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6

何の前触れもなく、体を麻袋ごと持ち上げられる。


どーやらこっちの問いかけに答えてくれる気は全くないらしい。


馬車を下ろされ、ほんの少し歩いた所でドサッと地面に振り下ろされる。


~くっそ……いってぇ……。


こいつら……後で覚えてろよ……。


軽く心の中で呪っていると。


「~頭ぁ、連れて来やしたぜ」


どーやら俺を振り下ろしたらしい男が、誰かに向かって言う。


俺は眉を潜めて周りの音に集中した。


ザクッ、ザクッと地面を歩く音が男の後に二つ。


こいつは街で俺を捕らえた奴らの足音だろう。


周りから、さざめく様な微かな声が聞こえる。


俺はそいつに思わず口を曲げた。


思ったより、人の気配が多い。


奴らが袋を開けた瞬間、一人に激しく頭突きして、奴らが動転してる隙に逃げよーかとも思ってたが、こんだけ人の数が多いんじゃそいつはムリそーだ。


と──俺の──麻袋の前に、一人の人間がゆっくりと歩み寄ってくる。


音の重さからいって、かなりガタイのいい男だろう。


俺の頭の中で男が仁王立ちする姿のイメージが浮かび上がった。


と──麻袋の結び目を解かれる感覚があって、俺はようやく目の前に麻以外の物を見る事が出来た。


見覚えのある、林みてぇな少し開けた土地に、目の前には俺の予想どーり、ガタイのいい男が一人。


服装は金ぶりのいい商人みてぇだったが、その服に不釣り合いな程逞しい筋肉が全体に見て取れる。


栗色の髪をオールバックにして、つまんねーモンを見る様な目で俺を見下ろしている。


年は三十代の半ばか、後半って辺りだろう。


俺を見てんのはその男ばかりじゃねぇ。


俺の四方八方を塞ぐ様に、幾人もの人間が遠目にこっちを見てやがった。


横目にせめて人数だけでも確認しよーかと思ったんだが。


くいっと目の前の男に顎を上げさせられる。


必然的に、俺は男の顔を見ることになった。


男が顔をしかめるのがはっきりと分かる。


「──これが街で話題の美女か。

なるほど、確かにきれいな顔立ちだが……血まみれじゃねーか」


言って、パッと手を離される。


俺は目を白黒させたまま男の顔を凝視した。


男に顎クイされたってのもかなりショックではあったが……それ以上に、身体中に嫌な緊張感が張り巡らされていた。


こいつには、嫌な気配が纏わりついてやがる。


平気で人を殺したり売り飛ばしたりするのを日常の様にやってる……そんな気配だ。


これまでの人生でも、そーゆー人間を見た事は何度もある。


だがこいつから感じるのは、そのどれとも比較にならねぇモンだった。


男が、俺の後ろに立っていた男にゆったりと歩み寄る。


そして──。


ザンッ、と音を立ててほんの一瞬だけ刃物が煌めく。


とたん。


俺の肩から右頬にかけて、ビシャッと生暖かい何かが飛び散った。


背後でドサッと大きな音を立てて、男が倒れるのが、見てもいねぇのによく分かった。


辺りのざわめきが、ピタリと止む。


俺は──震える手で自分の頬についた“それ”に触れて、自分の目の前に持ってきた。


──血だ。


俺の心臓がどくどくと嫌な音を立てる。


目の前の男がサッとナイフの血を地面に払った。


「誰が」


目の前の男が声を出す。


「商品の顔に傷をつけていいと言った?」


「かっ、頭、待ってく……」


後ずさりしながら命乞いをしようとした二人目の男だったが。


すぐに間合いを詰められ、そのまま斬り倒される。


俺の座り込んでいる足元にまで、どちらのものかも分からねぇ血が流れてきた。


「~ひっ……ひぃっ!」


三人目の男がその場からダッシュで逃げる。


男が──頭が、目で部下の一人に合図した。


とたん。


「ぎゃあぁぁぁっ!」


とんでもない断末魔の叫びと共に、頭の部下の手によって三人目も始末される。


俺は──ただただ凍りついたまま、その場から動けずにいた。


恐怖で──体が動かねぇ。


完全に腰を抜かしちまった。


我知らず、顎が震える。


死ぬ、かもしれねぇ。


少なくとも俺がリッシュ・カルトだと知られたら、頭は俺をボッコボコにして“ダルク”をおびき寄せるエサにして、役に立たなけりゃ殺すだろう。


今殺された三人の様に。


そう、思ったとたんに。


不意に、ミーシャの顔が浮かんだ。


そして、ぞくりと心臓の奥の方で冷たいモンが流れた。


もし──もし万が一、ミーシャがここに来たら──?


考えて──俺は即座に小さく頭を振る。


いや、来る訳ねぇ。


ミーシャはきっと、まだギルドの安全なあの部屋にいるか、それかもう街から出て、どこか遠くに行っちまってるはずだ。


きっとそうだ。


そう、言い聞かせようとした俺の頭に。


──本当にそう言い切れるか?


冷静な、問いが浮かぶ。


もしミーシャが俺を助ける為にここへ来たら──。


ダルクとしてやってくるミーシャに、こいつらは手加減なんかしねぇだろう。


今の三人の様に一瞬で消されるか──万が一女の子だってバレたら、それこそ何をされるか分からねぇ。


俺は頭の前に出て、無謀に剣を構えるミーシャの姿を想像して、心の臓が急激に冷えるのを感じた。


~んな事……んな事、絶対させられるかよ……!


それだけが、強い衝動になった。


頭がやられた三人目の方をつまらなそうに眺めている隙を狙って。


俺は震える足腰を心の中で叱咤して一目散にその場から逃げようとした。


だが。


ゴゥッと大きな音を立てて──腹からあばら骨にかけてを蹴られ、俺はそのまま木の幹まで吹っ飛ばされる。


背中を幹に打ち付け、強打する。


息も出来ずに、俺はそのままその場に倒れ込んだ。


頭の靴底に、薄い鉄の板が張られているのがチカチカする視界の中でもいやに目につく。


あんなモンで蹴られて、痛てぇなんてモンじゃねぇ。


身動きも取れねえ。


あばらを何本か折った気がする。


ザッ、ザッ、と頭がゆったりと俺の前まで歩いてくる。


そうして靴先で顎を上げられた。


息すら絶え絶えの俺に、頭が言う。


「俺はなぁ、お嬢さん。

客を取れる女には優しくする事を信条にしている。

だが、忍耐強くはねぇんだ。

顔に傷が残ると商品価値が下がるが、あばらが数本折れたくらいなら何の問題もなく使えるからなぁ。

次にまた逃げようとしたら、死んだ方がマシだったと後悔する事になるぜ」


平静な声で、いたぶる様に言ってくる。


だが、俺の耳にはその半分くらいしか内容が入ってこなかった。


耳鳴りがひでぇ。


トン、と頭が靴先で俺の喉をつく。


俺は自分の体を支えることも出来ずにそのまま木に背を持たせかける様に倒れ込んだ。


頭が合図したんだろう、すぐに近くにいた部下が俺の両手を後ろ側にして縄で縛り上げる。


くっそ……。


隙をついて逃げ出す?


体力を温存する?


自分の考えの甘さ加減に腹が立つ。


手に力さえ入らず、自分の体も支えられねぇ。


自分の身一つ守れねぇのか、俺は。


くっそ……。


俺は──自分の持てる最大限の力で頭の方を睨めつける。


実際は視点も合わねぇし、目もチカチカするしで頭の顔すらほとんど分からねぇ。


なのに、だ。


その頭を通り越したずっと向こう、木々が生い茂る林の中から──。


パッと一人の人物がそこに現れたのが見えた。


短い黒髪に、すみれ色の目。


華奢な姿。


距離はかなりあるし、こんなに目がチカチカして焦点すら合ってねぇってのに、一目でミーシャだ、と分かった。


ミーシャの足元には犬カバまでいる。


俺は思わず小さく目をしばたいた。


あれ?


俺、幻でも見てんのかな?


ミーシャのすぐ後から、一人の男が駆けて来る。


だがミーシャはまるで気にしてねぇ。


ミーシャが焦った様にこちら側をざっと見渡すのが分かる。


そして──俺と、目が合った。


ミーシャがこっちへ向かって声を上げようとするのがスローモーションの様にはっきりと見えた。


~幻じゃねぇ。


今声を上げたら、山賊共に気づかれちまうだろ!


「~リッ……」


「~リッシュ・カルトが!」


ミーシャの声をかき消す様に、俺は大きく声を上げる。


言ったとたんに体中が悲鳴をあげたが、俺はどうにか顔をぐっとしかめるだけで堪えた。


目の端で、ミーシャの後から来た男がミーシャの腕を掴んで後ろに退かせるのが見える。


ミーシャが男に何かを言いかけるが、男は静かにする様にって言わんばかりに自分の口元にしぃ、と人差し指をやった。


……どーやら、ミーシャの味方みてぇだ。


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