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7



……と、懐からあの赤い手帳がポロリと出てきた。


風呂から出た後、同じ服を着ちまったからそのままになってたらしい。


俺は溜め息をつきながらその手帳を手に取る。


前回手にした時と同じに、しっくり手に馴染む感じがした。


パラパラとページをめくっていくと、飛行船の様々な図案や数式、それに関する文章が丹念に書き込まれていた。


それに、請け負ったギルドの依頼に関するメモもいくつもある。


だが、そういうメモは大概が単語だけの記載しかなくて俺が読んでも全く何の意味もなさねぇ。


手帳の最後のページには、たぶん依頼に関する事なんだろう、こいつも単語だけで ある大きな走り書きがされていた。


『サランディール 執務の間』


何だか怒ってるよーな雑な字だ。


「サランディール……?」


つい最近、その名前を聞いた様な気がする。


そうだ、ヘイデンだ。


ヘイデンのやつがサランディール王家がどうとか言ってたんだ。


サランディールって言やぁ隣国だが、一年くらい前に内乱かなんかで王族が皆殺しになったんじゃなかったか?


城には火も放たれて、相当ひでぇ有様だったらしい。


今は、その時の反逆者が政権を握ってのさばってる……とか何とか。


まぁ、ダルクがこのメモを残したのは十年は前の話だから、サランディールって国はその当時フツーに平穏無事な国だったハズだが……。


ごくごくありふれた一般庶民なダルクがんな国に何の用事があったってんだ?


しかも執務室って……。


一体、誰の?


ダルクのやつ、どーせ書くならもっと誰が見ても分かる様にメモしとけってんだ。


……つっても、誰かにこーして見られるなんて、本人も思ってなかったんだろうけどな……。


まぁ、それにしたって、だ。


──サランディール、か……。


ダルクの書いた文字を、じっと見据える。


『リッシュ、お前この国の名を聞いても本当に何も思い出さないのか?』


今日ヘイデンに言われた言葉が急に頭の中で蘇る。


「──サラン、ディール……?」


疑問を込めて口にする──と。


“何か”が頭の中に浮かび上がる。


そいつは全く形を成さねぇ、“何か”としか言いようがない“何か”だった。


そいつが何なのか、思い出そうと記憶を辿ろうとした──とたん。


ズキン、と頭の片側がひどく痛む。


“また”あの頭痛だ。


「~ってぇ……」


頭に手をやって思わず片目を閉じる。


そいつはこれまでと同じ様に、少し大人しくしてりゃあ引いていく……いつもの頭痛みてぇだったんだが。


今回はどーも様子が違っていた。


ズキズキとした痛みが、もっと酷ぇ、ガンガンとした痛みに変わる。


鉄の杭をつけた靴を履いた大男が頭ん中で大きく足を振り下ろして闊歩してるみてぇだ。


何にも考えられねぇ。


頭が痛い。


犬カバの変なイビキがどんどん遠のいていく。


そのまま俺は──何一つ考えられねぇままに、気を失っちまったみてぇだった──。


◆◆◆◆◆


ふうっと小さく息をつく。


ミーシャはベッドの端にちょこんと腰かけたまま、中空をそっと見つめていた。


マスターが貸してくれた夜着は少し大きいが清潔で着心地のいい物だった。


部屋の中もきれいに整っている。


窓にはクリーム色のカーテンがかかり、部屋にある二つのベッドはフカフカで太陽の様な匂いがする。


ここは緊急時には重傷人を寝かせたりもするが、普段はマスターが当直がてらに寝泊まりしたりする部屋らしい。


リッシュの部屋も似た様な造りだという事だった。


あれから──リッシュとは話をしていない。


ミーシャ自身も、その機会をわざと避けた。


あれ以上、何と言っていいのか分からなかった為だ。


ミーシャは……もう一度我知らず、小さく息をつく。


今日は本当にたくさんの事があって──頭が追いつかないくらいだ。


リッシュが朝から具合を悪くするし、かと思えば急に飛行船を見に行くと言い出して──それも、指名手配をされている『リッシュ』の姿のままで。


飛行船を見に行けばヘイデンと出会い、リッシュは急に倒れてしまうし、それに──。


ヘイデンからある事実を聞いて。


シエナと共に人攫いに遭った女性たちを助け、そして──ダルク・カルトの墓参りまでした。


リアやミーシャの変装も、マスターにはあっさり見抜かれていたという事を知った。


それも、初めて会った時からだったという。


マスターは何も言わなかったが、きっと、ミーシャが『ダルク』と名乗ってリッシュと一緒にいるのを見るのは、嫌な心地がしていただろう。


知らなかった事とはいえ、ヘイデンやシエナ、それにリッシュにとって大切な人の名を、今まで勝手に使っていたのだと思うと胸が痛んだ。


それに──………。


考えながら──ぼんやりとしていると。


カチャッと音を立てて部屋の戸が開く。


入ってきたのはお風呂から上がってきたマスターだった。


マスターは部屋の戸を閉めると、ミーシャににこっと笑う。


「なんだ、まだ起きてたのかい?

先に寝てくれてても構わなかったのに」


明るい声で言いながら、ミーシャと対になるもう一つのベッドの端へ腰かける。


長い豊かな茶髪がふんわりと肩に流れている。


温かく優しい面持ちが、ミーシャを真っ直ぐ見つめていた。


「マスター、あの……」


勇気を振り絞って、声をかける……と、マスターが明るく笑う。


「シエナでいいよ。

皆そう呼ぶんだから」


「シエナさん………」


力なく言った先で、シエナが「うん?」と優しく問いかけてくる。


シエナの声は、いつも優しい。


ミーシャはそれを裏切っていた様な気持ちで口を開いた。


「──ごめんなさい。私……ダルクさんの名前……」


言いかけた、所で。


「ああ、そうそう。

そのダルクの名前の事だけどね、」


シエナがさらりと、ミーシャの言おうとした言葉を先取りして言う。


ミーシャが目を瞬く中、シエナはクスッと柔らかく笑った。


「そんなの何にも気にせず使っちまえばいいよ。

誰に迷惑かける訳じゃなし。

それに……」


言いかけて、シエナがクスリと笑う。


「あんたが来てから、街の女の子達がダルク様ダルク様って熱を上げてるだろう?

……あいつが生きてた頃みたいで、何だか楽しくってねぇ」


ミーシャが目をぱちくりさせる中、シエナが小さな秘密を打ち明ける様に言う。


「あいつもね、飛行船オタクのバカだったけど、あんたと同じくらいモテたんだよ。

ま、その恋人は私だったんだけどね」


爽やかに笑って、シエナが言う。


その表情は何とも言えず可愛らしくて──ミーシャは我知らず、こちらもふふっと小さく微笑んだ。


シエナが満足そうに笑う。


そうしてから、ちょっと真面目な顔をして見せる。


「そんな事より………」


言い差して──シエナはそっとミーシャの様子を窺った。


「──あんた、リッシュと何かあったのかい?

二人とも少し様子がおかしいから心配でね。

あいつがまた何かバカな事でもしでかしたんじゃないかと思って」


問いかけてくる。


ミーシャは ふるふると頭を横に振った。


そうして……けれど言葉が出て来ずに、もう一度ふるふると頭を横に振る。


「……違うんです。

違うの」


やっとの事で、口にする。


シエナはミーシャを慮る様にただ答えを待っていた。


ミーシャは……そっと口を開く。


「私……」


これをシエナに言うのは、勇気がいった。


「本当の名は、ミーシャといいます。

サランディール国の、ミーシャ」


言うと、シエナが目を大きく見張ってミーシャを見つめる。


その目が厳しいものになるかもしれない、と予想していたミーシャだったが、シエナはただただ驚いた様に一つ瞬きをして、口を開いた。


「サランディールのミーシャって………まさか、あの、王女様の?

一年前の内乱で亡くなったと聞いていたけど……まさかあんたが………」


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