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俺は──未だぶうたれてベッドに仰向けに寝そべったまま、まんじりとも出来ずにいた。


シエナのやつに引っ叩かれた頬がまだじんじんする。


あれからミーシャが大まかな事情をシエナに説明して──もちろん好き云々ってな話は省略だ──よーやく俺への嫌疑は晴れた。


シエナは死ぬほど謝ってくれたが……。


けどよ……。


俺の言い分も聞かずに問答無用で引っ叩くなんてよ……ちょっとひどすぎじゃねぇか?


どんだけ信用ねぇんだよ、俺。


思いつつ、じんじん痛む頬に思わず顔をしかめる。


鏡を見た訳じゃねぇが、どーやら頬にはシエナの手形がくっきりと赤くついちまってるらしい。


あの後何気ない風に戻ってきた犬カバや、しばらくしてから往診にやって来たいつものじーさん医師には「こりゃ またすごい!傑作だ!」とか「クッヒヒッヒッ!」とか何とか言われて大爆笑されちまったしよ。


……最悪だぜ。


その上、だ。


ベッドに倒れた時にうっかり体を捻っちまった為に、せっかく良くなりかけてたあばらの痛みはまた数日前と同じくらいに悪化しちまった。


ただでさえ犬カバサポートがなくちゃ起き上がれなかったってのに、今じゃまたそれ以下だ。


誰か……人間の力を借りねぇ限りは、自力で起き上がる事すら出来そうになかった。


……まあ、けどよ。


シエナはもちろん、ミーシャにまで、


「リッシュ、ごめんね。私が紛らわしく泣いたりしたから……」


な~んて申し訳なさそうに謝られちゃ、許さねぇ訳にはいかねぇだろ?


ミーシャが悪いんでもねぇし、シエナだって……訳も聞かずにってのはいただけねぇが、ミーシャが泣かされたと思ってやっちまった事だしよ。


さて当のミーシャとシエナはというと、今はもう下の階に降りて、例の山賊共の事についての会議中だ。


リビングの外側から冒険者に呼ばれた時も、どーにもここを離れがたそうにしていたが、こっちは平気だってって言って送り出してやった。


だからここには今、一番残ってなくていいやつ──犬カバだけがいつもの定位置(俺の顔の横)に陣取って丸まっている。


たま~に思い出した様に起き上がっては俺の顔を見て笑い転げるのがムカついてしょうがねぇ。


夜にはたぶん、避難しに来るジュードにも笑われるだろう。


あ~あ。


このイケメンが、まさか自慢の顔を見て笑われる日が来るとはな。


あばらが痛まねぇ様にそっと息をつく。


けど──そうしながら。


俺は不意に、さっきミーシャに言われたばかりの言葉を思い出す。


『──私、あなたの事が好き。

離れたくても、離れられないくらい──好き、みたい』


その一言を思い出すだけで、その顔を思い出すだけで『まぁ、ちょっと笑われるくらいなんて事ねぇか』な~んて思っちまってる自分がいた。


そうして上機嫌のまま へへへ、と笑っていると、犬カバが怪訝そうに俺を見てくる。


俺は構わずその頭を わしゃわしゃとなで回してやった。


犬カバにゃあこの気持ち、分かんねぇだろうなぁ!


俺がそんな事を考えながら一人機嫌良くいる──と。


コンコン、と部屋の戸がノックされた。


ミーシャやシエナ、ジュードのノックの音じゃねぇ。


このノックの音は──へイデンとこの執事のじーさんだ。


その事に気づいたんだか気づいてないんだか、スックと犬カバがその場で立ち上がり、大急ぎで部屋の戸の前まで駆けていく。


そーして戸の前まで辿り着くと、しゃんと座って戸が開くのを待った。


まるで忠犬の様な立派な出迎え体勢に、俺は思わず片眉を上げつつも、


「どーぞ」


戸の外側に向かって声をかけてやる。


と──失礼します、と丁寧に言い置いて──部屋の戸が開いた。


入ってきたのは俺の予想通り、ヘイデンとこの執事のじーさんだった。


片手に小さなケーキ箱を下げてる。


ロイが働くカフェのロゴが、ケーキ箱に印刷されていた。


~おっ、俺への手土産ってか?


気分良く思いながらうきうきとじーさんを見てると、こっちもやけにうれしそうに、犬カバがじーさんの足元できゅんきゅん鳴き出す。


何だか知らねぇが、やたらに愛想振り撒いてやがる。


おいおい、その土産は俺へのお見舞いだぞ。


てめぇの分はねえっての。


犬カバのお愛想に、じーさんがそっと微笑み返した。


そのままじーさんが歩き始めるのに合わせて、犬カバもその邪魔にならねぇ様にじーさんの横に付き従う。


傍目に見りゃあ、よ~く手懐けた犬そのものだ。


俺はそいつをこっそり半眼で見やりながらもじーさんが俺のベッドの横まで来るのを待った。


じーさんがベッド横まで来るのに……今更ながらに、頬の赤い手形を笑われちまうんじゃねぇかと思ったが──んな事は一切なかった。


俺のこの状況を元々知ってたみてぇに……むしろ心配する様に俺を見つめる。


「リッシュくん、お加減はいかがですか?

……少し悪化したと伺いましたが……」


問いかけてくる。


それだけで、ピーンときた。


さてはシエナか、今日往診に来たばっかのじーさん医師辺りが、大体の話をしちまったんだろう。


今のこの俺の体調悪化を知ってるやつなんか限られてんだからな。


まあ、一番可能性が高いのは、俺を引っ叩いた張本人であるシエナより、あのおしゃべりなじーさん医師だ。


きっと ひいこら笑いながら執事のじーさんに知り得る情報を全部しゃべっちまったに違いねぇ。


うんざりしながら思いつつ、俺はただじーさんの問いにそっと──あばらに響かねぇ程度に──小さく肩をすくめて首を横へ振った。


まぁ見たまんま、動けもしねぇよって意味だったが、じーさんにはそれだけで通じたらしい。


そこまで大仰には出さねぇが、気の毒そうな顔をしてこちらも小さく頷き返してきた。


そいつを情けなく思いながら眺めやって──俺は不意に、ある人物の顔を思い浮かべる。


たぶん、屋敷に帰ったじーさんがまず最初に報告を上げるだろう人物。


あの閉じられた双眼に、眉間にシワを寄せる姿。


呆れた様な溜息をついて嫌みを言ってくる姿まで、くっきりと目に浮かぶ。


そもそもあいつがミーシャにあんな話をしなけりゃ、ミーシャがあそこまで思い悩む事もなかったし、シエナがミーシャの泣き顔を見る事もなく、俺も引っ叩かれずに済んでたはず……なんだ。


……たぶんな。


俺は──んな事を考えつつ、思わずじーさんに嘆願した。


「~俺のこの状況、ヘイデンのやつには……」


そこまで言いかけただけだったが、その先の言葉を汲んでくれたじーさんが、こくりと一つ頷いた。


その顔が苦笑している。


「──私の口からは申し上げずにおきましょう」


さすがはじーさん、物分かりがいいぜ。


俺はその返答に半ばほっとしながらベッドに深く沈み込んだ。


まるでバレちまったいたずらの事を、言わないでくれ!って言ってるガキみてぇだとは思うが……まぁ気にしねぇことにする。


ミーシャを泣かせたって勘違いしたシエナに引っ叩かれて、頬には真っ赤な手形つきで。


倒れた拍子にま~た治りかけたあばらを悪くした……なんて知れたら、恥だからな。


俺の様子にだろう、じーさんが微苦笑しながらも、ところで、と明るい話題を振ってくれる。


「今日は街で流行りのカフェでプリンを買って来ましたよ。

食べられそうですか?」


穏やかに問いかけてくる。


俺は──その言葉に、さっきまでの嫌~な気分も忘れ、思わずパッと顔をほころばせた。


~プリンか!


そーいやこの所全然食ってなかったな。


昔は──それこそガキの頃なんかにゃ、ちょくちょく食べたりした記憶がある。


俺的にはわりと好物な部類だ。


「サンキュー!食うよ、食う!」


頬も痛てぇしあばらもズキズキ痛むが、プリンならちょっとがんばって起き上がれりゃあ、難なく食えそうだ。


たぶんじーさんも分かっててプリンをチョイスしたんだろう。


じーさんが俺の反応にだろう、穏やかに微笑んで頷いた。


じーさんに手伝ってもらって どーにかこーにかベッドの上で起き上がり、背にはクッションをあてがわれて──俺はようやくプリンが盛られた小さな皿を受け取る。


そーしてスプーンでその端っこをちょっとすくってみた。


すくったそばから上にかかっているカラメルが下へじわじわと下っていく。


見た目からしてうまそうだ。


俺はうきうきしながらプリンをすくったスプーンを口に入れる。


──とたん。


口に入れたプリンが、噛んでもいねぇのにすぅっと雪みてぇに溶けて消えていった。


さっぱりしてて甘すぎず、味わい深い絶妙なバランスだ。


~くぅ~っ!


うっめぇなぁ!


評論家みてぇな上手い事は言えねぇが、とにかく うめぇ!


ロイのやつ、いい仕事するじゃねぇか。


一口目を満足いくまで噛みしめていると、ふいに(いつの間にかまたベッドの上に上がっていた)犬カバの視線に気がついた。


羨ましそーにじーっと俺の手元を──正確にはプリンを──見ている。


……こいつはやらねぇぞ?


思わずスッとプリンを持った手を犬カバから遠ざける中、執事のじーさんが穏やかに微笑んだ。


「犬カバくんには後でワンちゃん用に作っていただいたプリンをご馳走しましょう」


言ってくれる。


それに、犬カバの尻尾がテンション高めにパタパタと動いた。


「クッヒー!」とうれしそうに執事のじーさんに返事する。




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