5
「話しすんなら二人きりでゆっくり楽しみながらしてぇもんだな」
ジェノが耳元で囁く言葉に、背筋がぞわぁとする。
が──。
ええい、ここで今更引く理由はねぇ!
といって奴と『ゆっくり楽しむ』なんてのは以ての外だから、俺は即座にジェノから一歩二歩、ついでに三歩と部屋の中側に後退り、離れておく。
まずは身の安全確保だ。
ジェノはけど、さして気にした風もなく「へっ」だか「ふっ」だか分からねぇ笑いをして俺の前を通り過ぎ、部屋の奥にある黒革のソファーにどっかと腰を下ろした。
「どうぞ?
好きなトコに掛けりゃあいい」
言ってくる。
騎士の部屋らしからぬ、荒れた部屋だ。
ジェノの前には天板部分がガラスになってるローテーブルが置かれているが、その上には酒瓶やら飲みかけの酒の入ったグラスやら、他にも何か分からねぇゴミみてぇなモンが無造作に置かれている。
そういうゴミみてぇなシロモンが部屋の床全体にも達していて、とても『快適な部屋』とは言えねぇ状態だ。
まぁダルの部屋にも近ぇ所はあったが、だから逆に、だろう。
部屋の端にある全く触られてなさそうな本棚の本の整った感じや、文机の上にただ一つポツネンとある高級そうな万年筆の置き方にちょっとした違和感を覚えた。
だがまぁ……。
俺は大人しく、ローテーブルを挟んだ奴の向かい側にある、これまた黒革のソファーに腰掛ける。
無論ソファーの上には雑多な物──服やらなんやら──が ごしゃっと置かれてたんで、片手でそいつらを端に寄せて座った訳だが。
俺が向かいに座るのを待って、ジェノはローテーブルに置かれた飲みかけの酒の入ったグラスをグイッとあおる。
そーして「で?」とニヤリと口の端を歪ませジェノは言う。
「要件は何だ?リアちゃん。
それとも──用があんのはリッシュ・カルトの方か?」
ニヤニヤしながら、ジェノは何の気もねぇ様にそう問いかけてくる。
俺はそいつに──心臓が口から飛び出んじゃねぇかと思う程驚いちまった。
「は、はぁ……?」
言った声が、裏返る。
まさかこいつ、俺とリアが同一人物だって気づいて……?
いや、んなはずねぇ。
この俺の完璧な変装が見破られるはずは……。
動揺する俺に、ジェノは更に追い打ちをかける様に次の言葉を発してきた。
「君、リッシュ・カルトだろ?
レイジス王子が城に戻ったあの日、あんたの姿を見てピィンときたぜ。
さしづめレイジス王子が城に差し向けた偵察ってトコだろう」
たらたらたらと冷や汗が出る。
一方のジェノはそんな俺を面白がる様にニヤニヤ笑いで見ている。
「メイドならさほど怪しまれずにあちこち彷徨つけるからなあ。
美人がすぎて目立ちすぎな気もするが、まぁ上手くやれてたと思うぜ?」
俺が『リッシュ・カルト』だってぇ前提で話をしてくる。
けど俺は別に、自分とリアが同一人物だって口にした訳じゃねぇ。
慌てる事はねぇ、しっかり冷静に対処すりゃあ問題なく乗り切れるはずだ。
俺はそう考え「何の事でしょう?」と思いっきりすっとぼけて答えを返す。
「──確かに『リッシュ・カルト』は私の双子の弟です。
背格好も似てますし、顔も似ています。
だけど私とリッシュが同一人物だなんて。
それじゃあ私は本当は男なのに女装して皆さんを騙していると仰るんですか?
あんまりだわ」
最後はやや同情を誘える様に悲しげに言ってやる。
ラビーンやクアン、それにトルスの男冒険者共ならこれでイチコロだ。
が……。
こいつはそう甘くはなかった。
「そーかい」とニヤニヤしながら言って──ジェノはおもむろに立ち上がり俺の方へやってくる。
そうして俺の前に立ち、耳元に口を寄せてきた。
「俺は別にどっちだって構わないぜ?
あんたが男でも女でも」
言いながら俺の肩に手をやり、やらしい感じに抱き寄せようとしてくる。
俺は思わずゾワッとしてその手を振り払う様にソファーから立ち上がり、思いっきり後退って距離を取る。
ジェノの顔を見る。
酔っ払って、ニヤニヤしている。
マジなのか冗談なのか。
俺を吐かせる為にそーゆー芝居をして見せたのか全く判別がつかねぇ。
俺の戦々恐々ってな反応が面白いんだろう、ジェノがクククと笑う。
「そ~んなに警戒するこたねぇだろうに」
言ってくる。
いやいや、警戒すんだろ普通。
さっさと話を終わらせてこの二人っきりの状況を脱した方が良さそうだ。




