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◆◆◆◆◆



「はっはっはっー!どーよ、これ!」


と、ジャーンと華麗にポーズを決めて、俺は鏡の前に立つ。


そこに映ったのは、どこからどー見ても可愛らしい、美人の女の子だった。


ふわっとカールさせた金髪には白いリボンを。


水色のワンピース姿はちょっと見た感じ、いいとこのお嬢様って感じだ。


薄めに化粧もしてるし、まつげもいつもの二倍増しだ。


いつもの俺とはもちろんかなり印象が違う。


「まっ、こんだけうまく化けてりゃバレねぇだろ!

これで大手を振って街を歩けるぜ!」


だっはっはーっと鏡の前で笑ってやる。


──と。


がたり、とこの家のどこかから物音が響いた。


一瞬借金取りの仲間か?!とヒヤリとしたが……


~ま、このナリなら大丈夫だろ。


この素敵変装、見破れるもんなら見破って見やがれ!


自信たっぷりに思い、すました顔でその辺の椅子に座る。


足音が、上の階に上がってきた。


足音は一つで、思ったよりは軽い。


ただし。


──帯剣してやがるな。


思わず口をへの字に曲げる。


俺は耳もかなりいいんだ。


今までゴルドーの手先から逃げる途中の経験からしても、こいつは信用していい。


階段を上ってくるのは、小柄な女ってとこだ。


それも、足音を立てねぇように慎重に足を運んでやがる。


まあまあ剣も扱えそうだな。


あっ、でも美人のお姉さんだったらナンパしたかったなぁ。


ちらっと頭をよぎったが、バッチリメイクをすぐに落とせるわけでもねぇ。


悔しいが。


な~んて事を考えてると。


足音が、この部屋の前で止まる。


どくどくと、心臓が鳴る。


ガチャ、とドアノブが回された。


そうして、開く。


俺は意を決してそっちを振り向いた。


ドアノブを回したのは──女じゃなかった。


小柄で、帯剣してる、細身の……男。


っかしいなぁ。


俺の勘が外れるとは…。


思いながらも俺はビックリした風に…実際ビックリしてたが…男を見る。


見たとこ俺と同じか、一~二個下ってとこだろう。


黒髪にすみれ色の目。


まあまあの見た目でもある。


向こうも驚いたみてぇだった。


ま、確かにこんな謎の廃墟に人がいたんじゃな。


考えつつも俺は口に手を当てて口元を隠し、なるたけ高めの声でしゃべる。


「だ、」


まずは試しに一言。


ごくり、息を飲み込んで先を続けた。


「誰?」


案外イケそうだ。


男はさほど疑問を持たず、むしろ一瞬ギクリとしたように俺の方を見た。


しばらく固まって、俺をまじまじと見る。


俺は冷や汗が垂れそうになるのを必死で耐えた。


こいつがゴルドーの手先で、俺の変装を見破ったらどうなるか。


その腰に下げた剣でズバッと切られる。


俺は憐れに女装姿のまま死に絶えて、ゴルドーの元へ送られるって訳だ。


その時のゴルドーのバカ笑いが、はっきり目に浮かぶようだった。


男はしばらく俺を見た後に、いう。


「──私は……ダルクという。

君は一体…?」


自分の名を名乗るのに、ほんの何分の一秒か、間があった。


本名じゃないのかもしれない。


直感的にそう感じつつ、俺は男に向かっていう。


「──私は、リアよ。

ここは私の家だけど…。

あなた、いきなり人の家に上がり込むなんてどーいうつもり?

泥棒か何かなの?」


ぺらぺらと、口が勝手に動く。


さすがは口先八丁と言われた俺だ。


自分自身にちょっぴり感動するぜ!


ところが男、ダルクは俺をしげしげと冷静な眼差しで見つめ、眉をひそめる。


ぎくりとした俺に気づいたのかどうか──。


「…もう一度問うが、君はどこの誰だ?」


問いかけてくる。


俺は…たらりと冷や汗が流れるのを感じだ。


ピン、と一つ人差し指を立てて、聞き返す。


「その質問に答える前に、一個質問。

あなた、ゴルドーの手先?」


一応まだ女声のまま問うと、ダルクが妙な顔をする。


「ゴルドー…?誰だ、それは」


「極悪金貸し ゴルドー。

この辺りじゃわりかし有名よ」


言ってやると、ダルクは訳がわからないって言わんばかりに肩をすくめた。


返ってきた返事も「知らん」の一言。


俺はほんのちょっと息をつく。


ダルクはそんな俺を不思議そうに見やりながら、言う。


「──この家は、過去はどうあれ、今人が住んでいるという様子はない。

ほこりも積もり、食卓もずっと昔に放っておかれたまま。

なのに君はそれらにはまったく構いもせずこの部屋にいて、きれいに着飾ってまでいる」


きれいに着飾って、って言葉に俺は心の中で『どーも』と付け加えておいた。


どうやらこいつもこの家に入ってすぐ、俺と同じものを見たらしい。


ほったらかしのテーブルの上の食事も、そこここに積もったほこりも。


ダルクはいう。


「君はこの家の人間じゃないだろう。

どういう所以でここにいるのかは知らないが、そのゴルドーという人物に関係があるのか?」


ぎくりと、俺は思わず身を固める。


どうしたもんか、たぶんこいつは適当な嘘であしらえるほど頭が悪くはねぇみてぇだ。


俺は仕方なく肩をちょっとすくめる。


そうして一つ咳払いして──もちろん女の子らしくな──なるたけ簡潔で、嘘の少ない話を話すことにした。


「──確かに 私はここの人間じゃないわ。

ついさっき、たまたまここに忍び込んで、ちょっと色々見て回ってただけ。

そりゃ、ちょっとは何かお金になるものがないかなーとは思ったけど、特にそんなものはなかったわ。

この辺りって、こういう、人の住まなくなった家がそのまま残ってるでしょう?

私、家もないし、お金もないし、困っちゃって。

ほんの出来心なの。

だから見逃して?」


なるべく目に涙を浮かべて、なるべく嘘のないように慎重に話す。


嘘はついてねぇ。


俺は確かに家と金に困ってるし、たまたまここに忍び込んで金目のもんを探した。


『ゴルドーに追われて逃げてきて』の一言がなかったってだけだ。


上目遣いにダルクに頼む。


こんな美人に涙目の上目遣いで言われたら、大抵の男はころっと許しちまう。


そっか~、かわいそーに。

安心しな、誰も責めやしねぇさ、ってな。


少なくとも俺なら絶対ぇそうしちまう。


実際、ダルクは、ほんの少しは俺に同情したようだった。


ふっと息をついて、開いたままのドアに半身を寄りかけて言う。


「──そうか。家も金も…」


どうやら期待以上に真面目に受け取ったらしい。


ラッキー!と思いつつ俺は、そっと目元を拭うふりをする。


さて今度はこっちが質問攻めにする番だ。


こいつは何でここに来たのか?


ゴルドーのことを知らないって言いはしていたが、そいつが本当なのかどうなのか。


ごくりとこっそり息を飲んで、俺は口を開きかける。


その、とたんに。


ドタドタドタッと、階下で音が鳴り響く。


「オイコラァ!

リッシュ・カルト!ここにいるのは分かってんだぞ!

出て来いやぁ!!」


すさまじい怒鳴り声。


足音は二つ。


完璧にがっしりした体型の男たちだ。


俺は──さぁーっと血の気が引いていくのが感じられた。


なっ、何でここにいるのが分かった!?


俺が口を開けたまま固まっていると、


「リッシュ……カルト……?」


ダルクが怪訝そうに呟き、俺を見た。


何秒も何秒も俺を見てから。


「……リア?」


問いかける。


俺は口を間抜けに開けたまま、イスから立ち上がることが出来ずにいた。


ドカドカと、足音が階下を歩き回り、椅子やらテーブルやらを凪ぎ払う音が聞こえる。


足音はそれから二階へ上り、そして──


階段を、上がりきった。


ダルクが腰に下げた剣に手をかけながら、そちらを振り向く。


「何だ、てめぇ」


向こうから低く地鳴りするような声が響く。


この声は間違いなく、さっきまで俺を付け狙ってたゴルドーの手先の一人だ。


「──お前たちこそ何者だ」


キリッとした声でダルクが返した。


それに はっ、と鼻で笑って手先がダルクを押し退けこっちにやって来た。


「俺達ぁ人を探してんのよ。

リッシュ・カルトってぇ小悪党だ。

ゴルドー様から借りた一億の借金踏み倒して逃げやがって、指名手配だ。

生死問わず、報償金一億ハーツ!

こいつがまたひょろくて弱そうな男でよ、簡単な仕事だってんでこの辺のやつは皆やつの首を狙って………」


俺を見て、グラサンオールバックの男が立ち止まる。


後から来たもう一人のグラサンオールバックも。


だが俺は、椅子に座ったまま、まったくこれっぽっちも動けずにいた。


恐怖に腰を抜かしていたって方が正しい。


目の端に、部屋の入り口で何か声をかけようとしているダルクの姿が映る。


助けようとしてくれてんのか?


だが、もう遅い。


グラサン男(先頭に立ってる方)が俺の真ん前で立ち止まり、しげしげと俺を見つめる。


そうして──。


「──お、お美しい……!」


そう、お美しいだろ──って……え?


俺は口を開けたままグラサン男を穴が開くほど見つめた。


グラサン男はいう。


「いや、失礼。あまりにおきれいだったもので…。

どうもすみません、こちらはあなたのお宅でしたか。

この辺りにリッシュ・カルトという悪党が潜り込んだ形跡がありましたので、来たのですが…。

いや、申し訳ない。

部下が階下で多少部屋を荒らしましたが、きちんと直させますので、どうかご容赦を」


「わっ、ズリーよ、兄貴!

兄貴が最初に椅子を蹴りつけたんじゃないスか!」


「馬鹿を言え!俺がそんなことするか!

ちなみにお嬢さん、私はラビーン・オーガストといいます。

どうぞお気軽にラビーンと…」


「ズッリー!俺だって…!

俺ね、クアンっていうんだ、よろしくね♪

ちなみに君の名前は…?」


「……あ、と…リア……」


『リアちゃんかぁ~!』


とこれは二人の声。


目の端でダルクが冷てぇもんを見るような目でそんな二人を見つめて腕を組んで立っている。


俺は……ごくりと息を飲んで……そうして、にっこり笑うことにした。


「────。やっだぁ~、下ですごい音してたからリア怖かった~。

え?なあに?リッシュ・カルトって人探してるの?

もし賞金手に入ったら何かおごってね」


精一杯の虚勢を張って、演技する。


グラサン二人はそんな俺にすっかりメロメロな様子で『おごるおごる~!』とやっぱり二人揃って口にした。


はっ、はは。


俺がお探しのリッシュ・カルトってことには、どうやら気づいてないらしい。


ラッキー!


俺はどうにか元気よく立ち上がり、グラサン男二人の背を押して二人を部屋から追い出しにかかる。


「さあさ、二人とも早く下を直して帰ってね。

私、これでも忙しいんだから」


少し強引に言っても、グラサン二人はデレデレして『は~い』と素直にしたがってくれる。


扱いやすいったらねぇ。


俺、一生このままでいようかな。


俺が思う以上に美女ってのはお得なことが多いのかもしれねぇ。


にこにこしながら部屋からグラサンたちを追い出す。


途中、ドアのところで、ダルクの疑うような視線にあった。


俺は──にこにこしながらも、思う。


どうやら単純お気楽なグラサン二人よりも、こっちの方が手を焼きそうだ。


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