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あ~あ、まったく。


まぁすぐバレるだろうとは思ってたけど、まさかこんなに早くその時が来るとは思ってなかったぜ。


けど、バレちまったもんは仕方ねぇ。


俺は開き直ってヘイデンに問う。


「何で実際に見た訳じゃねぇのにいつもと違う本が差してあるなんて分かったんだよ?

執事のじーさんはちゃんと抜けた穴を別の本で埋めてくれてたんだろ?」


問うと「それくらいの事は、」とヘイデンがいかにも呆れた様な口調で言ってくる。


「手触りや本の厚みの差で分かる。

タイトルも、文字の部分が窪んだ物もあるだろう。

一冊一冊手に取らずとも、本棚に並んだ背表紙をザッと横へ指でなぞるだけでも、普段と違えば違和感に気づく」


そんくらいの事ちょっと考えりゃ分かんだろって言わんばかりだ。


ちぇっ、そりゃ、聞けばそういうもんかって思うかもしんねぇけどよ……フツー んな事、想像もつかねぇだろ。


俺はちょっとムッとしながらも、話を続けた。


「……つーかそもそもさ。

あんた目も見えねぇのに何で後生大事にこんなにたくさん本なんか持ってんだ?

普段誰かに読んでもらうとか?」


ただ何となく気になって聞いてみる。


本が読めねぇのにこんなもん大量に持ってたって仕方ねぇだろ?


俺のあやふやな記憶の中でも、ヘイデンが本を開いて読んでる姿なんて、当然の事ながら見た事はねぇ。


ついでに言やぁかわりに誰かに読んでもらってる様な光景だって見た事はねぇんだが……そうでもねぇ限り、ヘイデンが大量の本を持ってる理由は思い浮かばなかった。


ま、ヘイデンに んないい(ひと)がいるなんて聞いたこともねぇから、もし読んでくれるとしたら執事のじーさんくらいのもんか?


くくっ、何だかその光景、想像したら笑けてくるぜ。


俺が勝手にそんな想像をしてるなんて思いもしてねぇだろうヘイデンが、一つ息をついた。


そいつはいつもみてぇな呆れ混じりの溜息じゃなく……単に何の悪気もなくついちまった溜息で──俺は思わずいぶかしむ様な目をヘイデンへ向ける。


──と、ヘイデンが思ってもみなかった事を口にした。


「──私の家にある本のほとんどは、元々はダルクが所蔵していた物だ。

サランディールに関する本は別だが……その他のものは全て。

昔俺の目が見えていた頃の蔵書も、いくらかは残っているがな」


言ってくるのに……俺は思わずまじまじとヘイデンの顔を見た。


ヘイデンが昔は目が見えてたってぇのも初耳だし驚きなんだが……。


「──ダルクの、本……?

この、じーさんに持ってきてもらったのも……?」


戸惑いながら問うと……ヘイデンが「ああ」と一言返してくる。


「よく見れば見覚えのある物も、あるのではないか?」


逆に問われて、俺は改めてサイドテーブルの上に置かれた本の山を見る。


古びれ擦り切れ──けど、丁寧に扱われてたんだろう事が窺える本。


そのいくつかは──確かに目に馴染みのある様な、ない様なものもある……気もする。


ふと──俺はある家の、ある風景を思い出す。


そいつはボロけた狭い部屋だった。


たぶん、ダルクの部屋だろう。


紙くずや脱ぎ捨てられた服、本も床に山積みにされている。


……あの時の本は、そんなに丁寧に扱われてた訳じゃなかったはずだ。


今ここにある本がきちんと丁寧に扱われてる様に見えるのは──ヘイデンがダルクの家から引き取った後、長い間きれいに保管してくれてたから、なんだろう。


俺は何とも言えねぇ気持ちになりながらサイドテーブルの上の山積みの本を眺める。


そうしてるとふいに──俺の記憶の奥のある一幕が、まるで今実際に目で見てるかの様に目の前に映し出される。


床のあちこちに乱雑に山積みにされた本の山。


逆に本棚はスカスカで。


俺は──チビの俺は、まったくしょうがねぇなぁと思いながら片付けをし始める。


床の上の本を三冊拾い集めて 一冊、二冊とスカスカだった本棚に入れてやる。


そうして最後の一冊を入れようとして──それで──


──……あれ?


何かが頭の中に引っかかる。


なん……だったかな?


何か重要な事だった様な……。


俺が思わず目を閉じ、その“記憶”に頭を集中させようとした──ところで。


「──リッシュ、」


とヘイデンが、俺の名を呼ぶ。


俺は思わずパッと顔を上げ、ヘイデンの顔を見た。


ヘイデンの、何とも言えねぇ顔が、そこにはあった。


無論、俺の様子に気づいた訳じゃなかったんだろう、ヘイデンはヘイデンで何か別の事を考えている様な調子だ。


言おうかどうしようか──本当は言いたくはねぇが、っていう様な表情でヘイデンは俺に向かう。


「──お前がどう考えているのかは知らんが……私は、お前にはサランディールには極力関わって欲しくないと思っている。

ダルクも、生前はあの国と関わる事を避けていた。

あれほどたくさんの雑多な本を持っていたのにも関わらず、サランディールに関するものが一つもなかったというのがいい例だ。

お前にはダルクの様な事には、なってもらいたくはない。

だが………」


ヘイデンが珍しく言い淀む。


そうして深く息をついた。


「……ミーシャ殿といれば、そうはいかない事も、今後は出てくるだろう」


ヘイデンの言葉に、俺は思わず口を開きかけた。


だがその最初の言葉が声になる前に、ヘイデンが先を続けた。


「──もしその時が来たら……力になってやれ」


言ってくる。


てっきりミーシャとは関わるな的なことを言われるもんだと思っていた俺は──思わず目を瞬いてヘイデンを見た。


ヘイデンが眉を寄せながら……慣れない事を言う様に口を開く。


「どうせ関わるなと言っても聞かないだろう。

ダルクと同じで、昔からお前は頑固者だったからな。

分かっていながらただ止めても、意味はあるまい」


嘆息する様に言って……ヘイデンは「だが、」と前置いて先を続ける。


「──決して一人で全てを解決しようとするな。

ダルクは、一人でサランディールへ行き、一人で全てを解決させようとしてあんな事になった。

……人一人で解決出来る事には、限りがあるのだ。

お前もミーシャ殿も、そこをまだ分かっていない。

頼れる人間がいるのなら、きちんと頼れ。

一人でがむしゃらに行動を起こす前に、周りを見回せ。

それがひいては、お前が守りたい者を真に守る事につながるのだ」


ヘイデンが言うのに──俺は思わずヘイデンを真正面から見たまんま「あ、ああ……」とだけ返す。


ヘイデンの──こんな言葉は、珍しい。


普段なら……呆れた様に溜息をついて、言いたい事がある様な顔をして何も言わねぇか、そうでなきゃ嫌味ったらしく文句を言うくらいのもんだ。


ヘイデンがこほんと一つ咳払いをする。


慣れねぇ言葉を言ってるのに、自分でも気恥ずかしいんだろう。


「──私の家にある本なら、どれでも好きなだけ持って行くがいい。

家にない本は、私が揃えてやる。

……視力のない俺がお前やミーシャ殿にしてやれる事は限られているかもしれんが……それでも少なからず役立つ事もあるだろう」


言ってくるのに、俺は半ば気後れしつつも言う。


「あ、りがとう。

んな事言ってくれるなんて思わなかったからちょっと意外だったけどよ……。

……一応心配してくれてたんだな」


正直に思ったままを言うと、ヘイデンが途端に心外そうな顔をする。


「誰も彼も似た様な事を言うな」


独り言の様に愚痴て、ヘイデンが一つ息をつく。


と、俺の横から、


「クッヒー!」


自分を忘れてくれんなってばかり、犬カバが俺の横で立ち上がり、声を上げる。


俺は──思わずそいつに笑っちまった。


つってもすぐに「いてて」とあばらの辺りを抱える事になっちまったが。


ヘイデンが思わずといった調子で眉を寄せる中、俺は言う。


「分かったよ。

とりあえず、無茶はしねぇ。

昔ダルクが死んじまった時みたいに……シエナを泣かせたくはねぇしさ。

何かあったら、遠慮なく頼らせてもらうぜ、ヘイデン」


言うと……ヘイデンが一つ息をつく。


言うべき事を全て言って、肩の荷を降ろしたみてぇな感じだった。


何だか……本当に、心配させてたみてぇだ。


俺は……俺も一つ静かに息をついて背中に当てられたクッションに身を沈める。


とたん ぐぐぅ、と一つ、腹が鳴った。


「ところでさ、んな話の後で言うのもなんだけど、俺ほとんど飯食えてなくって腹ペコなんだ。

ちょっと悪ぃんだけど、サイドテーブルに置いてるスープの入った皿、取ってもらえねぇかな?」

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