3
言ってくる。
俺と犬カバは思わずぽかーんとしてラビーンを見つめた。
それにこちらも控えめな拍手喝采を浴びせたのはクアンだった。
「さっすが兄貴!言う事が違うぜ!
あれ?けど、俺らって──?」
「もちろん俺とお前に決まってんだろーが!
別に嫌ならついてこなくたっていいんだぜ?
俺一人でビシッとあの女共を追い払ってリアちゃんにカッコいいトコを見せれるだけだからなぁ」
堂々とした口調で言いつつも、もちろん乗るだろ?とばかりにちらっとクアンの様子を見てやがる。
クアンがうっ、と一つ呻いた。
そーして逡巡する様に俺の方へ視線を移す。
俺は大きく一つ瞬きしてそいつに応えた。
つーかラビーンのやつ、ほんとにそう思ってんならお前一人で行ってただろ。
さすがに一人じゃヤベェと思ったからクアンを引き入れよーとしてんのが丸分かりだぜ。
まぁ、俺はどっちだっていいけどよ。
なんて考えてると、クアンがくうぅ~っと唸って、決断した様に声を上げた。
「~も、もちろん俺だって!
あ……兄貴!ほら、さっさと行きますよ!!」
言って、ぎこちなく女の子達の方へ歩を進め始める。
つーかお前ら、かわいい女の子達相手に何そんなにビビってんだよ?
なーんて思いながら半眼で見てたんだが。
ラビーンとクアンが女の子達の所まで辿り着き、身振りを交えながら話をする……と。
女の子達が段々にラビーンとクアンの所に寄ってくる。
そーして。
「何よ!あんた達この家の人じゃないでしょ!?」
「ちょっと、もう!あっち行きなさいよ!」
「っていうかあんた達リッシュ様を捕まえようとしてる連中の仲間じゃないの!?」
段々に詰め寄りながら、女の子の一人が言う。
その言葉に。
女の子達が一気に意気投合した。
「こいつらリッシュ様の敵よ!!」
「覚悟しなさい!!」
バッグやら色紙(か?あれ)みてぇなモンでラビーンとクアンの二人をボカスカ叩き出す。
俺は……何だか恐ろしいモンを目にしたよーな気がして犬カバを抱えてその場を後にしたのだった。
◆◆◆◆◆
ラビーンやクアンの悲鳴と喧騒が聞こえなくなる所まで逃れて来ると、俺は建物の軒先に佇んでやれやれと頭を振った。
まったくもって恐ろしいモン見ちまったぜ。
「ヒンッ」
俺の腕の中で犬カバが降ろせとばかりに一言鳴く。
俺は大人しくそいつに従って犬カバを地面に降ろしてやった。
傘を畳んでその辺に立てかける。
雨はかなり落ち着いていた。
俺の予想通り、このまま行けば午後には止んでるだろう。
それにしても──どうしたもんかなぁ。
あの調子じゃ家にはしばらく近づけねぇし、かといって他にする事もねぇ。
ギルドに戻ったっていいが、シエナに仕事でもしろとか言われてこき使われそーだしな。
なんて考えていた、ところへ。
俺の繊細な耳が、何かの音を感じ取った。
ゴソッという人が小さく動いた様な音だ。
犬カバも聞こえたんだろう、身を少し固くして何かを警戒してんのが分かる。
俺はさりげない感じで辺りを見渡した。
パッと見には何もねぇ。
いつもどーり、人気のまるでない旧市街の街並みだ。
けど、だ。
道の角に一人、こっそり潜んでこっちを監視するよーな人物が一人いる。
それに、反対側にももう一人。
………なんだ?あいつら。
まるで俺を張ってる様な…… と思いかけた所で。
バッと俺の視界全体に、突然 麻袋の色が広がる。
「へっ?」
と思わず言う間もなかった。
頭から被せられた麻袋に抵抗する間もねぇ。
そいつは一瞬のうちに俺の上から下をすっぽり包み込み、そして足元をズッと後ろに引っ張られる。
俺はしたたか前のめりに地面に体を打ち付けた。
「クッヒ!?」
すぐ近くで犬カバが驚きの声を上げたのが聞こえる。
包まれた麻袋ごと、体を横向きに持ち上げられる。
腕と足。
二人がかりだ。
「──貴様がダルクの姉貴だな。
あいつには昨日の事で借りがあるんでね。
悪いが人質になってもらうぞ」
声が言う。
こいつは俺を持ち上げた二人の声じゃねぇ。
二人とは別の、三人目の声だ。
「いっ……、昨日の事?
お前ら一体何者だ」
思わず声を上げる。
そうしながらも考えた。
昨日の事ってーのは明らかにあの人攫いの山賊共の事だろう。
俺を取っ捕まえてミーシャを誘き寄せるつもりか!?
ジョーダンじゃねぇ。
思わずじたばたと体を動かして逃れようとするが、まったく落とされる気配がない。
どころか、ぶんっと後ろに一つ振り上げられて、そのまま前へ放り投げられた。
あっ、と言う間もねぇ。
俺の体はドガッとひでぇ音を立ててどこかの床に打ち付けられた。
地面っつうより、荷馬車、みてぇな感じがする。
「いってぇ……!」
完全に腕も足も打撲だ。
と──三人目の声が、嘲る様に笑って言う。
「あまり美しい女性に乱暴はしたくねぇんだ。
そのまま商品になってもらうかもしれねぇしな。
大人しくしててくれよ?
リアさん」
その言葉が終わるや否や ガシャン、と馬車の扉が閉まって鍵をかけられる音がした。
俺はとにもかくにも麻袋から出ようともがいた。
だが、どっかで縛られてんのか、その口が見つからねぇ。
ほんの何秒も立たない内に床が──馬車が動き出す感覚が来て、俺はバランスが取れずにズッと滑って壁に頭を打ち付けた。
痛てぇなんてモンじゃねぇ。
クソッと悪態をついたが、誰にも届いちゃいねぇ。
ガタゴトとスピードも上げていくのか、ひでぇ乗り心地だ。
「……ッヒー!?」
すげぇ遠くで、犬カバの声がした気がした。
だがその声も馬車の音に書き消される。
俺は腕の力でどうにか上半身を支えたまま壁に寄りかかり、働かねぇ頭をフル回転させた。
このままいったらミーシャに迷惑がかかるかもしれねぇ。
いや、それどこじゃねぇ。
あいつを、危険な目に遭わす事になっちまう。
どうする?
どーすりゃいい?
~考えろ。
自分の頭に叱咤する。
ちょっと頭を切ったのか、額から生暖かい血がたらりと流れるのが分かったが、気にならなかった。
俺は麻袋の端から端を探って、縛られてあるはずの口を見つける。
そーしてそのすぐ近くをひっ掴み、思い切り左右に引っ張った。
「~っの……!ぐっ……」
ミシミシと麻袋が音を立てる。
だが、破けもしなけりゃ口が開く気配もねぇ。
俺はそれでも、そこから手を離す事をやめなかった。
この麻袋を抜け出したって、馬車は全速力で走ってやがるし、第一扉には鍵が閉まってる。
けど自分の事は自分でどうにかするしかねぇ。
そう、一心不乱に考えながら。
◆◆◆◆◆
「──リッシュ・カルト……か」
ギルドの指名手配のポスターを見ながらポツリ、一言呟いたのは、男だった。
年は二十代の前半から半ば頃。
茶金色の髪に黒い瞳の男だ。
その声はほんの囁き声にも満たない様な音だったのだが──シエナは横目でその男の様子を窺った。
この辺りでは見た事のない人物だ。
冒険者というよりは旅人の様だが、普通の旅人とはどこか違う。
腰に穿いた剣は、中々に良い品の様だ。
剣士?
傭兵?
それにしてはどこか品のいい物を感じる。
けれどでは貴族の様な感じなのかと言われると、それも違う気がした。
仕える主君が“いた”人物。
──どっかの国の騎士様、ってトコかねぇ。
それも、“元”がつく騎士という感じだ。
こんなのは単なる予想に過ぎないが、人を見る目には自信がある。
当たらずとも遠からず、という所だろう。
そう思いつつ、シエナは男に軽く声をかける。
「リッシュ・カルトの事を追ってんのかい?あんた」
聞くと、男がこちらを振り向いた。
体格もよく、よく見れば顔も中々の男前だ。
相当モテるだろう。
男が口を開く。