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俺は北東に続く道をひたすらに走る。


ダル──ミーシャの事……ヘイデンはサランディールがどうとか言ってたけど、んなモンは俺には全く関係ねぇ。


だからあいつがいなくなる必要なんか、全くねぇんだ。


思いながら、ひた走る。


もし今──あいつを見付けられなかったら、たぶん俺はこの先一生、もう二度とミーシャと会える事はねぇ。


そんな気がする。


そいつは何だか……どーにも“嫌な”気分だった。


あいつといた時間は んなに多くはねぇ。


だが、ずっと一人で放浪しながら生きてきた俺にとっちゃ、やっと見つけた家族みてぇなもんだ。


その家族が──こんな風に何も分からねぇまま姿を消しちまうのは、嫌だ。


まっすぐ続く道を行くと、分かれ道にぶつかった。


俺はぜぇはぁと息をしながら立ち止まり、顎に垂れた汗を手の甲で拭う。


犬カバが追いついてきて困った様にその場でくるくる回った。


『彼女がここを出てから、まださほど時間は経っていません。

急いで行けば、充分間に合うかと』


執事のじーさんはそう言ってくれたが、行く道を間違えた場合、たぶんもう追いつく事は出来ねぇだろう。


だからここで間違う訳には行かねぇ。


俺は軽く息を整えながら考え「おい、犬カバ」と、下へ向かって声をかける。


犬カバがくるくる回るのをやめ、「クヒ?」とこっちを見上げてくる。


俺はさっとその場で腰を下ろして片膝をつき、犬カバに向かう。


「お前、仮にも犬だろ。

ダルの匂いでどっちに行ったか追えねぇか?」


問う。


犬カバが犬かどーかがそもそも分からねぇが無茶を承知で聞く……と、犬カバが俺をまじまじと見つめて──


「ブッフ!」


何かに触発された様に鼻息荒く、返してくる。


そうしてすぐさま地面をくんかくんかと嗅ぎ始めた。


やっぱり犬じゃねぇからかなり厳しいのか、地面に鼻を擦りつける様に右の道と左の道を交互に嗅ぐ。


不確実かもしれねぇが、今はこれしか方法がねぇ。


頼むぜ、犬カバ……!


荒い息を整えながら右に左に地面を嗅ぐ犬カバを見つめていると。


「クッヒ!」


犬カバが自信たっぷりに左の道を選んで、たーっと走り出す。


俺は遅れを取らねぇ様、一直線に犬カバの後についた。


そうして段々に木々が生い茂ってくる道を走って行く事しばらく。


ようやく俺は、その後ろ姿を見つけた。


短い黒髪に華奢な背格好。


「~ダ……」


ダル、と呼びかけた俺の脳裏に、


『──ごめんね。

私は、ダルクさんじゃないの………』


『──彼女はダルクではない。

ダルクの代わりをさせるのはやめろ』


二つの声が浮かんでくる。


俺は一つ息を飲み込んでから、


「──ミーシャ!」


とあいつに呼びかけた。


あいつが──ミーシャが、驚いた様にこっちを振り向く。


俺は走ってミーシャの前まで来ると、息を切らしながら「なん、で……」と口を開く。


「何で、急にいなくなるんだよ……!

ヘイデンが、もう二度と会う事はねぇだろうとか言うから、心配しただろ……!」


ぜぇぜぇと息をしながら、言ってやる……と、ミーシャが何かを言おうとほんの少し唇を動かしかけた。


そうして一つ息をつき、言う。


「──元々、お互い離れたくなるまでと言っていただろう?」


「けど、なら理由は何なんだよ?

何の別れもなしに急にいなくなる理由は。

ヘイデンに何か言われたのか?」


食い下がる様に問う。


と、ミーシャがふいっと顔を背け「ヘイデンさんは関係ない」とさらりと言ってくる。


「……これで別れの挨拶も出来た。

もういいだろう?」


言ってこちらに背を向け再び歩き出そうとする。


俺は思わずその手を取った。


「待てよ、ミーシャ。

俺は……俺は……」


自分でも、その先何を言おうとしてんのか分からねぇまま、口を開く。


ミーシャが戸惑った様にこちらを振り返った。


俺は……覚悟を決めて次の言葉を発しようと喉元まで声を出しかけた……んだが。


ガゴッ、と近くで、何かの音が鳴り響いた。


人を殴った様な音、それに、


「きゃあっ!」


声を上げ、ドサッと倒れる人の音。


声の主は、女の子だ。


俺とミーシャが思わずそちらに顔を向ける。


「~ふざけやがって!

今度逃げようとしたらタダじゃおかねぇぞ!!」


ガスッ、と鈍く、人を蹴る様な音がする。


続いて、さっき声を上げた女の子とは別の、すすり泣く声。


しかもそいつは一人じゃねぇ。


少なくとも二、三人。


いや、もう少しいるかもしれねぇ。


俺は思わずミーシャを見る。


ミーシャがこっちを見返した。


そうしてコンマ一秒も間を置かずに、そっと小さく頷いて見せる。


俺は……ミーシャからそっと手を離し、足音一つ立てずに声のする方へ忍び寄る。


一瞬手を離したら、ミーシャはそのままいなくなっちまうんじゃねぇかとヒヤリとしたが、んな事はなかった。


俺の後からミーシャ、それに犬カバが同じ様に音も立てずに続いてくる。


少し坂を下り、道から逸れた林みてぇになった場所で──俺は木の後ろに隠れて向こうの様子を窺う、ある人物を見つけた。


──ギルドの女マスターだ。


ブーツに仕込んだナイフに手をかけ、今にも飛び出さんかって体勢だったが──俺は小さくそいつに呼びかける。


「~マスター、一体何が起こってんだ?」


小さく聞くと、マスターがチャッと一瞬、俺に身構えようとする。


そうして俺だと分かると「何だ、あんたかい」とこちらも小さく息をついた。


そうして俺をもう一度見て、きれいな顔をしかめる。


「~あんた……」


何かを言いかける、が。


マスターは一つ肩をすくめて顎だけで木の向こう側を差し示す。


俺とミーシャ、それに犬カバはそっとマスターに倣って木の裏側から向こうの様子を窺った。


ボロい帆布を被せた、一頭の馬を繋いだ馬車。


御者が一人。


馬車の後ろ側……少し離れた所に、地面に倒れた薄いピンク色のドレスを着た女の子が一人。


そのすぐ目の前に、ゴツい男が二人も立っている。


その内の一人が地面に倒れた女の子の服を乱暴に掴んで立ち上がらせると、ペッと脇に唾を吐いた。


「手間かけさせやがって」


すすり泣く声は、地面に倒れた女の子のモンじゃねぇ。


馬車の中からしているってのが分かった。


馬車の中から一人の男が顔を出し「おい、いつまでかかってやがる!?」とヒステリーに怒鳴りかけた。


「……山賊?」


ミーシャが、小さく口をついて言う。


俺も、そいつに同意見だった。


御者も含めたゴツい面々といい、服装といい、まるで山賊だ。


ミーシャの問いに、こちらも吐息の様に答えたのはマスターだった。


「……さあねぇ。

だがこの頃この辺りじゃ人攫いが多くてね、ありゃ、その犯人だろう。

山賊だという情報はなかったが」


言ってくる。


そういや街で会った時、この頃はこの辺りも物騒だから気をつけろとかなんとか、言ってたよーな気もする。


そいつはこれの事だったのか。


考えつつも、俺はマスターに問いかける。


「~あいつら、御者も含めて全部で四人か?」


「さてね。

今の所四人しか確認できないが、馬車の中にまだ潜んでる可能性はある。

それに、囚われた人の数も状態も分からない」


言ってくる。


俺はちらっとピンクのドレスの女の子を見る。


「~嫌ですわ!離して下さい!!」


言った頬の片側が腫れてる。


蹴られた腹も相当痛むだろうに、必死に男から逃げようとじたばたと抵抗している。


応援を呼びに行った方が賢明は賢明だが、んな時間はねぇ。


パシッとまたもや、女の子が頬をひっぱたかれた。


女の子が がくんと頭を垂れる。


「~ったく……どういうじゃじゃ馬なんだ……。

おい、さっさと縛って放り込むぞ」


「おい、仮にも商品だぜ。

あまり手荒に扱うな」


馬車から顔だけ覗かせた男が苛立たしげに言う。


女の子をぶっ叩いた男が ケッとつまらなそうに喉を鳴らし、すぐ近くにいた男が女の子の手首に縄を結わえるのを剣呑な目で見据えた。


たぶん、女の子を馬車に放り込んだら出発する気だろう。


俺はミーシャとマスターに さっと目を向けると、ある“思いつき”を提案した。


ミーシャが頷き、マスターは一つ目を閉じて考えを巡らせてから「分かった」と同意してくれる。


下から「ブッフ!」と犬カバが鼻息で答えた。


俺はそいつに よし、と頷いて犬カバに合図する。


犬カバはそれこそ何の物音も立てずにててててっと素早く馬車の近くまで寄っていき……とーんと帆布のかかった荷台の中に入り込んだ。


そーして鳴く。


「きゅーん、きゅーん、きゅーん……」


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