表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/285

5


彼女の姿が、街を駆け抜け、旧市街の方へ入る。


少し行くと急に人っ気がなくなった。


男はそこでようやく彼女の手を掴み、「ミーシャ姫!」と声をかけた。


彼女が──ミーシャが、驚いた様にパッと男を振り返る。


そのすみれ色の瞳が大きく見開かれ、男を捉えた。


「~なっ──、ジュード………?」


懐かしい、声が届く。


男は──ジュードはそれに少し安堵してみせた。


「やはり、あなたでしたか」


言う……と。


「クッヒー!」


少し離れた所から、黒い何かの生き物が声を上げる。


先程ギルドで走り回ってミーシャを呼んできた生き物だ。


──犬、だろうか?


ミーシャがパッとその生き物の方を見返す。


そうしてジュードの手から手を引いて口を開いた。


「ごめんなさい、今はゆっくり話をしている時間がないの。

友人に──、何かあったみたいで。

私、行かなくちゃ」


言ってくる。


ジュードはそれに「では私もお供します」と腰に穿いた剣へ手をやった。


ミーシャが頷いて、犬(?)の後を再び追う。


ジュードもそれに遅れを取らぬ様、付き従った。


犬は旧市街の通りを迷いなく走り抜けて行く。


ミーシャの足も、それに迷いがない。


しばらく行くと──ある家の前に、二人の男がバッタリ倒れているのが見えた。


ジュードが眉を潜める中、


「ラビーン、クアン!」


ミーシャが男達の名(だろう、恐らく)を呼び、彼らに駆け寄る。


ジュードもやむなくそれに付き従った。


見れば男達の様子は大した事は無さそうだが、あちこちに引っ掻き傷や叩かれた様な跡がある。


黒いサングラスは半分ずれ落ち、オールバックにした髪は乱れている。


ジュードはその男達を、眉を寄せたまま見た。


ボロボロで手も足も動かせないようだが、ミーシャが声をかけるにはあまりにもガラが悪そうだ。


けれどミーシャは何一つ臆する事なくその前に跪き、声をかける。


「その怪我は──?

リアを見ていないか?」


ジュードが聞いた事もない様な、キリッとした男言葉でミーシャが問う。


男達は、けれどそれに全く違和感を持っていないようだった。


「ダルく~ん……。

俺等、頑張ったんだよ~。

リアちゃんのお家の周りにダルくんのファンが押し寄せててさ~……俺等、そいつらを追い払おうとして……」


「返り討ちにあって、このザマだ……。

気づいたらリアちゃんの姿もねぇし……やっと今女共から逃げて来たトコさ……。

まだ家の近くにゃ行かない方がいいぜ~……」


男達がそれぞれに言ってくる。


ダル、というのがミーシャの仮の名なのだろう。


リアという女性が、ミーシャ姫のご友人か。


スッと必要な情報だけを頭に入れる。


ミーシャが困った様に犬を見た。


犬が「クッヒ!」と再びいななき、再び走る。


そこから少しと行かない所で、犬がようやく立ち止まった。


そこは、旧市街のどこにでもある様なある建物の前だった。


ドアの前にはちょっとした屋根があり、丁度雨宿りが出来そうなスペースになっている。


その脇に、一本の傘が立て掛けてあった。


ミーシャがその傘を手に取る。


「~濡れてる。

まだ使って間もないみたい……」


ミーシャが言う。


ジュードはそれに頷いてみせた。


と、少し離れた所から先程の男達の内の一人が「おう」と肯定してきた。


「そりゃ、リアちゃんが差してた傘だぜ。

間違いねぇ」


「けど、リアちゃん、傘置いてどこ行っちまったんだろう?

ほとんど小雨だけど、まだ雨降ってんのになぁ」


空を軽く見上げながら、男が言うのに、ジュードも空を見上げた。


確かに朝方ほどの雨量はないが、傘を手放すには違和感を感じる程度には降っている。


ミーシャがそっと目線を下げて考え込むのが分かる。


そこへ。


「クッヒ!」


犬が再び声を上げた。


家の薄汚れた窓に、一枚の小さな紙が貼られていた。


『ダルク

お前の姉貴は預かった。

返して欲しくばリッシュ・カルトと共に昨日の事件の場所に来い』


「~ダルクさんの……姉………?

リッシュ・カルト……?」


ジュードがその文字を読んで思わず戸惑って言うと。


「これって……」


「まさか拐われちまったのか?リアちゃん!?」


黒いサングラスの二人が口々に声を上げる。


ミーシャは一つ息を飲んで──そのままパッと再び走り出す。


「あっ、ちょっ、ダルくん!?」


サングラスの一人が言うのに、ミーシャが半分だけ振り返って声を上げた。


「シエナさんに──ギルドのマスターに伝えて!

もしかしたら、応援がいるかもしれないから」


それだけ言って、走り出す。


ジュードもその後を追う。


犬もパタパタパタとミーシャの後からついてくる。


後ろから、声が届いた。


「お、おう!

すぐ応援呼んで駆けつけるから、ダルくん無理すんじゃねぇぞ!!」


その、言葉を聞きながら──


ダルくん──?


ダルク、さん──?


ジュードは心の中で反芻する。


だが、そんな事を口にしている場合ではない。


ジュードは駆けるミーシャの横に並ぶと、声をかけた。


「姫、“昨日の事件”というのは──?」


ミーシャには心当たりがあるようだった。


人が拐われているというのなら、少しでも状況を把握しておいた方がいい。


ミーシャはこちらには目を向けず、足を止めることもなく口を開いた。


「~山賊に──拐われていた女の子達を、昨日ギルドのマスターと、リッシュと一緒に助けたの。

街道から少し逸れた所よ。

リアは、今、同居している友人で──昨日の仕返しに、巻き込まれたんだわ」


「~なっ……、山賊……?」


思わず足を止めそうになりながら、戸惑って声を上げる。


そういえば昨日、この街の近くでそんな事件が起こったという話を聞いた。


“ダルク”とギルドのマスター、それに、お尋ね者のリッシュ・カルト。


この三人が、拐われていた女性達を助けたのだとか。


街の女性達の間ではその話題で持ちきりだった。


だがまさかそこにミーシャまで絡んでいたとは知らなかった。


いや──


不意に、ミーシャがこの街で呼ばれている名を思い出す。


ダル。


ダルくん。


ジュードはあるおかしな仮説を一瞬頭に浮かべたが──すぐに頭を振った。


昨日人攫いから女性達を助けた『ダルク』がミーシャと同一人物の訳がない。


ジュードにとってミーシャは、『華奢でか弱い姫君』だ。


剣の稽古をつけて欲しいとか、馬に乗りたいなどという少しお転婆な面もないではなかったが、山賊相手に立ち回り、人攫いに遭った者達を解放出来る様な人では決してない。


けれど──。


走るミーシャの横顔を見ていると、以前とは少し雰囲気が違う事にも気がついていた。


ミーシャを城から逃がしておよそ一年弱。


正体を隠し、男装をして過ごしている様だし、昔と違うのは当たり前なのかもしれないが……。


街を抜け、走るミーシャに合わせて山道を走る。


疑問は山の様に頭に浮かんでいたが……ジュードは何も言わず、目の前の事に集中した。


何はどうあれ、ミーシャの友人であるというリアが山賊に拐われているのは事実だ。


色々な事を聞くのは、彼女を助けてからでも遅くはない。


そう、静かに考えながら──。



◆◆◆◆◆


ガタゴトと激しく揺れる馬車の、さらに麻袋の中で──俺は静かに目を閉じてあぐらをかいたまま頭を垂れていた。


額を深く切ったのか、さっきから顔に垂れてくる血が止まらねぇ。


頭も若干くらくらする。


麻袋は頑丈で、どんなに俺が力を入れて引っ張ってみてもミシミシ音を立てるばっかりでちっとも破れそうになかった。


縛り目もちゃんとしてるらしく、そいつもどうにも出来ねぇ。


ハサミなりなんなり……とにかくなんか道具がないと、今の俺の力じゃどうしようもねぇって事だけはよ~く分かった。


だったら──頭を使うしかねぇ。


どのみちこの麻袋から抜け出したって、馬車は全力で走ってやがるんだし、今のこの状況じゃ、疾走してる馬車から飛び降りて逃げきれるかどーかもビミョーだ。


もし俺に逃げられるチャンスがあるとしたら、奴らが目的地に着いて、俺を麻袋から出そうとする時──。


その一瞬の隙をつく以外に勝機はねぇ。


まぁ、目的地に着いたら奴らのお仲間がたんまりいて……ってな最悪な展開も考えに入れとかなきゃならねぇだろうが。


『あいつには昨日の事で借りがあるんでね』


ふいに奴らが言った言葉が頭に蘇る。


十中八九、奴ら昨日の山賊の仲間なんだろう。


昨日の復讐にダルの姉貴を拐って、俺やミーシャを呼びつけて痛め付けてやろうって魂胆なのははっきりしてる。


~んな事、させてたまるか。


考えつつ、大人しく考えを整えている──と。


ヒヒーン!と馬が嘶く声が聞こえた。


ドッ、ドッ、と音を立てて、馬車が停まる。


街の舗装された道から外れて数分。


んなに距離は離れちゃいなさそうだ。


思いつつ神経を尖らせて待っていると。


ガシャガシャと馬車の外側の鍵を開ける音が聞こえる。


そして、戸が開く。


上がってきたのは二人。


足音の重さと歩き方からして、さっき俺をここに入れた二人だ。


俺はサッとあぐらをかくのをやめ、かわりに口を開く。


「~あなたたち、一体誰なんですか?

私を誘拐してどうするつもり?」


精一杯、健気な女の子を演じて声を上げる。


今のところ奴ら俺をかわいい女の子と思ってっからな。


ヘタにバレて『リッシュ・カルト』として警戒されるより、あくまで『リア』として人質になってる方がまだ隙は出来るだろう。


思いながら問いかけた先で、ケッと苛立たしげに男の一人が喉を鳴らす。


だがそれだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ