね」


シエナが言うのに、マリーが柳眉を下げて「まぁ」と口元に手を当てた。


「そうでしたか。

お大事になさる様、お伝え下さいませ。

事件の日は、ダルク様にも本当に助けられましたから。

早く良くなられます様お祈りしておりますわ」


「ああ、伝えておくよ」


シエナが言う。


本気で心配してくれたらしいマリーにウソをつくってぇのはどうも心苦しいが、ミーシャの為を思えば仕方ねぇ。


俺は改めて、借金の肩代わりに関する話題を持ちかけようと口を開く。


「──ところで、俺の借金を大統領が肩代わりしてくれるって話だけどよ、」


言いかけるとマリーがきょとんとして俺を見つめる。


俺は続けた。


「あれ、断ろうと思ってるから。

そーいうつもりで助けた訳じゃねぇし、そんな事してもらう義理もねぇ。

借金したのは自分なんだからよ、自分の力でどうにかするから。

礼とかも、俺やダルクにゃ必要ないぜ。

そう、あんたから後で伝えといてくれよ。

大統領も忙しいだろーからさ」


言ってやる……と。


マリーが青い目を大きく開けてぱちくりと瞬きをした。


たぶん、完全に予想外の言葉だったんだろう。


ま、そりゃそーだよな。


こんなおいしい話を断るやつなんか、そうはいねぇだろうし。


なんて思ってると。


「~リッシュ様、ご立派です!」


マリーが目をキラキラと輝かせて、言ってくる。


「私、こんなに立派な思想を持たれた方に、初めてお会いしました!

素敵です!」


いや、思想って……。


この話、そこまでのモンでもねぇだろ。


思いはしたが。


こーまで褒められると悪い気はしねぇ。


「フッフフ……。そーかな?」


「そうですわ!」


マリーがキラキラした目もそのままに絶対の同意をしてきてくれる。


ただし、俺の隣に座ったシエナや足元にいる犬カバからは何とも言えねぇチクチクした視線を感じるが。


と、マリーが明るい表情から、少し気持ちを落とした様に「でも……」と言葉を続けた。


「うちの父は、頑固者ですから……。

私やリッシュ様の言葉に耳を傾けてくれるかどうか……」


う~ん、と頬に手を当て、マリーが言いかけた、ところで。


コンコン、と部屋の扉がノックされる。


「リッシュ様、シエナ様、そろそろ会議場へお越しください。

まもなく会議が始まります」


硬質な、男の声が言う。

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