表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/287

8

その先を何と言っていいのか分からない様に、シエナが言葉を失くす。


ミーシャはそっと一つ頷いて、口を開いた。


「あの日──兄の身辺を守るはずだった騎士に、逃がしてもらいました。

城の外へ続く地下道を一人で逃げて……その途中で、亡くなっていたダルクさんを見つけました」


言うとシエナがほんのわずかに身動ぎする。


ミーシャは重く、すぐに止まってしまいそうな口を開いて続ける。


「その持ち物に名前が彫られていて……それで、その名をお借りしました。

でも………。

私が使っていい名では、決してなかった。

──……今日、ヘイデンさんにお会いして……言われました。

リッシュにとってサランディールは鬼門だ、サランディールにも、元ではあるけれど、その国の王女だった私にも関わってほしくないと。

私がヘイデンさんでも、同じ事を思うわ。

だから──明日の朝、リッシュが起きてくる前に…ここを立とうと思います」


ようやっとの事でそこまでを告げる。


シエナは瞬きも忘れて、ミーシャを見つめていた。


どくどくと、自分の脈を強く感じる。


次にシエナがどんな言葉をかけてくるか──厳しい言葉は、ある程度覚悟はしていた。


『なんであんたの様な人間がリッシュのそばにいたのさ』


『全部を知ってて、よくもまぁ平気な顔してのうのうとここにいられたもんだ』


『さっさと出ていっておくれ』


けれど──。


シエナが……少しの沈黙の後にかけてきた言葉は、そのどれとも違っていた。


「──あんた、本当にそれでいいのかい?」


冷静な、けれど真剣な口調だった。


ミーシャを責める訳でもない。


ミーシャは……思わず二度も瞬きをしてシエナを見つめた。


そのつもりです、と言いたかったが、喉から先に声が出てこない。


シエナは続けた。


「行く宛は?

頼りに出来る様な人間は、いるのかい?」


「……それは………」


思わず、言葉に詰まる。


それでも、口を開いた。


「……ここへ来る以前に、戻るだけです。

あちこちの街を放浪しながら、ギルドの仕事をしようと思っています」


「……リッシュは?

あの子、あんたの事を全部聞いて、それで止めもしなかったのかい」


リッシュに怒る様な口調で言ったシエナに、ミーシャはふるふると頭を横に振る。


そうして頭を垂れた。


膝の上に握った拳にぎゅっと力が入る。


「~リッシュには……私がサランディールの者だという事は、話していません。

──どうしても言えなかった……。

嫌われてしまうのが……疎まれてしまうのが、怖くて……」


そこから、声が出なかった。


ぽたん、と一粒の涙が握った拳に落ちるのを、止める事が出来なかった。


「──ミーシャ……あんた……」


シエナが口を開く。


そうして……それ以上は何も言わず、そっとその華奢な肩を抱いてやった。


そうして慰めてやりながら──シエナはヘイデンの姿を思い浮かべた。


次にやる事は、もう決まっていた──。


◆◆◆◆◆


リリリリリ、と受話器越しに音が鳴る。


ミーシャが泣き疲れて眠ってしまった後──夜は大分遅くなっていたが、シエナはギルドの電話機でヘイデンへ電話をかけていた。


トントントンと指先でカウンターを叩きながら。


程なくして、カチャリという音がして、電話が取られる。


『……はい。

こちらはヘイデン・ハント様のお屋敷ですが』


少しの間の後、声が言う。


ヘイデンの執事の老人だ。


恐らくは寝ていたのだろう、ほんの少しいつもより声が呆けている。


シエナは けれど、何の悪気もない様に口を開いた。


「ギルド協会のシエナだよ。

悪いがヘイデンに繋いでくれるかい?」


『──シエナ様。

生憎ヘイデン様はすでに就寝中でございまして……』


「ああ。

もちろん分かっててこうして電話をかけたんだよ」


きっぱりと言うと……老執事が少しの間黙り込む。


けれど、返ってきた返事は、


『──かしこまりました。

少々お待ち下さい』


だった。


老執事が少し電話を置いてから……しばらくの後。


『───シエナ。

一体何時だと思って………』


言いかけたヘイデンの言葉を遮って。


「──今日、リッシュとミーシャに会ったよ。

二人とも今はギルドに泊まらせてる」


シエナがピシャリと言い放つ。


電話の向こうで、一瞬声が止んだ。


それから、


『──そうか』


ヘイデンが言う。


シエナはその何でもない調子にムッとしながら、続けた。


「あんた、あのミーシャって子に随分酷な事を言ったみたいじゃないか。

あの子はただサランディールの王族に生まれ育った娘っていうだけだろ?

ダルクの死には何の関係もないっていうのに、リッシュにこれ以上関わるな、だなんて ちょっと酷すぎるんじゃないのかい?」


怒り混じりに文句を言ってやると、ほんの少しの沈黙の後、電話の向こうでヘイデンが一つ嘆息した。


こんな夜中に電話をかけてきたのはそんな理由か、と暗に言われた様だった。


それにまたもやイラッとしながら答えを待っていると、ヘイデンは言う。


『──あの娘がダルクの件に関係がなかった事は信用している。

当時はリッシュと同じ程の年の子供だったしな。

だが──』


言い差して言葉を溜めるヘイデンに、シエナは受話器を耳に押し当てたまま眉を寄せた。


『──あの娘が、以前のサランディールと同じ事をリッシュにしないと、誰が断言できる?』


問いかけてくる。


その問いは、いつも通りの淡々としたものだったが、そこには別の感情が織り交ざっていた。


疑念と悔恨、だ。


シエナが口を開こうとする前に、ヘイデンは続ける。


『俺は──あんな事は二度と御免だ。

……話がそれだけなら切らせてもらう』


言ってくる。


シエナがそれに 「あっ、ちょっと、」と声をかける合間に。


カシャンと容赦なく電話が切れる。


ツー、ツー、と音がする受話器を耳から外し、眉を寄せて見つめながら……シエナは仕方なく、その受話器を電話機の上に戻したのだった──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ