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まぁじーさんに食わせてもらうくらいなら自分で食うけどな。
俺はひょこっと顔だけをずらしてジュードを避け、ミーシャの顔を見る。
と──ジュードがそいつに無言のまま半歩ずれて、その視線の先を塞いできた。
………まともに顔すら見させてくれねぇつもりらしい。
半ば半眼でジュードを睨みつつ、俺は仕方なしにそのままの状態でミーシャに問いかける。
「──会議、毎日の様にやってるよな。
今日はまた何か進展がありそうなのか?」
「………。
少しね。
今、ある事についてみんな調べてくれていて……情報を常に共有しておいた方がいいという話になったの。
だから毎日の様に会議を開いていて……。
確実な事が分かったら、リッシュにもちゃんと話すわ。
だからまずは、しっかり休んで体をちゃんと治してね」
ふんわりと優しい口調で言ってくる。
(顔が見られないのが残念だが)その声だけで何だか心があったかくなる。
けど……。
ほんの少し……ミーシャの声に元気がない様に感じるのは、俺の気のせいか?
俺の質問に答えるまでにもほんの少し間があったし……。
何か会議の事で、俺に隠してる事があるような……。
まぁ……ミーシャも確実な事が分かったら話してくれるってんだし、深追いはしねぇでおくか。
「──そっか。
ま、そっちも無理しねぇようにな」
言うと、
「……ありがとう」
ふわっと微笑む様な声が返ってくる。
ジュードのせいで顔が見れねぇのが本当に残念だ。
ミーシャが椅子から立ち上がるのが音で分かる。
その足元で、それまで丸まって待っていた犬カバがさっと起き上がった。
「──それじゃあ、もう行くわね。
もうちょっとしたらシエナさんも顔を覗きに来れると思うわ」
「……ああ」
……な~んだ、もう行っちまうのか。
ジュードが余計な邪魔するもんだから、ゆっくり話すどころか顔すらあんまり見られなかったってのに。
ジュードがミーシャが行こうとするのに合わせて自分も動こうとする──が。
「──大丈夫。
すぐ下だもの。
リッシュは大丈夫と言うかもしれないけれど、自分でお皿を持って食べるのはまだ辛いと思うわ。
シエナさんが来るまで食べさせてあげて」
ミーシャが言うのに、
「──しかし、」
「げっ、いいって!」
ジュードと俺で反論する。
ミーシャがくすっと笑った。
「お願い。
意地悪したりしないでちゃんとスープも冷ましてあげてね」
ミーシャが笑って言って部屋を出ていこうとする。
「~みっ……ミーシャ様!」
ジュードが慌てた様に皿をサイドテーブルに置き、ミーシャの後を追おうとする……が。
その前を犬カバが尻尾をフリフリついてってその邪魔をする。
いや、あいつはただ単にやっと朝食にありつけると思ってうきうきしてついてってるだけだが。
戸の前まで来て──ミーシャが俺の方を振り返った。
そうして──ちょっとだけはにかむ様に微笑む。
「──それじゃあ……リッシュ、また後でね」
その、優しい微笑みと言葉に。
俺は──こっちも何だか照れちまって、やっとの事で「おう」とだけ返した。
心臓がどきどきする。
──また後で、か。
これまでこいつをいい言葉だなんて思った事は一度もなかったが……こーやって聞くと、中々どうしていいもんだな。
何だかしみじみと幸せな気持ちに浸る俺の横で──ジュードがこの世の終わりくれぇな勢いでただ立ち尽くして打ちひしがれていた──。
◆◆◆◆◆
パタン、と後ろ手に戸を閉める。
ジュードは追って来ない。
おそらくミーシャの言った通りにリッシュに食事を与えてくれるか、それでなくとも補助をして食べ終えるまではそこにいてくれるだろう。
実を言うとそれが──ジュードがミーシャの側にいない状況を作る事が、目的でもあった。
ミーシャは静かに一つ息をついて──そうしてスッと顔を上げる。
それに、
「──クッヒ?」
下から犬カバが問いかける様に声をかけてくる。
ミーシャはそれにちょっとだけ微笑んで「何でもないの」と答え、テーブルの上に用意してあった犬カバ用のスープを床に置いてやる。
とたん、「きゅ~ん」と一声鳴いてパタパタッとしっぽを振り、犬カバが皿のスープに顔を突っ込んだ。
こきゅこきゅとすごい勢いでスープを飲み始めるのを見届けてから──ミーシャはそっとその場を離れる。
リビングから外に出ると──とたんに見張りで立っていた一人の冒険者が声をかけてきた。
「──おい、ダルくん。
ジュードはどうした、ジュードは」
『まさかリアちゃんと二人きりにしてんじゃねぇよなぁ?』という剣呑な言葉が聞こえるようだ。
ミーシャはそれに苦笑してみせた。
「ジュードなら犬カバにエサをやってくれているところだ。
リアの部屋に入ろうとすれば、犬カバが吠えるだろう」
さらりと嘘で返すと、冒険者がこちらの嘘にはまったく気がつく様子もなく安心した様に笑顔を見せてきた。
「お、おう。そうだよな……!」
と明るい声で返してくる。
「そっか~、そりゃそーだ」と安心した様に独り言を言う冒険者の脇を抜け、ミーシャはそのまま階下へ降りていく。
一度外に出て裏口からギルドの中へ入ると、そのまま鍵を閉めた。
そうしてそっと顔を上げると──そこには見知ったある人物の姿があった。
一人はシエナ。
そしてもう一人は──
「──ヘイデンさん。
わざわざお越し頂いて、ありがとうございます」
ミーシャは頭を深く下げて、その人物──ヘイデン・ハントへ向かう。
ヘイデンがギルドのカウンター席に座ったまま、ミーシャへ顔を向ける。
ギルドの中に、他の冒険者達はまだいない。
ギルドが開く時間よりかなり早い上に、シエナ自身が表のギルドの戸に鍵をかけているから、誰かが急に入ってくる心配もなかった。
ヘイデンの斜め正面──カウンターの内側にいつも通りに立っていたシエナがミーシャに声をかけてくる。
「リッシュはどうだった?
まだ怪我の具合、良くなさそうかねぇ?」
きっと気になっていたのだろう、心配する様な問いかけにミーシャは静かに微笑んでみせた。
「いいえ。
軽口も聞けるくらいには元気も出てきたようですし、昨日より少しはいいみたいです。
今はジュードが様子を見ていてくれています」
シエナの心配を払拭させる様に穏やかに言うとシエナが「そうかい」と少しだけほっとした様子で答えてくる。
そうして気を取り直した様に「とりあえずここへお掛けよ」と席を勧めてくれる。
ヘイデンが掛けているところから、一つ空けた席だった。
ミーシャが席についてから、シエナもカウンターの内側に置かれていた椅子を引いてきて、そこへ座る。
そうしてから「──それで、」と声をかけてきた。
「──私はともかく、このクソ意地の悪いヘイデンなんかにも話したい事って、一体なんだったんだい?」
シエナがミーシャに向けては優しい声で、一方『クソ意地の悪いヘイデンなんか』のところではヘイデンの顔を怒り交じりに見やりながら問う。
ヘイデンが表面上は淡々と──ただし、シエナの言葉に多少の不満はあるのだろう、口の端を引き結ぶ。
ミーシャは膝の上できゅっと小さく手を握って、そんなシエナとヘイデンに向かった。
「──私──」
言いかけて、言葉が止まる。
どこから話していいのか──前もって考えていた事だというのに、この二人を前にしていざ言葉に出そうとすると急に気持ちが小さくなる。
特にヘイデンとは、リッシュの元を去ろうとしたあの日以来初めて会う事になったのだから、なおさらだった。
本当ならこうして相対するのでさえ気後れしてしまう所だし、その上ギルドまでわざわざ呼び出すなんて……普段であれば申し訳なさすぎてとても出来ない。
何故リッシュの元を去ったはずのミーシャが未だにこんな所にいるのか。
この間の話を聞いていなかったのか。
どの顔を下げてこの私をわざわざ呼びたてたのか。
眉をひそめられ、厭われても仕方がないくらいだ。
言葉に詰まったミーシャに、シエナがどこか心配する様な優しい目でミーシャの顔を見つめる。
ミーシャはそっと一つ息をついて、ようやくの事で口を開いた。