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8

「ぐっ……っのやろう!」


頭が悪態をつきながら味方を盾にして旅人に放る。


一刀の内に斬られたそいつの背後から、頭が思い切り地面を蹴って剣を旅人に振り下ろした。


だが遅い。


旅人はそいつを一歩後ろへ引いて避けると、間髪入れずに頭の剣を持つ腕を斬りつける。


頭が思わずといった様子で剣を落とした。


そうして斬られた腕をもう片手で押さえ、旅人を睨める。


気づけばもう、山賊の仲間達はみんなこいつにやられちまっていた。


犬カバや俺どころか、ミーシャの出る幕もねぇ。


気を失わされて倒れている者、斬りつけられて呻き声だけを小さく上げている者。


どいつもこいつも、これ以上動けそうにはねぇ。


……すげぇ。


物の数分で、数の多い山賊共をけちょんけちょんに伸しちまった。


頭が分が悪いと踏んだんだろう、仲間を置き去りに、バッと旅人に背を向け、逃げようとする。


その背を。


旅人は逃さなかった。


ザッ、と音を立てて、剣で頭の背を斜めに斬りつける。


「ぐあっ……」


頭がドサッとその場で倒れ込んだ。


俺やミーシャがその様子を息を飲んで見つめる中──旅人がふっと一つ息をついて剣を払い、鞘に納める。


あっという間の出来事だった。


目をつぶる間もないほどだ。


伸された連中は──意識はほとんどなく、動く事も出来ねぇみてぇだが、どうやら死んでもいないらしい。


俺は体中から急に力が抜けるのを感じた。


思わず、縛られたフリも忘れて片手で縄を持ったまま、もう片手で地面に手をつく。


旅人が、さっとこっちを振り返った。


そうして始めにミーシャの無事を確認し──俺にはそう見えた──続けて俺の方を見て口を開く。


「お二人共、ご無事ですか?」


問われる。


俺は何て言っていいか分からずに曖昧に頷いて見せた。


ほんと言やぁさっき頭に蹴られた辺りはまだかなり痛むし、呼吸も浅くしか出来ねぇ。


けどまぁ、そんだけだ。


「血が……」


ミーシャが片膝を地面について俺の額の方へ手をやりながら、心配そうに言ってくる。


言われて俺は不意に額を切っちまってたらしい事を思い出した。


俺は軽く肩をすくめてみせ……ようとして、「いてて」と片目を閉じて腹を押さえた。


額から垂れた血が、目に滲みる。


それでも大丈夫だ、と伝えたくてへらへらっと笑いながら言う。


「見た目ほどひどくはねぇんだぜ?

まー、死にそーな目にはあったけどよ、そんだけで──」


言いかけた、所で。


ふわっとミーシャの柔らかい髪が、俺の頬にかかった。


肩にミーシャの小さな額が乗っている。


ぎゅっ、と俺の服を握る手は、小さく震えていた。


「~良かった……良かった……リッシュ……。

ぐったりしてて……血もこんなに流れてて……すごく、心配した。

来るのが遅かったんじゃないかって……」


ミーシャがつかえながら言う。


俺は──思わずミーシャをそのまま抱きしめそうになって上がりかけた手を、すんでの所で止めた。


かわりに斜め下の何にもねぇ地面へ目線をやって、静かに息をついてミーシャの背をトントン、と優しく叩いてやる。


心配させちまって悪ぃって、意味を込めて。


と、とことことこと犬カバが俺の目線の先までやって来る。


そうして一つ、ブッフと息をついた。


どーやら『こっちを忘れんなよ』って言ってるらしい。


俺はへっと笑ってそいつに答えてやった。


「悪ぃ、二人にゃ心配かけちまったな」


言ってやる。


だが俺は、もう一人存在を忘れてる事に気がついた。


ザッ、とすぐ近くで、地面を踏みしめる一つの音が聞こえる。


ギクリとしながら、俺は軽く視線を上げた。


フツーに男言葉で、声音も変えずにしゃべってたが、よく考えりゃぁ、今一番用心しなけりゃならねぇ存在が、いたじゃねぇか。


俺の視線の先で、例のイケメンな旅人と、目が合った。


その目に、不審の色が浮かんでいる。


「……リッシュ……?」


眉を寄せて俺を見ながら、旅人が一人呟く。


俺は思わずギクリと体を強ばらせた。


ミーシャが思わず俺を呼んだ名に、かなり不審を持ってるらしい。


そりゃそーか。


街で噂の賞金首の名だ。


それも、かわいい女の子姿の俺は思いっきり男口調で、何も飾らずいた訳だし。


俺は思わず内心で冷や汗をたらたら流しながら旅人から目を背ける。


わっ、やっべ……。


あの目は、マジで疑ってやがる。


俺が凍りついたからだろう、俺の肩に頭を預けていたミーシャがそっと顔を持ち上げて俺を見る。


その目が赤い。


……どーやら本当に相当心配させちまってたらしい。


俺は──何だかいい所を邪魔された様な気分になりながらも、仕方なく軽く微笑んでみせた。


そうしながらミーシャにだけ分かる様に視線で旅人を見る様に促す。


「~それはそうと、こちらの腕の立つ方は一体どこのどなたなのかしら?

ダルちゃんのお友達にこんな方いらした?」


にこにこと微笑みながら、かわいい『リア』の口調で問う。


仕方ねぇ事ながら、今この瞬間にこーやって女装っ気を醸し出して話してる自分が、何だか不甲斐なくって腹が立つぜ。


まぁでも、言ったって始まらねぇ。


とにもかくにも、こーなったら全力で旅人に俺の正体を見破られねぇようにするのみだ。


そう決意して問いかけた先で、問われたミーシャは一瞬呆気に取られた様に瞬きをして俺を見つめ……ようやく旅人の事に気がついた様にさっと小さく目元を拭った。


顔が少し赤い。


間近で んなモン見ちまったら、何だか俺まで顔が赤くなっちまいそうだ。


俺があんまりミーシャを見ていたからか、ミーシャはそれらを誤魔化す様にサッと俺から離れ、小さく咳払いをする。


そうして旅人を見やる。


旅人が、ミーシャを見返した。


まるで──何かの意思疏通をしたみてぇなほんの僅かな動作。


……なんだぁ?


俺の疑問をよそに、口を開いたのは、ミーシャだ。


「──彼は、ジュードというの。

私の昔馴染みで……とても、信頼の置ける人よ。

ジュード、こちらはリア。

道中話していた、私の『姉』として同居している友人よ」


ミーシャがごくごく簡単に互いを説明する。


俺はチラッと再び──改めて旅人を見やる。


体格のいい、中々のイケメンだ。


俺もまぁイケメン度には多少自信があるが、こいつは俺とは系統の違うイケメンって感じだな。


寡黙そうっつーか真面目そうっつーかお堅そうっつーか。


少なくとも俺みたいに、万が一賞金首になったとしても『女装して乗り切ろう』なんて柔らかい発想は、浮かびもしねぇんだろう。


案の定、旅人は俺の方を疑いの眼差しで見つつも、いかにも真面目そうなきちんとした礼をする。


一応形だけは、どっかの騎士や貴族がレディーに接する時みてぇな丁寧な礼だ。


ただ、顔を上げた時の俺への疑いの眼差しが半端ねぇ。


こいつ、まさか街の指名手配のポスターの『リッシュ・カルト』の顔と、俺の顔を頭ん中で見比べてんじゃねぇよな……?


俺は何とな~く気まずいモンを感じながら──わざわざ聞く訳にもいかず、に~っこり笑って小首を傾げてかわいく問う。


「……何か?」


聞く。


と、さすがに男とは見えなかったのかもしれねぇ、ジュードが「いえ、」とようやく視線を反らしてくれた。


そいつに俺は思わず心の内で息をつく。


……やれやれ。


ミーシャに、ロイにリュート。


この頃じゃシエナやへイデンにまで俺の正体を知られちまってる。


ミーシャの昔馴染みだか何だか知らねぇが、この上いかにもお堅そうなこいつにまで知られたら、俺の安全が脅かされちまうぜ。


と、また額から流れた血が目に入りかけて、俺は思わず手の甲でさっとそいつを拭った。


ミーシャが心配そうに俺の額を見る。


「~大丈夫?

まだ血が、止まらないみたい……」


言ってくるのに、俺は「平気だって」と強がってみせた。


と、俺の横にジュードが「失礼します」と一言前置いて片膝をつき、まぁまぁな至近距離から俺の額の傷口を見る。


俺は目を横に反らしたままたらたらと冷や汗を垂らした。


だが、どうやら俺が男だって事には気がつかなかったらしい。


ジュードは懐からこぎれいな白い布を取り出すと、簡単に裂いて包帯みてぇにする。


そいつを何の疑いもなく俺の頭に少しきつめに巻いた。


慣れた手つきだ。


「──少し深く切れている様なので出血が多いですが、安静にしておけば問題ないでしょう。

念の為、早い内に医者に見てもらう方が賢明だとは思いますが……。

ミーシャひ……」


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