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「ミーシャ姫、」
と後ろから声をかけられ──ミーシャは不意にそちらを振り返る。
場所はサランディール城。
兄、アルフォンソの寝室へ向かう途中の廊下での事だった。
振り返った先には一人の男がいた。
皆が緋の王と呼んで恐れる男、アランだ。
まるで大勢の人の血を吸って染まってしまったかの様な赤錆色の髪に、どこか人間離れした色を持つ茶金色の瞳。
美しく整った顔立ちだが、ミーシャはこの男が心からの笑みを浮かべるのを見たことがない。
実際今も、整った顔立ちの中に品のいい微笑を見せているが、親しみを込めた笑みというよりはどこか冷徹さや残酷さの様なものを感じさせる笑み、だった。
──リッシュとはまるで正反対だわ。
不意にそんな事を思いつつ──ミーシャはアラン王へ向け、礼儀に則って姫らしい礼をする。
そうして、戸惑いを表に出さない様気をつけながら「アラン王、」と口を開く。
「どうしてこちらへ?」
問いかけた先でアランがごく当たり前の様に言う。
「あなたと同じくアルフォンソ王子の見舞い、ですよ」
さらっと言って、アランは目線と軽い手振りでミーシャに共に歩を進める様促す。
ミーシャは断る理由も見つけられず……そのままアランと共にアルフォンソの寝室へ向けて歩を進めるしかなかった。
穏やかな午後の事なのに、空気がやたらにピリリと張り詰めて感じる。
まるで首元に剣先を突きつけられてでもいる様な。
そんな事を思いながら……ミーシャはこの場の空気に耐えられず、横に並んで歩くアランへ向けて問いかける。
「サランディールにはいつまでおられるのですか?」
まるで、早くノワールへ帰って欲しいと言っているみたいかしら。
もちろんそういう気持ちで、嫌味として言った訳ではない。
ただ純粋な興味として聞いてみただけだが、実際早く帰って欲しいという気持ちもある。
気を悪くしただろうか?と横目でアランの様子を窺う──と。
アランは淡々とした面持ちで「じきに、」と言葉を返してくる。
「じきに、帰りますよ。
本来もう少し前に帰国する予定でした」
と、アランがそこまで言った所でアルフォンソの部屋の扉の前まで辿り着く。
ミーシャはそっと息を吐いてからコン、コン、とその扉をノックする。
ここ数日間と同じく、期待する返事はない。
ミーシャはもう一つ心の中で小さな溜息をついて扉を開く。
部屋の様子は、いつもと全く変わりがなかった。
きれいに整えられた部屋。
風通しの為少しだけ窓が開けてあるのだろう、レースのカーテンがひらひらと揺れている。
そしてアルフォンソは──。
クッションに支えられる形で上体を起してはいるものの、目線はぼんやりとどこか遠くを見ているばかり、だった。
その様子は、以前の兄の姿からは想像もつかない。
まるで廃人の様だった。
『──どうせならもう少し何か話しかけてやれ。
リッシュの話じゃ、塔から脱出する間、そうやってたらちったぁ話をしたらしいじゃねぇか。
耳は聞こえてんだろ。
話しかけてる内に何かまた反応があるかもしれねぇ』
先だってゴルドーに言われた言葉を思い起こし、ミーシャは気持ちを切り替えてアルフォンソの側へ行き、穏やかに微笑んで声をかける。




