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ジュードは重く、俺が全く予想すらしていなかった事を口にした。
「──ノワール国が、絡んでいる可能性が出てきた」
言ってくるのに、
「………ノワール国ぅ?」
俺は思わずいぶかむ様に声を上げる。
誰か、個人の名前が出てくると思いきや、まさかの国かよ?
思いつつ、俺は考える。
ノワール国っていやぁ、サランディールと同じ様にこのトルス共和国にとっては隣国に当たる。
俺のざっくりとした頭ん中の地図を引き出すと、トルス共和国は涙型の地形をしていて、その上端左がサランディール。
上端右がノワール国ってな図だ。
サランディールとノワールも国境を隔てた面があるって事では隣国同士に当たる。
そしてさらに細かく言やぁ、トルスは下方左右も国と隣接してるんで、言ってみりゃあ四方を違う国に取り囲まれてる訳だが……まぁ、そいつはこの際どーでもいいか。
とにもかくにもノワール国の話だ。
俺みてぇな政治やら国同士のあれこれに疎い人間でも、ノワールの悪名はそれなりに聞いている。
どんどん北へ向かってでかくなる国土は他国を侵略して奪い取ってきたもんだし、その侵略方法も残虐無道だ。
街に火をつけ毒を水路に流し、ノワール国に逆らおうが逆らうまいが、女も子供もなく街人を皆殺しにする。
治安は悪く、国も荒れてる。
国王にゃ『緋の王』なんて異名までついてるらしい。
血の緋。
焼かれる街の炎の緋。
顔も姿も見た事ねぇが、一生涯、会いたいとは思わねぇ部類の人間だ。
まぁ、それはそれとして。
そんな緋の王がいるノワール国が……一体どーゆー繋がりでこの一連の事件と関わってくるってんだ?
もしノワールって国自体が隣国で拐った女の子たちを買い取ってたなんて事だったら、大問題だぜ。
それこそギルドの冒険者達でどうにか出来るレベルの問題じゃねぇ。
国家レベルの、大犯罪じゃねぇか。
けど……わざわざそんな争いの種になるよーな事するかぁ?
山賊共の話や何かを聞いてた限りじゃ、拐ってたのは年頃の女の子ばかりみてぇだった。
俺の時だって、商品の顔に傷をつけたってだけで山賊の手下が三人も目の前で殺されたんだ。
つまりは顔が命の、何かやらしい目的の為に拐ったんだろうって事はまず間違いねぇ。
けど。
それってわざわざ隣国まで使者出してまでやる価値がある事かって言われると、疑問しかねぇ。
ノワールにだってかわいい女の子はフツーにいるだろう。
そういうかわいい子を買いたかっただけなら、自分の国でだって出来たはずだ。
つーかその方が確実に安全で、話も早いハズだろ。
それなのにそいつをしなかったって事は──何か分からねぇが、そいつに何かしらの理由があるんだろう。
とにもかくにも、俺はそもそもの疑問点から問う事にした。
「……ノワールが関わってるって、何で んな事が分かったんだよ?
まさか犯人の男の主人が、ノワールの『緋の王』だとでもいうのか?」
さすがにそれはねぇだろうと思いながらも問いかけた先で、ジュードが──心底嫌そうに眉を寄せた。
『緋の王』って言葉を聞いた途端だ。
まるで何かの因縁でもあるみてぇなその反応に、俺は思わず目を瞬く。
だが、ジュードはそいつには一切何も触れず「──いや、」と首を横に振って見せた。
「まだそこまでは分からない。
が、ほぼ確実に関わっているだろうと予想される人物はいる。
──ノワール国の、宰相だ」
ジュードが言ってくるのに……俺は思わず目が点になっちまった。
宰相。
よりにもよって、国のナンバー2じゃねぇかよ。
俺の何ともいえねぇマヌケ顔に気づいてるんだろう、ジュードが話を続けてくれる。
「──初めから説明する。
……頭殺しの犯人の滞在していた宿が、昨日ようやく見つかったんだ。
宿に置きっぱなしにされていたその男の所持品から、ノワールの通行手形が出てきた。
ギルド協会を通じて国境警備に確認したところ、男がノワールとトルスをしょっちゅう行き来していたという入出国記録があったそうだ。
それに──頭は手下達には女性達がどこへ売られるのかを一切話さなかったらしいが 一度だけ、こんな話を漏らした事があったそうだ。
『とある国の要人が』
『娘たちを高値で買い取ってくれるのだ』と。
ついでに言えば、宿のあった男の所持品からは紋章入りの短剣も見つかっている。
パッと見にはただの短剣だが、剣の柄を外すと刀身に紋章が刻まれていたらしい。
以前 頭がそれを手に取り、柄を外して何かを確かめる場面を、手下の幾人かが見ている。
恐らく、その剣と紋章が、男がノワールの要人の使者だという証になっていたのだろう」
「そして、その紋章が──ノワール国の宰相の家系のものと一致した……って訳か」
「──ああ。
その通りだ」
ジュードがまっすぐ俺を見据え、言ってくる。
──それにしても……宰相、か。
ったく、ノワールの宰相なんてどんな奴かもしらねぇが、ろくなもんじゃねぇな。
サランディールの宰相といいノワールの宰相といい、何でまぁ宰相って役柄を持つ人間には悪い奴が多いのかね。
俺が眉を寄せ顔をしかめると、ジュードも……同じ事を思ったのかどうか、目をすがめて鼻にシワを寄せた。
「つーかそもそもさ、その頭殺しの男ってなんか間が抜けてねぇか?
自殺までしてノワールとの関わりを消そうとした割にはノワールの通行手形は宿に置きっぱだし、剣だって……フツー念の為処分しとくくらい考えるだろ」
それに、だ。
「それにさ、それって宰相が個人的にした事なのか、それとも“国として”やった事なのかどうかも定かじゃねぇよな?
確かめるっつっても隣国のナンバー2の事だろ?
トルスのギルド協会だけじゃなんとも……」
「──ああ。
この話は、すでにギルド協会を通してトルスの大統領の方まで話が上がっている。
そしてこれは先方のスケジュール次第なんだが──」
言いかけて、ジュードが何ともいえない顔をする。
「近いうちに、また会議が開かれる事になった。
今度は各地のギルド協会のマスターと、トルスの外交官、それに──大統領ご自身も交えての会議になる」
言ってくるのに。
俺は思わず目を瞬いた。
大統領?
いきなり大物が出てくるじゃねぇか。
各地のギルド協会のマスターや、外交官やらが出てくるトコまでは理解できるが……いきなり大統領までお出ましとは思わなかったぜ。
まぁ……国家を跨いだ大犯罪だしな。
そんだけノワールを警戒してるってことか……と一人納得しかけたんだが。
「なんでもこの間お前が助けた、山賊に拐われた女性達の中に大統領の娘がいたそうだ。
お忍びでこの辺りを観光していた所を賊に拐われてしまっていたらしい。
相手がノワールだという事ももちろんだが、一歩間違えば自分の娘も同じ目に遭っていた事を考えると、何もせずにはいられないそうだ。
そこで──早期解決の為にも、その時その場にいたミーシャ様とリッシュ・カルト……お前に会議に出席してもらい、その場で直接事件のあらましを聞きたいと言っている。
娘を助けてくれた礼もしたい、とな」
言ってくるのに。
俺は思わず「へっ……?」と間抜けな声を上げた。
横で大人しく話を聞いていた犬カバも「クヒッ?」と驚きの声を上げる。
大統領が……ミーシャはともかくこの俺にまで、直接礼を言いてぇ、だって?
一億ハーツの賞金首になっている、この俺に?
つーか んなトコ この俺がのこのこ出てったら、一瞬で誰かにとっ捕まってお陀仏だぜ。
俺が戸惑いを隠せない中、ジュードは言う。
「──大統領がお前の借金も、肩代わりしてくれるという事だ。
それなら指名手配も取り消され、賞金稼ぎや冒険者達に狙われる理由もなかろうと、大統領の配慮でな」
さらりと、びっくりする様な事を言う。
大統領が……この俺やミーシャに礼をしたいってだけでも驚きなのに……なのに、俺の借金まで肩代わりしてくれるってのか?
それも、指名手配の事や俺の命の事まで配慮してくれて……?
いやいや、んなうまい話があるかよ。
俺が一人、ふるふると頭を振る……と、ジュードが、何とも憂いがちな声音で先を続けた。
「俺やシエナ殿も、お前が大統領の元に出て行くのはさすがにマズイだろうと話はしている。
──だが……」
言って、ジュードが言葉を途切れさせる。