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「私──ここにいます。

何かあったら、仰ってください」


リッシュの顔を、まともに見れそうな気がしない。


看病という点に置いても、執事がいれば何一つ困る事もないはずだ。


執事が何かを問いたげにこちらを見る──が。


ミーシャはそれ以上何も言わずにパタンと戸を閉めた。


──おかしく思ったかしら……?


閉めたばかりの戸から手をそろそろと離し、しばらく戸を見つめる。


そうして何もすることがないのに気がついて、ようやくその場から離れる。


リビングの椅子に座り、テーブルに両腕を乗せてその上に頭を置いた。


とたん、どっと疲れが押し寄せてくる。


今日は、大変な一日だったもの……。


リッシュは山賊に浚われてしまって大怪我を負わされて。


リッシュの行方を探す途中でジュードに出会って──。


そういえばジュードは、何故この街にいたのだろう?


聞く暇もなくてそのままだが、後から色々な事を聞いておかなければ……。


それに──


リッシュの言った言葉が、まだ頭の中に残っている。


『───俺──お前の事が──』


リッシュの言葉が、意識の中に溶けていく。


──ミーシャはいつのまにか、そのまま眠りに落ちてしまったのだった──。



◆◆◆◆◆



「ん……」


そっと頭の位置をずらし、言葉にもなっていない声を上げる。


浅い眠りだという事は、寝ているミーシャにもよく分かっていた。


真っ暗闇の中、どこからともなく様々な声が響いてくる。


『私は関わって欲しくないと思っている──』


『──あんた、本当にそれでいいのかい?』


『──お前がどこの誰でも──誰が何を言っても──』


『俺は──お前と一緒にいたい」


『私──私も──……』


思わずハッとして、ミーシャは目を覚ます。


そのまま体を起こすと、肩にかけられていたタオルケットがさらっと音を立ててずり落ちた。


それを無意識に押さえた──所で。


「──お目覚めでございますか?」


不意に声をかけられ──ミーシャは目をしばたきながら声の主の方へ顔を向ける。


そこにいたのは、言わずもがな、ヘイデンの執事だ。


ミーシャはもう一つ目をしばたいて見せた。


そうして状況を把握して、徐々に顔が赤くなる。


テーブルに伏したまま、いつの間にか寝てしまっていたなんて。


「──私……寝てしまって……。

リッシュは?」


気を紛らわす様に問いかけると、執事が微笑で返してきた。


「問題はありません。

熱は変わらずですがね。

少し目を覚ました時に処方薬の解熱剤を飲ませて──今はまた眠っています」


「──そうですか……」


眠っている、という言葉にほんの少しほっとしながら返した先で、執事が静かに頷いた。


「ミーシャさんも、お疲れになられたでしょう。

カモミールティーでもいかがですか?

心が落ち着きますよ」


「──ありがとう。

いただきます」


執事の心遣いに感謝しながら言うと、執事が何も言わず、用意をしてくれる。


少しの時間も経たない内に、 ミーシャの前に温かな湯気の立つお茶が置かれた。


執事がミーシャの斜め半歩後ろに立つ。


城では当たり前の事で何の違和感も持たなかったのだろうが──ミーシャは「あ、あの、」とくるりと半身を執事の方へ向け、言う。


「執事さんもお疲れでしょう?

良かったら──ご一緒にお茶をしませんか?」


問いかける。


執事が小首をゆったりと傾けてミーシャに「よろしいのでしょうか?」と聞いてくる。


ミーシャは「ええ、もちろん」と頷いて見せた。


「──では、お言葉に甘えましょう」


執事が柔らかく微笑んで見せる。


そうして自分の分のお茶を改めて淹れ、ミーシャの前の席についた。


ミーシャはほっとして執事の淹れてくれたお茶を飲む。


爽やかな香りが鼻を抜けてゆく。


執事の言葉ではないが、本当に心が落ち着く様だ。


執事が、ミーシャの様子にだろうか、微笑を浮かべてこちらも静かにお茶を飲む。


静かで、落ち着いた空間だった。


下の階からくぐもる様な幾人もの声がするが、その内容までは分からない。


それが、ミーシャにとっては救いでもあった。


と──少しの間を置いて、執事がそっと手にしたカップをソーサーに置き、両手を下に下ろして口を開く。


「──ミーシャさん。

先日は我が主、ヘイデン様が大変失礼な事を申しました様で……申し訳ありませんでした」


言ってくる。


ミーシャが思わず「えっ?」と聞き返す中、執事は言う。


「詳しい内容は存じ上げませんが、あの方にリッシュくんの事で何かを言われたのでしょう。

関わるな、とかなんとか。

だから昨日、リッシュくんの前から姿を消そうとした。

──違いますか?」


穏やかに、けれどズバリと言い当てて、執事がミーシャを見つめる。


ミーシャは我知らず視線を斜め下へやった。


それだけで、執事は得心したらしい。


静かに二度頷いて、言う。


「昨日の夜中、シエナ様からお怒りの電話を頂きました。

聞き耳を立てる気はなかったのですが、電話からお声が漏れておりまして。

ヘイデン様も悪気はないのでございましょうが……」


言いながら、一つ嘆息する。


「リッシュくんの事が心配だったのでしょう。

けれどそれがあなたにひどい言葉を放っていい理由にはなりません。

主人の非礼を、代わってお詫び申し上げます。

──申し訳ございません」


深く頭を下げた執事に、ミーシャは慌てて「そんなこと……」と言い募る。


「非礼だなんて、そんな風には思っていません。

そんなにひどい言葉をかけられた訳でもありませんし……。

謝らなければならないのはむしろ……私の方だわ」


俯き、言葉にする。


何だか心が痛む。


見たことも、会ったこともないダルクの事を思えば尚更だった。


「何度も──リッシュの元を去ろうって、思って……。

その方がリッシュの為にいい事だと分かっているのに……それでも私はまだここにこうしている。

今だって……」


きゅっと膝の上に落とした両手の平を握る。


気づけばまた、もう少しだけ、と考えている自分がいる。


ミーシャは吐息を吐く様に、改めて口を開いた。


「……だけどギルドでの山賊の件があらかた片付いたら、ここを出ます。

頭を始め、山賊は皆捕まっているのだし、事件の収束にさほど時間はかからないでしょう。

リッシュとはそれでもう、関わることもありません。

ヘイデンさんにも……そうお伝え願えますか?」


もう関わることはないと言った自分の言葉に、何故か ちくりと胸が痛む。


執事が何かを言いたそうにミーシャの様子を見つめる。


そうして、静かにそっと口を開いた。


「──本当にそれでよろしいのですか?」


『──あんた、本当にそれでいいのかい?』


執事の言葉に、昨日のシエナの声が重なる。


ミーシャはそれにどうしようもなく辛い気持ちになりながら、こくりと静かに頷く。


「──ええ」


執事が少しの間を置いてゆっくりと口を開く。


「私は──詳しい事情を知っているわけではありません。

ですが昨日のシエナ様のお話で、あなたがどこかの王族の方だという事や、ヘイデン様はそのせいであなたがリッシュくんの元にいるのを好ましくないと思っている事は知っております。

ですが──どうでしょう?

シエナ様はそれに反対のようですし、リッシュくんはあなたがいなくなった時、即座にあなたを追っていきました。

他の誰の意見も、ご自身の立場もしがらみも関係ない。

もしあなたがリッシュくんの元を離れがたいと思うのであれば、それに忠実に従って何がいけないのでしょう?」


執事が、静かに問いかけてくる。


ミーシャはそれに口を開こうとして──けれどそっと目を閉じ、口を閉ざした。


執事が頭を下げる。


「──出過ぎた事を言いました。

……ヘイデン様には、ミーシャさんのお言葉は伝えずにおきます。

一度、ゆっくりお考えになってみてください。

リッシュくんの為だけではなくて──あなたご自身の為にも」


執事の言葉に──ミーシャは俯いたまま、その言葉を心の中で反芻したのだった──。

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