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ジュードが自然にミーシャの方を向きながら言いかけて、不意に口を閉じる。
……ミーシャひ……?
何て言おうとしたんだ?
俺が疑問に思ってる間に、ジュードが何事もなかったかの様に一度静かに言葉を置き、ミーシャへ言い直した。
「……ミーシャ様。
ここは、しばらくの間放って置いても問題ないと思います。
リアさんのケガも気になりますし、このまま一度街へ戻りましょう。
ギルドの応援も間もなく来るはずですから」
ジュードが言うのに、ミーシャも少し考える様にしながら「そうね」と返す。
俺はその二人の会話を聞きながら──静かに一人、軽く片眉を上げてみせた。
──ミーシャ、様?
俺の事はさん付けなのに、何でミーシャだけ様付けだ?
言われたミーシャの方も、違和感を持っちゃいねぇみてぇだ。
いや、待てよ?
さっきはジュードの奴、“ひ”って言いかけたよな?
普段はミーシャの事を、他の名称で呼んでんだ。
それにさっきから何かやたらミーシャに丁寧じゃねぇか?
ミーシャは昔馴染みだっつってたが、ただの昔馴染みが、何でミーシャに んな丁寧なんだよ?
明らかにミーシャのが年下だし……女性に失礼のないようにってのとも、何か違う気がする。
まるで──そう、ミーシャの従者か何かみてぇだ。
従者が付くなんて言ったら金持ちか貴族の家柄だろーが、だったらフツー“お嬢様”って呼ぶよな……。
ひ、から始まる高貴な人物っつったら他には──
──“姫”、とか。
ふと、んな考えに至って、俺は思わず目を瞬いてミーシャの方を見る。
まさか。
絶対ある訳ねぇよ。
即座にそう、考え直す……が。
俺は不意に──ついこないだへイデンに言われた言葉を思い出す。
『彼女はサランディール王家にまつわる方だ。
リッシュ、お前この国の名を聞いても本当に何も思い出さないのか?』
俺は──そいつの意味に今更ながら気がついて、思わず「あっ!」と声を上げた。
ミーシャとジュード、それに犬カバが俺を見る。
俺は慌てて「いえ、何でもないの」と答えて見せた。
サランディール王家にまつわる人物。
んなの、王族っつってんのも同じじゃねぇか。
そうやって考えてみりゃあ、色んな事がそこに繋がっていく。
ミーシャが人の視線に妙に慣れてんのも、料理があんなにも出来ねぇのも。
一国の姫様なら、人に見られる機会は多いだろうし、料理にしたって、厨房の料理人が作るんだろ?
きっとかなり最近まで、自分で作ってみた事もなかったのに違いねぇ。
サランディールって国に関してもそうだ。
あの国は一年くらい前に内乱かなんかで王族が皆殺しになったって聞いてる。
ミーシャは──どうやってかは分からねぇが、上手く逃げ延びたんだろう。
『ダルク』の話をした時、言ってたじゃねぇか。
“一年くらい前に”
“お城の地下道で”
“ダルクの遺体を見た”って。
きっと……俺の記憶にある、例のあの地下道から、城を脱出したんだろう。
誰にもバレねぇ様に男装をして──たった一人で。
俺は──そこまで考えて、ふとジュードを見やる。
もし俺のこの考えが正しけりゃ、ミーシャの昔馴染みだっていうジュードも、城に関係のある人物なんだろう。
あの剣の腕からして、城に仕えてた騎士、とか。
だったら──何でミーシャを一人にさせた?
今頃来たのは何でだ?
俺の視線に気づいたんだろう、ジュードが俺を見る。
俺は頭を軽く振って何にも言わずに他所を見た。
……んな話、今ここでする様な事じゃねぇ。
それに、だ。
さっきのミーシャとジュードの目線だけのやり取り。
ありゃ、ミーシャの身元については俺には内緒にしておこうっていう合図だろう。
ジュードがどう思おうが気にしねぇが、他ならねぇミーシャがそうしたいっていうんだったら……俺は、気づかねぇフリをするまでだ。
「──リア……?」
ミーシャが──どこか不安そうに、俺に問いかける。
犬カバも、俺のすぐ近くまで来て物問いたそうに俺の顔を見上げる。
俺、どっかおかしかったかな──?
そーいやミーシャにゃ、俺の隠し事はいっつも通用しねぇんだよな……。
俺の女装も、ダルが女の子だって、俺が気づいた事も。
あっ、ヤベェかな?と思ってる間に言い当てられちまう。
けどこいつは──そーゆーのとは事情がまるで違う。
俺は気を取り直して全く別の事をミーシャへ向けていう。
「……実はね、私も、それじゃあ街に戻りましょって、言いたいんだけど……。
私、ちょ~とあばら骨が折れてるみたいで、何だかちっとも動けるって気がしないのよね。
だからね、ダルちゃんとジュードさんでギルドのマスターの所に行って、私が安心して診てもらえる様なお医者様をここに寄越して欲しいって頼んできてもらえないかしら~?」
へらへらしながら、言う。
多分ミーシャにゃ、この意味が分かるハズだ。
俺の女装がバレても問題ねぇ医者を連れてきてくれって。
普段の俺なら、まず絶対に考えそうな事だろ?
どこぞの医者にかかったんじゃ、俺が男だって事がバレちまう。
こんなひでぇケガで逃げられもしねぇのに、医者なんかに『リッシュ・カルト』だって気づかれたら、それこそ一巻の終わりだ……ってな。
ミーシャに──俺の本当に考えてた事がバレたりしねぇ様注意しながら、ミーシャとジュードの答えを待つ──ところで。
「~おい!大丈夫か!」
遠くから、一つの大きな声が上がる。
俺や犬カバ、ミーシャにジュードがパッと声の方を見やると、ザッザッザッと大きく足を踏みしめて、こっちに向かってくる幾人もの男共の姿が目に入った。
──ギルドの冒険者達だ。
前にギルドで見た顔がちらほらある。
木々の間を抜けてこちらへやって来た冒険者達が──辺りの惨状に思わずと言った感じで目を奪われる。
……そりゃそーだ。
錯乱した血。
気を失って倒れてる山賊共。
それに、俺はこんな状態だしな。
先頭をきって現れた冒険者が、戸惑いながらもこちら側に近づいてくる。
「~こいつは一体、どういう事だ?
こいつらは……?」
冒険者の一人が言いながら辺りを見渡した……ところで。
不意にその目が俺の所で留まる。
「~なっ、リアちゃん!?
その包帯は……!
ひでぇ怪我じゃねぇか!」
ぎょっとした様に言ってくる。
続けてやって来た冒険者達もそいつに反応して
「リアちゃん!?」
「大丈夫か!?」
と、俺の方へ向かってくる。
その圧に……負けたわけじゃあないんだろうが、ジュードが冒険者達に道を開ける様に少し横へ避ける。
まぁ、分かるぜ。
俺でさえこの熱量には多少ビビってるしよ。
横目に、犬カバが半眼で冒険者の男共を見ているのが分かる。
だが俺は精一杯の演技で弱々しく微笑みながら、冒険者達に向かって口を開いた。
「~え、ええ、大丈夫。
大丈夫よ。
ダルちゃんとダルちゃんのお知り合いの方が助けてくれたから……」
言いかける……と。
冒険者達が、一斉にジュードの方を見る。
そうして、ようやくここで冒険者らしい冷静さを取り戻したらしい。
その内の一人が眉を寄せながら改めて倒れた山賊共を見やり、口を開いた。
「~つーか……こいつら、一体何者だ?
ここで何が──」
問いかけながら、辺りを見渡す。
俺もこの段になってようやく辺りの様子を見渡した。
道を外れた林の中の、少し開けた場所。
どっかで見た事あると思ったら、昨日山賊共を引っ捕らえたのと全く同じ場所だ。
冒険者達も、その事実に気がついたらしい。
「──例の山賊の一味か。
昨日の腹いせってとこか?」
察し良く、一人が問いかけてくる。
俺は一つ唾を飲み込んで、答えた。
「──ええ。
どうやらそうみたい。
こちらのジュードさんが一人で皆倒してくれたのよ」
言うと、それだけで大体の事情を飲み込んだらしい。




