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──暗闇ばかりが辺りを支配する。
時折何かが薄く聞こえる様な気もするが、遠くモヤがかかった様に判然としない。
ボタボタボタ、と血の赤が流れる。
手にした剣が、父王の体を貫いている。
近くに倒れた母からは、すでに絶望的な血の量が床に流れて溜まっている様だった。
「──……」
ジュードの声が聞こえる。
自身の唇が動き、何事かを告げると、ジュードはカッとした様に自分の方を見る。
ジュードがこちらに背を向け、王の間を飛び出して行く。
そして──その後ろ姿を見送ってから。
自分は血の滴る剣を手にしたまま、壇上の王の座へと目を向ける。
その、王の座の影から。
一人のよく見知った男が姿を現わす。
くくくくく、とその男──……宰相は笑う。
「──お務めご苦労様でした、アルフォンソ殿下?」
意識が、遠のいて行く。
まるで暗く深い水の中に沈み込んでゆくかの様だ──……。
◆◆◆◆◆
中庭でゴルドーと別れてからしばらく後。
俺はのんびりとした歩調で再び城の中を歩いていた。
中庭から城の中に戻った所にゃあ見張りの騎士が待っていて、今もまだ俺をつけている。
俺なんか見張ってたって何も起こらねぇよ……とは思うが、向こうも仕事なのに違いねぇ。
その指示を出したのは、もちろんレイジスだろう。
ゴルドーの野郎も『レイジス王子サマにも許可は取ってある』とか何とか言って見張りの騎士を中庭の外で待たせてたし。
レイジスにゃあその権限があるってこった。
それはそれとして……。
……レイジスの兄貴、めちゃくちゃ怒ってた、よな……。
ぼんやりと んな事を考える。
ジュードの事は元々『何かある』って疑ってたからアレかもしんねぇが、俺もそこに片棒担いでレイジスの信頼を陰で裏切って行動してた訳だし。
そりゃ怒ったって仕方ねぇのかもしんねぇ。
ミーシャも……。
あんなに悲しそうな顔、初めて見た。
ミーシャのあの顔を思い出すだけでも、胸がどんよりと重くなる。
はあぁ、と思わず一つ、深い溜息が出た──ところで。
「リ……リッシュ・カルト、」
俺を呼び止める、声があった。
それも、最初の『リ』は声をかけ損ねそうになったとかそういう感じじゃなく、『リア』って呼びかけて直した様な感じだ。
思わず目線を上げて前を見る──と、そこにはある見知った顔があった。
──メイド長の、マーシエだ。
マーシエは俺と目が合うと、ふわっと柔らかく、温かな笑みを見せる。
普段の厳しい表情からは想像もつかねぇ程優しい顔だ。
「──リッシュ・カルト。
アルフォンソ様の事、聞きましたよ。
あなたが殿下を救って下さったのだと。
本当に、なんと感謝すればいいのか」
ぎゅっと手を取り、マーシエが心からの感謝を込めて、言ってくる。
そういやマーシエとこうしてちゃんと会うのは、アルフォンソを塔で見つける前以来だ。
こんだけ手放しで喜んでくれてるって事は、きっとアルフォンソの王殺しの話は知らねぇのかもしんねぇ──と、思ったが。
マーシエはほんのわずかに困った顔で微笑みに憂いを映す。
「──諸々の事は、聞き知っています。
噂も広がっていますからね。
それでも私は、まずは殿下が生きてこうして帰って来られた事、あなたがその道筋をつけてくれた事に感謝しています」
言うのに、俺は「ああ」と短く頷いた。
マーシエが、ぎゅっと握った手を離す。
俺の後ろに控えた見張りの騎士の事にはもちろん気がついてるみてぇだったが、マーシエはそいつには一切触れなかった。
代わり、こんな事を言う。
「あなたが姫とお二人の殿下を結びつけてここへ返してくれた──。
そう思っているのは私だけではありません。
難しい立場ですが殿下の事、よろしく頼みましたよ、リッシュ・カルト」
それだけ言って──マーシエはその場を去る。
最後によろしく頼むと言った『殿下』は、レイジスの事なのかアルフォンソの事なのか──……。
マーシエの静かながらも熱の込もった言葉に──俺はぽりぽりと頭を掻いて、その後ろ姿を見送ったのだった──。




