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3

◆◆◆◆◆


それから数十分後──



グラサン男二人がきちんと一階のテーブルや椅子を直し、さらに家中をきれいに整えて帰ってから───


「──…で?」


と、ダルクはいい放った。


途中、こいつを追い出す機会もタイミングもなく、放って置いたらいつまでも居座って今に至る。


グラサンたちはこいつの存在に気づきつつも、あえて口を挟んではこなかった。


弟かなにかと思ったのかもしれない。


俺は──冷や汗を垂らしながら、ダルクにひくりとしながら笑いかけた。


「──え?」


「リッシュ・カルトはお前なんだろう?

女装までしてここにいるというのは、あいつらを撒くためだったんじゃないのか?

生死問わずの賞金首、らしいからな」


……あっちゃー……、やっぱバレるか。


けど、もしかしたらまだ乗りきれるかもしんねぇ。


俺はにっこり微笑んで言う。


「やだ、ダルったら、何言うの?

こんなかわいい女の子に向かって女装だなんてひっどー…」


い、まで言おうとした俺の首元に。


フッ、と剣の鞘の先が突きつけられる。


俺は思わず固まって、ダルク…こと、ダルを見た。


冗談の通じない、冷た~い色に光るすみれ色の目。


「冗談は好かん。

何なら私がゴルドーとやらのところまでお前を連れて行ってもいいが?

人違いならゴルドー自身が気づくだろう。

お前を差し出して一億ハーツ頂戴するというのも悪くはない」


だらだらと、我知らず汗が出る。


んなことされたら俺の人生、おしまいだ。


それにゴルドーなら……あの抜け目のないゴルドーなら、俺がほんのちょっとでもヘマすりゃ、すぐに正体を見抜くだろう。


いや、ヘマなんかしなくたって…。


「わっ、分かった!言うよ!言う!

だからゴルドーのとこに連れてくのだけは勘弁してくれ!!」


俺はガバッとその場で膝をついて土下座して頼み込んだ。


ダルは…ふっと静かに息をついて、剣の鞘を下ろしたのだった──。


◆◆◆◆◆


「…………と、いう次第でして」


俺が全ての訳を説明すると…ダルが、信じられないくらい愚か者を見る目で、未だ女装姿のままの俺を見る。


きれいになった室内の、あのワイン棚のあるリビングに、二人とも向かい合う椅子に座ってのことだ。


「一億ハーツを、たったの五時間で……しかもギャンブルで使い果たしたのか。

どれだけバカなんだ」


とはダルの第一声。


俺はえへ、とかわいらしく誤魔化した。


「あん時はさ、もうちょい金を膨らませたかったんだよ。

普段、俺ってツイてるしさ。あん時だけだよ、あんなにツイてなかったのは。

ありゃ、呪われてたね」


俺がへらへらしながら言うと、ダルが、バカ者にやるように片手を自分の額にやって、


「~もういい」


とあきれ返ったように言ってくる。

そうして少しの間を置いて、聞いてくる。


「そもそも、どうして一億ハーツなんていう大金を借りたりした?

普通に生活する分にはそれほどの大金は必要なかったろう」


根本的なところをついてくる。


脳裏にふわっと、当初の目的が思い出された。


俺は普段、そんなに自分のことを話すことはないんだが……このときは、何故かすんなり、話しちまった。


「──飛行船だよ。飛行船。

一億ハーツで、買い戻せるはずだった」


自分でも思いもよらず、真剣な口調になっちまった。


俺ははっとしてまたいつものにへら笑いに戻る。


あぶねーあぶねー。


俺のイメージが崩れるとこだぜ。


「な、な~んてな。

ま、一億ハーツも消えちまったし、ゴルドーと手先には追われるし、指名手配だし、今じゃもう取り戻すのなんて無理なんだけどな……」


へ、へ、へ、と笑ってみせる。


ダルならきっとため息をつくか、バカ者を見るようなあの呆れた目をするか、とにかくさほど気にはかけないだろうと思った。


けど、だ。


ダルはじっと俺を見る。


すみれ色の、真実を全て探っちまいそうな目の中に、慌てた俺の姿が映った。


ダルは言う。


「──無理かどうかは、やってみなければ分からない」


さらりと、そんなことをいう。


俺は逆に慌てちまった。


「はっ、はは…。

無理だっての。

とりあえずまずはゴルドーの手先をどーするかだよ。

つーか俺のことより、だ。

そーいうお前はどうなんだよ?まさかここの元住人って訳でもねぇんだろ?

俺と同じで偶然ここに紛れ込んだのか?」


俺にしちゃ、そっちの方が謎だぜ。


ダルは──…一瞬、そこで黙りこんだ。


ありゃ、こいつはけっこーな訳ありか?


なんて思ってると。


「──まあ、そうだ。ここの住人でもない。

お前と同じように、偶然ここへ来た」


「へ~、なんか妙な縁だな」


偶然こんな謎の家に、偶然ほぼ同じ時間に入って、偶然出会う。


どうやらダルも俺も訳ありで──。


なんだか本当に妙な縁だ。


なんて考えてると。


それで、とダルが聞いてきた。


「一億ハーツの大金、どうするんだ?

どうやらこの辺りでは大勢の人間がお前の命を狙っているらしいぞ?」


ダルが芯を突いてくる。


俺ははぁ~っと苦く溜息をついて、カシカシと頭を掻いた。


「──わかんねぇ。まったく参ったぜ。

まさかマジで命狙われるなんて考えてなかったしよ……。

とりあえずほとぼりが冷めるまでこのかわいい女の子姿で逃げて──逃げて、逃げる!」


自分を鼓舞するように言い切ると……ダルがいう。


「だが、いつまでもそうするわけにも行かないだろう。

一生女装して過ごしたくなければ、どこかで金を返さなければ」


言われて……俺は思わず口を尖らせる。


そうは言ったって、一億ハーツなんてどうすりゃ手に入るんだよ。


そう簡単に手に入るんなら最初から借りたりしてねぇっての。


そんな俺の考えを読んだのか、ダルは言う。


「とにかく少しずつでも働いて稼ぐことだな。

ところで──」


ダルがいいかけて──俺を見る。


じっと俺を見て、何かを聞こうかどうか、迷ってるみてぇに見えた。


なんだぁ?


俺もいぶかしんでそっちを見ていたが……。


はっ!まさか…!


俺はぞわっとしながら大きく後ずさった。


「俺があんまりかわいいからって襲おうってんじゃ……!」


いいかけた俺の頭に。


ガスン、と強烈な剣の鞘の一撃が降りかかった。


「う、おおおおぉ……!

いってぇ………!」


思わず頭を押さえてその場でうずくまる。


ダルが顔を真っ赤にして怒鳴った。


「このバカ者が!何で私が!!」


けど、俺の耳には半分くらいしか入らなかった。


「くううぅ……!」


歯を食いしばって声を上げた俺に。


ダルがフンッと鼻で息をついた。


なんだよ、冗談の通じねぇやつだなあ!


ダルは言う。


「──私が聞きたかったのは、カルトという名のことだ。

この辺りではあまり聞かない名だが、私の知り合いに同じ“カルト”という名を持つ男がいた。

まさかとは思うがお前の身内か?」


聞いてくる。


俺は頭を両手で押さえたまま顔だけでダルを見上げ、眉を寄せた。


「ああ?……まあ、カルトって名はこの辺じゃ確かに珍しいけどよ…。

俺、身内とかいねぇから、たぶんそいつとは全然カンケーないぜ。

この名前だって気づけばそう名乗ってたってだけの話だしな」


言う。


実際そうだ。


物心つく頃にはもう俺は一人で生きてた。


両親もクソもない。


どこかの誰かがある程度までは育ててくれたんだろーが、その記憶もねぇ。


名前もその辺のどっかから取ったんだろうと思う。


覚えてねぇけど。


俺がいうと、ダルが「そうか」と一言いって考え深げに自分の顎に手をやる。


俺もその様子に頭から両手を離してダルを見上げていた──が。


ふと思い立って、ダルへ向かって声をかける。


「なあ、おい。

ここで会ったのも何かの縁だしよ、お前も俺も、ここに住んじまわねぇか?」


ふとした思い付きで言ってみる…と、ダルが二回ほどゆっくりとまばたきをして……


「…………はぁ?」


あんまり意外だったようで、返してくる。


俺は頭の後ろに手を組んで言う。


「だって俺、家ねぇし、ダルもそーなんだろ?

ここにゃ誰も住んじゃいねぇんだし、ちょっとくらい間借りたって問題ねぇだろ。

ま、お互いこっから離れたくなるまでさ」


簡単に考えて、言う。


何でこんなこといきなり思い付いたのかは我ながら謎だった。


ダルに剣鞘で頭を打たれたから、たぶんそん時に頭をおかしくしたんだろう。


それに──ふと思ったんだ。


──もしこのままここで別れてから…ダルがふと思い立って、ゴルドーの野郎に俺のことをチクったりなんかしたら……。


そう、


『ああ、リッシュ・カルトなら女装してこの辺りをうろついていたぞ。

なんなら私が捕まえてこようか?顔も覚えている。

賞金は一億ハーツ、なんだろう?』


なんてゴルドーの奴に言い出したら。


んなゾッとする展開にはしたくねぇもんだ。


だったらこっちだってダルの動きを把握して、ヤバそうになったらズラかるほうがいい。


俺の言葉にダルが「さっきから思っていたが、ダル、って…。」と別のところに反応しつつ、俺を見る。


俺はにへら、と笑ってやった。


「ま、男二人だ、気楽にやろーぜ、ダル。

あ、ちなみに言っとくが、俺のことはちゃんと“リアちゃん”って呼べよ。

あとゴルドーの野郎とその手下どもには俺のことチクんなよ」


ハッキリと言っておく。


それから俺は立ち上がって歩き出す。


「部屋はてきとーに割り振ろーぜ。

ま、とりあえずさっきの“若奥様の部屋”は俺がもらっとくぜ。

服やら化粧やら、わざわざ他の部屋に持ってくのもバカみてぇだからな。

それから──」


「ま、待て!私はここに住むなんて一言も…!」


ダルが慌てたようにいってくるのに、俺は肩をすくめて横目でダルを見た。


「ダル。

行くあてねぇんだろ?宿を探せば金がかかるぜ。

俺がせっかくここに住んでいいってんだから大人しくそうしろよ。

タダで住まわしてやるぜ。

その代わり、俺のことはゴルドーと手先たちには内緒で頼む」


片目でウインク一つくれてやると、ダルが呆れたように俺を見返す。


「何を自分の家のように……。恩着せがましいにも程がある」


「細かいことは気にすんなっての。

いーからいーから」


「…………」


おうおう、ダルのやつ、真面目だなぁ。


黙り込んじまったぜ。


俺が頭の後ろで手を組んだままダルの返事を待っている……と。


しばらくの沈黙の後、ようやくダルが一つ息をついた。


「──分かった。そうさせてもらおう」


その答えに俺はにやりと笑う。


最初から素直にそーいやいいんだよな。


まったくもったいつけやがって。


「──じゃー、ま、よろしくな、ダル」


俺が言うと……ダルがふっと一つ息をついて「ああ、よろしく」と返したのだった。


この出会いが──後々とんでもない事件につながることになるとは、俺はまったく全然予想だにしなかったのだった──。


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