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ぽたん、ぽたん、とどこか遠くから音が聞こえる。


気味の悪い、嫌な音だ。


俺は──まだガキの頃の俺は、力の強ぇ誰か(・・)に無理やりダルクから引き剥がされ、そのまま地下水路の隅に身を潜めさせられる。


声を上げられねぇ様に後ろから口に手をあてがわれて、動かねぇ様にがんじがらめにされた俺は、目だけで今はもう動かねぇダルクの方を見続ける。


カツ、カツ、と何者かの足音が、通路の向こうの方から聞こえてくる。


俺は、息も出来ずにその人物の足元を見ていた。


たぶん、男の足だろう。


剣を下向きに下げて、持っている。


その剣先からぽたん、ぽたんと赤黒い雫が垂れているのが、遠目にもハッキリと見えた。


──血だ。


男が現れるのと同時に冷たい空気が漂ってくる。


男の足が、壁に背をもたせかけたまま死んじまったダルクの前で止まった。


男が、ダルクの服の内側の胸ポケットから何かを奪い取る。


じゃらん、と銀の細い鎖が鳴らす音が地下道に響いた。


けぶる様な燭台の灯りが、その鎖の先についた青い宝石に当たって光を反射させる。


──あの(・・)青い石のついたペンダントだった。


男が凍りつく様な冷たい声で呟く。


「まさかこんなものを持っていたとは」


口に出すのも忌まわしいとばかりに言って──男が、ペンダントを持った手をそのまま下へ返す。


男の手の平からじゃらっと音を立ててペンダントが下に落ちた。


硬い石床に当たった瞬間、青い石の端が欠けて中空でキラリとその破片のいくつかが光を反射した。


落ちた青い石を、男がガッと踏みつけ、踏みにじる。


そうして──



◆◆◆◆◆


俺は はっとして目を覚ました。


額に脂汗が浮かんでいる。


だが、目を覚ましたはずなのに──目を開けたはずなのに、俺にはまったくそんな風には思えなかった。


どくどくする鼓動。


たぶん──夢の中での風景だったんだろう。


目が覚めたはずの俺の視覚を支配するのは、暗くて長い地下通路だ。


燭台の明かり。


死んだダルク。


そして──


俺は額に手をやりながら硬く目を閉じる。


男……?


ダルクの前に現れた、男の足、だ。


男の手からするりと落ちていく、青い石のついたダルクのペンダント。


それに───


ぽたん、ぽたんと耳につく、何か嫌な気持ちになる、音。


何だ、これ……。


こんな記憶、俺にはねぇ。


ねぇ……はずだ。


『悪い事は言わねぇ。

この事は忘れろ。全部忘れちまう方が、幸せになれる』


誰か(・・)が言う声が頭の中に響く。


これ……誰の声だ?


最近聞いた声の様な、気がするんだが。


俺は暗い地下道での出来事から、その声の持ち主の方に意識を傾ける。


その記憶の糸口を、どうにか掴めそうになった──ところで。


こんこんと部屋の戸がノックされる。


俺はハッとして思わず顔を上げた。


その瞬間に。


ポロリと簡単に、俺の記憶の断片がどこかへ行っちまう。


俺が目をぱちくりさせて身動きも出来ねぇ中で……俺の返事を待つまでもねぇ、一言「入るぞ」と前置いて、ジュードがサッと部屋の中に入ってくる。


その後ろから。


ガラガラガラガラガッシャーン、と沢山のシンバルでも打ち鳴らした様なド派手な音が響いてきた。


……どーやら鍋やら何やらを床に落としちまったらしい。


十中八九、ミーシャだ。


毎夕恒例の料理教室が始まったんだろう。


よく気がついてみると、部屋が大分暗い。


いつの間にか、本を読みながら寝ちまってたらしい。


ジュードが逃げる様に部屋の戸を閉めて、軽く小さな息をつく。


そうして部屋の灯りをつけた。


俺は一瞬、夢の中の燭台の明かりを思い出し、怯みかけた。


だが、すぐにホッとして息をつく。


部屋に備え付けられていたのは、電気だった。


今更ながらに、そんな事に気づく。


ジュードの顔が、俺の横でいつも通り丸まって寝ている犬カバと、続いて俺へ向く。


俺の方を見たとたん、軽く眉を寄せた。


「具合が悪いのか?

顔色が悪いぞ」


言ってくる。


俺は──何とも言えず、軽く頭を振った。


「……いや……大丈夫だ」


言うと……いつの間に目を覚ましたのか、犬カバがムックリ起き上がって俺の顔をまじまじと見据える。


「クヒ?」


と妙に優しい声音で問いかけてくる。


俺はそいつに苦笑いしてもう一度、「大丈夫だ」と答えた。


ジュードが眉を寄せたまま、どこか問う様な視線を投げながらもいつもの定位置──ベッド横の椅子に腰掛ける。


そうしてそのまま──黙り込んだ。


俺も、視線をそっちから外して口を閉ざす。


先に口を開いたのは、ジュードだった。


「そういえば、お前が寝ている時に執事殿が新しい本を持ってきてくれていたぞ」


本当に話そうと思った事は──別にあるのかもしれねぇ。


ただの直感だったが、なんでかそんな気がした。


それでも──俺はジュードの視線の先を追う様にサイドテーブルの上の本の山を見やる。


見てみりゃ確かに、昨日の夕方じーさんが置いてってくれた本はなく、代わりに同量程度の新しい本の山が置かれてある。


こっからざっと見た感じだから何とも言えねぇが、読みながら寝入っちまって未だに手元にあるこの本以外は総入れ替えされたんじゃねぇか?


考えつつも、俺は小さく首を傾げる。


つーか……何で俺が、サイドテーブルの上の本を全部ちゃんと読み切ったって分かったんだよ?


じーさんの有能さはもちろんよく知ってるが……だからって超能力者じゃあるまいし、んな事分かる訳ねぇと思うんだが。


なんて思ってると。


「クッヒ!」


犬カバが『俺が教えておいたぜ!』って言わんばかりに犬カバが元気に返事してくる。


その、誇らしげな顔を……まじまじとよ~く見てみると……。


口周りにプリンらしきもんがくっついてやがるのが、今更ながらにはっきりと目についた。


さては俺が寝てる間にま~たじーさんにプリンもらったな……。


まぁ、じーさんの事だからきっと俺の分も持ってくれてただろう。


犬カバに取られねぇ内に早めに食べちまうほうが良さそうだ。


今日の夕食後にでももらっとくとしようかな。


んな事を考えてたら、さっきまでの嫌な気分も昔の記憶(……いや、単なる夢、か?)も、いつの間にかどこかへ消え去っていた。


俺はほんのちょっとだけ笑っちまった。


犬カバのやつ、別に俺を和ませよーと思って口にプリンくっつけてた訳じゃねぇんだろうが、なんかちょっと和んじまったじゃねぇか。


俺は軽く笑ったままの顔で何の気なしにジュードの方へ視線をやる──と。


ふいにジュードの、憂い交じりの重い表情に気がついた。


溜息にもなり切らねぇ重い息を、押し殺す様にしてんのが傍目にも分かる。


目線は未だにサイドテーブルの上の本に向いたまま。


けど、そいつを見てるってよりは、どっか遠く──他へ思考を飛ばしてるよーな感じだ。


……何だぁ?


俺が思わず眉を寄せる中──ジュードはしばらくの間を置いて、口を開く。


「それから──山賊のかしら殺しの件だが、」


重い口を開いて、言ってくる。


……どうやらこっちが本題らしい。


ジュードのこの様子じゃあ あんまりいい話じゃねぇな。


密かに思う。


確か──かしらを殺した男は冒険者たちの手によって捕まったが、その場で服毒自殺しちまったんだよな。


冒険者たちの調べによると、その男は拐われた女の子たちを買いつける橋渡しをしていただけの人物で──その主人は今も誰にも咎められる事もなく、何食わぬ顔で生活している。


なんとも後味の悪ぃ話で終わってたが……


とうとうそいつの正体が分かったのか……?


考え、俺もちょっと真剣な顔でそいつに向かうと。


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