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んな事を考えながら、俺が何にも言わずジュードを見やる中──ジュードがその視線を避ける様に一つ咳払いをして、全く違う話題を振ってきた。
「──そういえば先日の山賊共の件だが──」
言ってくるのに──。
俺はつい一瞬前までの疑問も忘れて おっ、と思わず聞き体制に入る。
ジュードの心情なんかより、そっちの方がよっぽど気になるぜ。
山賊共の話は──とりわけ山賊の頭殺害事件については、今のところ調査中だって事しか聞いちゃいねぇ。
ギルドの冒険者達が毎日の様に情報を寄せ合って会議してんのは下の階からの音で伝わってくるが、はっきり声が聞き取れる訳でもなし、シエナやミーシャ、それにジュードも今までは俺に話そうともしていなかった。
気になっちゃあいたんだが……とうとう何か進展があったのか。
考え、ジュードの言葉を待つ。
ジュードは続けた。
「──頭を殺害した犯人が見つかった。
残念ながらその場で自ら毒を飲んで自害したらしいがな」
ジュードが淡々と言ってくる。
「──へ?」
思わず──目をぱちくりさせて、ジュードに問う。
予想外の、言葉だった。
頭が殺されたって聞いた時もかなり予想外ではあったし、嫌な気分にもなったが……その頭を殺した犯人までが、まさか死んじまう事になるなんてよ。
聞けば犯人は、若い男だったらしい。
どこにでもいそうな平凡そうな男で、とても厳戒体制の牢に忍び込み、山賊の頭なんて大それた人物を殺しそうな人間には見えなかったそうだ。
年は25だったっていうから、俺より八つ上くらいか。
俺は……何となく嫌な気分になりながらジュードの話を聞く。
「──山賊共からの調書で、男は拐われた女性達を買いつける橋渡しをしていた人物だったという事が分かった。
つまり使者だな。
山賊共から女性たちを受け取り、それを主人の元まで届ける役回りだ。
山賊共は、その男の事は知っていたが、彼の主人がどこの誰で、どういう人物なのかは知らなかったらしい。
知っていたのは頭ただ一人だ」
「つまり、口封じの為に頭を殺したまでは良かったが、ギルドの冒険者達に追われて自分も命を絶つ事になった……って訳か」
それで得をするのは男じゃなく──そいつを使ってた“主人”ってな訳だ。
何だかやるせねぇ話だぜ。
「無論、冒険者達もそこで終わらせるつもりはない。
“主人”の身元まできっちり上げて、これまでに拐われただろう女性達も出来得る限り救っていくつもりだ」
ジュードが言ってくるのに、俺は そっか、と頷いてみせた。
ま、冒険者達が総出でその辺動いてくれるってんだ、きっと今回の頭殺しの犯人がすぐに捕まった(って言えんのか分からねぇが)様に、その指示を出した主人の事も、すぐに割り出せるだろう。
そうすりゃ街もギルドも大分落ち着くだろうぜ。
まぁ俺はこんな状態だし、何も出来る事もねぇけどさ。
何だかすんげぇ大事になっちまったよなぁ。
しみじみ思っていると、ジュードは──ほんの少し何故か物憂げに表情を濁しながら話を続けた。
「──またお前が起き上がれる様になってからの話になるが……お前も、会議に参加してもらう事になると思う。
無論、『リア』としてだが」
「あ?別に全然構わねぇぜ。
つーか何でわりと当事者な俺の耳にこの話題がこれまで届かなかったのか不思議なくれぇなんだけど」
言ってやる。
ミーシャもシエナもジュードも、普段ならそれなりにちゃんと毎回状況説明してくれそうだってのによ。
俺の言葉にジュードが苦笑する。
「──マスターもミーシャ様も、お前に話すのは早急だと思ったのだろう。
事件の全てが解決してから顛末を話すので十分だ、と。
それに──冒険者達の意見もある。
リアに余計な心労をかけたくない、とな」
言った表情の苦笑い度に、“冒険者達の意見”の様相が見える。
特に男共の意見が強いんだろう。
まぁ……何となく想像はつく。
「けど、じゃあ何でお前は俺に んな話をしてくれたんだよ?」
問うとジュードが苦笑いのまま返してくる。
「皆が考えるほど、お前はやわではないだろう」
俺のガキの頃を知っていて、ついついガキ扱いしがちなシエナに、心配性のミーシャ。
俺をか弱い女の子と思ってる冒険者達。
けどまぁ、実際はジュードの言う通りだ。
俺だって一人であちこち放浪してた時期もあったし、その間にはヤベェ事態に陥った事も多々あった。
指名手配にされてラビーン達に命を狙われたりなんてのは全然序の口だ。
そんでもどーにかこうして無事にいる。
自分自身がやわだなんて全然思わねぇ。
ジュードがこーしてちゃんと重要な情報を届けてくれんのは素直にありがたかった。
俺はふぅ、と一息ついて「……サンキューな」とだけ返した。
ジュードが次の言葉を返す間もなく──ザッ、とやけにいい音で、隣のリビングから音が聞こえる。
続けて、
「みっ……ミーシャ……。
たっ、頼むから包丁はしっかり握って使っておくれ……。
あっ……足に刺さったりしたら、危ないから……」
シエナが、珍しく言葉をつかえながら……動揺しまくりの裏返った声で言う。
「ご……ごめんなさい………」
ミーシャのいつも通りのセリフも声色が真っ青だ。
俺の頭の中に、見てもいねぇのにシエナかミーシャ、どちらかの足のすぐ横の床にぶっ刺さった、包丁が見えた気がした。
たぶん……当たらずとも遠からず、だろう。
隣の犬カバはぶるんっと一つ震えて丸くなり、ジュードは──こちらも顔色を悪くしている。
………前も思ったが、本当にミーシャのやつ、料理禁止令でも出した方がいいんじゃねぇか?
ミーシャ自身の為だけじゃなくって、シエナとジュードの胃腸と健康の為にもさ。
そんな事を考えながら、俺は思わず静かに目を閉じたのだった。
◆◆◆◆◆
俺は──難しい顔のまま目を閉じ、静かに息をつく。
夜も未明、ベッドの上で仰向けに寝そべったまま、執事のじーさんが持ってきてくれた本──サランディールの内乱についての本を読んでたんだが……。
どーにも後味が悪い。
元々俺が知ってた話とも、若干違っていた。
“突然の反逆者による内乱で、王族は皆殺し”。
“今はその反逆者が政権をのさばってる”。
そういう噂だったが、本によると皆殺しってのはどうやら間違いらしい。
ミーシャの実の親父とお袋さん──王と王妃。
ミーシャの二人いる兄貴の一人、第二王子レイジス。
そして、三兄妹の一番下だった、王女ミーシャ。
内乱で死んだのはこの四人。
王族で唯一死が確認されてねぇのはアルフォンソってぇミーシャの一番上の兄貴だけだ。
そのアルフォンソは、死こそ確認されてねぇが、行方不明らしい。
まぁ、本を書いたやつの予想によると、アルフォンソは一人どこかへ無事逃れて、今は王権を取り戻す為の策を講じているんだろう……って事だった。
まるで今のミーシャみてぇだ。
まぁ……ミーシャの方は、まだ王位を取り戻したいかどうか──自分でもよく分からねぇみてぇな事を言ってたが。
もしこのアルフォンソ王子ってのが生きていたら、それこそ追っ手から隠れつつ王権を取り戻す為の策を講じているってのも、ある話かもしれねぇ。
そしたらミーシャは──やっぱり兄貴に力を貸すだろう。
もちろん、元・サランディールの騎士だったっていうジュードもそうだ。
けど……今のこの本だけの情報じゃ、確かな事は何も言えねぇな。
そもそも行方不明とかって言って、ミーシャの兄貴がどこかで死んでるって可能性も、ある訳だしな。
もし仮に生きてたとしてもだぜ、アルフォンソだってミーシャが生きてるなんて思いもしてねぇだろうから、俺らと全く関わりない所で一人で全部やってのけちまうかもしれねぇ。
本によればアルフォンソは文武両道で多才、その上かなりのイケメンだったらしいからな。
いや、イケメンは関係ねぇけど。
つまり、そーゆー事が出来そうな人物だったってこった。
ま、今俺があれこれ考えてたってしょうがねぇ。