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「おい、何だこの犬……」
荷台の中からいぶかしげな声がする。
「きゅーん、きゅーん、きゅん!」
鳴いた数は中に拘束されてる人の数だ。
全部で六人。
そして、
「ブッフ!」
山賊が一人。
「敵は中に一人かい?
四対三なら、勝機はあるか……。
だけど、人質がいる以上失敗は許されないよ?
……あんた、本当に外の二人を任せて問題ないんだろうね?」
マスターが言いながら俺を見る。
俺はそいつににやりと笑ってみせた。
「もちろん」
言うとほぼ同時、犬カバが馬車の中からぽーんと出てきて、今度はピンクのドレスの女の子を掴んでいた男二人の間をうろつく。
「~なっ……、なんだこいつ」
「~どっからきやがった?」
いかにも鬱陶しそうに足で犬カバを払いながら、男二人が口々に言う。
俺はミーシャとマスターに目線だけで行動開始を宣言して、見つからねぇ様慎重に木々の間を移動し、奴らのすぐ近くの木の後ろを陣取る。
「おら、あっち行きやがれ!」
男の一人が、足で犬カバを追い払おうとすんのが分かる。
俺は木に背を預けながら──やれやれと口を開く。
「女の子一人に、随分手荒な真似するじゃねぇか」
言う──と。
「~誰だ!」
短く、けどハッキリとした警戒の色を込めた声が上がる。
俺は……出来る限り“大物”感を出しながら、ゆっくりと木の裏から出る。
ゴツい男二人が、警戒の眼差しで俺を直視した。
俺は──ちらっとやつらに気づかれない様に、その右側の男に乱暴に立たされている女の子を見る。
茶色みがかった、腰まで届く長い金髪 。
殴られ蹴られしたせいでふらふらするのか、ほとんど自分では立てていない。
年は──俺やミーシャと同じくらいか?
と、女の子が、がっくりと下げていた頭を上げて、俺を見る。
おっ、気は強そうだが、中々どーしてかわいい子だ。
俺は女の子に“もう大丈夫だ”と小さく口の端で微笑んでやる。
と──女の子を掴んでいない方の男が、俺の顔を見に近づいてくる。
「こいつの顔……どこかで……あっ!」
いぶかしげな声から一転、急に思い出した様に声を上げる。
「~こいつ、賞金首だ!
一億ハーツの、リッシュ・カルトとかいう……」
「~何ぃ!?」
一億ハーツ、って言葉に反応して、右側の男が言う。
「~おい、どうした!?
早く女を積んでずらかるぞ!」
荷台から顔を出した男が声を荒らげる。
それに、
「まぁ待てよ」
と右側の男が後ろを振り返ることもなく嘲笑う様な声をやり、女の子を相方に預けて兎を狩る野獣の如く、俺を見る。
そりゃそーだ。
この女の子たちを売りさばいていくらの儲けになるかはしらねぇが、目の前に更に一億ハーツの獲物がいるんだぜ?
この二人じゃなくったって欲が出る。
しかもラビーンやクアン曰く、
『ひょろくて弱そう』
な訳だしな。
ま、実際ミーシャみてぇに剣を扱える訳でもねぇし、体術やら何やらも出来ねぇからまぁ当たってんだけど。
男が嫌~な笑みを浮かべて俺に近づいてくる。
俺は──ふと今この時にゴルドーの顔を思い出した。
あの、極悪な悪い笑みを。
俺はそいつを真似してフッと悪く、笑ってみせる。
と、男の動きが一瞬止まった。
俺はその笑みを絶やさないまま、言葉を続けた。
「この俺が、一億ハーツの賞金をかけられてまだ捕まってねぇ理由が、てめぇらに分かるか?」
問いかける。
人に威圧感を与える時のゴルドーを真似て、低く、ゆっくりと。
こいつは、時間稼ぎにも打ってつけだ。
俺の視界の端で、御者の男がマスターの肘鉄にやられ、音もなくがっくりとうなだれるのが見える。
俺はそいつを確認しながらも、ゆったりと一歩、男の方へ足を踏み出した。
男が俺の妙な威圧感にほんの僅かに足を退いた。
もう一人の男も、こっちに釘付けになっている。
御者の事にもマスターの事にも気がついてねぇ。
俺はそいつには目もくれず、余裕たっぷりに続けた。
「そいつはなぁ……この俺に会ったが最後、みーんな闇に葬られちまうからさ。
てめぇら俺を捕らえる気らしいが、その前によ~くここを使った方がいいぜ」
トントン、と嫌味ったらしく俺は自分の頭を指して男二人に言ってやる。
と、予想通り。
「~なっ……!」
「~バカにしやがって!」
二人揃って頭に血が上る。
そーしてその勢いのまま、俺に殴りかかってきたのは女の子を掴んでいない方の男だ。
大振りに腕を振るって俺に殴りかかろうとする。
俺の目にゴツい拳が迫ってくる。
げっ……んな 勢いでぶん殴られたら、一瞬でお陀仏だ。
俺は表情に現れない様精一杯の虚勢を張りながら、無表情にその拳を間一髪で避ける。
無駄な動きはしねぇ。
そもそも出来ねぇし。
鼻のすぐ先をゴツい拳がかすめて空振った。
あまりのギリギリさに、心臓はバクバクするし、頭の先から足の先まで、電気が走った様にビリビリする。
「~んなっ……!?」
当たり損なった拳が宙を切るのに、男が思わずといった調子で声を上げる。
「だから言ったろ?頭を使えって」
言いながら、俺は何にもなかった様に女の子を掴んだ男の方へゆったりと歩いていく。
足は今にもへたり込みそうにガクガクしてるが、そいつを奴らに気取らせる訳にはいかねぇ。
へたれ込むなら、全てが終わった後だ。
女の子を掴んだ男が、ぐっと半歩、後ろへ下がった。
その、瞬間に。
「~なめんじゃねぇぇ!!」
後ろからダッと足を踏み込んでこっちに殴りかかろうと男が走ってくる。
俺は胃が妙に冷えるのを感じながら、さっと掴まれていた女の子に手を伸ばし、そのまま一緒に地面に倒れ込む。
女の子を掴んでいた男の手が一瞬離れた。
倒れ込みながら女の子に早口で「息を止めろ」と指示を出し、そのまま「犬カバ!」と声を上げる。
どこで待機してたんだか、犬カバが とーん と倒れ込んだ俺の頭の上に跳ね乗り、そのまま大きく上にジャンプする。
俺は女の子を庇う様にしながら頭を地面スレスレまで下げた。
「「なっ!?」」
男二人の声が上がる。
その、瞬間。
『ブッ』
と大きく音が鳴る。
俺は思いっきり息を止めてその場に伏した。
「ぐあ……!」
「くっせ……!」
バタン、バタン、と2秒と持たずに男二人が倒れる音がする。
犬カバが、いかにもカッコつけたよーに俺と女の子から少し離れた所にスチャッと着地した。
まぁ、カッコ良くはねぇけど。
と──未だ息を止める俺の耳に、遠く後ろの方から声が上がる。
「おい、てめぇら……!」
馬車の中にいた、最後の山賊だ。
俺はちらっとそちらを目だけで見やる。
男が狼狽した様子で馬車から首だけを出したまま、こっちに飛び出すかどうか迷っている。
だが、結局男二人を見捨てて逃げる道を選んだらしい。
「~馬車を出せ!~早く!!」
御者へ向かって声を上げる。
だが、肝心の御者はマスターにやられた為に返事をしねぇ。
と、最初の作戦通り馬車から出た男の首に。
ミーシャが静かに下から剣をかませて黙らせる。
「残念ながら、」
とミーシャは至って冷静に口を開いた。
「仲間は皆気を失っている。
大人しく投降してもらおうか」
言う。
だが。
男がバッとミーシャの剣を払って暴れようとした。
そこに──びっくりする程強烈な手刀を食らわせたのは、マスターだ。
ミーシャが剣を下げる中、男ががっくりとうなだれてその場に倒れる。
俺は……その光景を見やりながら、やれやれと心の中で大きく息をついた。
ミーシャとマスターが、馬車の中の人質達をゆっくり外へ出す。
若い女の子ばかりの、全部で6人。
皆怖ぇ思いをしてぼろぼろ泣いてる子もいるが、どーやら怪我人はいなさそうだ。
そろそろ犬カバの屁も、風に流れた頃だろう。
考えて、俺は自分の下敷きにする様に覆い被さっていた女の子から体を上げる。
目を一つ宙にやって、女の子が起き上がるのに手を貸した。
まだ心臓がバクバクしてやがる。
たぶん俺、一生分の動きを見せたぞ。
いや、まあ、殴りかかろーとした拳から逃げたってだけだけど。
思いつつ、俺は地面に座り込んだまま女の子に声をかける。
「大丈夫か?」
頬はぶたれてるし腹も蹴られてるし、顔はさっき地面に倒れ込んだせいで土がついてる。
俺はその頬についた土を優しく一つ払ってやった。
大丈夫かって聞くのもどーかと思ったが、他に言葉がなかったんだから仕方ねぇ。
女の子が、青い目をいっぱいに開けて俺を見る。
そーして。
女の子がぎゅっと俺に抱きついてきた。
「~怖かった……!」
言ってくる。
そりゃそーだろう。
どーゆう経緯かはしらねぇが、山賊に捕まって、馬車に乗せられてどっかへ売り飛ばされそーになって、おまけに殴られたり蹴られたりしたんだ。
これで怖くなかったはずはねぇ。
俺はトントン、と女の子の背中を大丈夫だって言う様に軽く叩いてやる。
そーしてしばらく女の子をなだめてやる。
──と。
「鼻の下が伸びてるぞ」
いつの間にかすぐ横まで来ていたミーシャが冷やかな声で言ってくる。
俺は突然言われて「なっ、うわ……っ!」と思わず声を上げて女の子を引きはがした。
「べっ、別に鼻の下なんか伸びてねぇってーの!」
思わず鼻の下を手の甲でぐいっと払いながら言う。
いや、ほんとは多少伸びてたかもしんねぇが、とりあえず言っておくとミーシャが全く相手にしねぇ調子でふん、と小さく鼻を鳴らす。
それでも、一応は重要な報告を素直にしてくる。
「あちらの方は皆、無事のようだ。
御者と、馬車の中の山賊は私とマスターで縛り上げておいた」
「~じゃあまあ、こっち二人は俺が縛り上げてやるよ。
犬カバの屁がまだぷんぷんしてんだろーからな」