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丁度、皆の会議が終わったくれぇの頃合いに犬カバと共にアルフォンソの部屋を出た俺は、
「おっ、」
「んあ?」
ヤベェ程タイミング悪く、ヤベェ程機嫌の悪いゴルドーと出食わしちまった。
とたん、犬カバがシュッと俺の足元後ろに隠れる。
俺がほんの一瞬そっちに気を取られちまう中、
「てめーは何他人事みてぇに んなトコでボヤボヤしてやがった?!」
ボカンと一発、訳もなく(だろ?明らかに!)頭を殴られる。
「~ってぇ~!!」
あんまりの不意打ちに思わず頭を押さえてその場にしゃがみ込むとゴルドーがフンだかハンだか分からねぇ鼻息人作れて、そのままドスドスと通りすぎていっちまう。
つまりは通りがかりにたまたま出食わしちまったばっかりにナゾにボカンと頭を殴られた訳だが。
俺が「くそ~、一体何だってんだよ?」と頭を押さえたまま非難がましくその背を睨んでいると。
「クヒ~……」
おっかねぇとばかり、俺の足元付近からちょこっと顔を出して、犬カバが俺の頭の方を見る。
と、そこへ──
「リッシュ、大丈夫?」
これまた丁度ここへ通りがかったミーシャが、こっちは優しく声をかけ、手を伸べてきてくれる。
俺はそいつに甘えて手を借り立ち上がると「何なんだ、あいつ」と親指で今はもう通り過ぎていっちまったゴルドーの方を指す。
ミーシャはそいつにひどく申し訳なさそうに眉尻を少し下げた。
「ごめんなさい。
レイジス兄上の護衛が、少し失礼な事を言ったの」
何を言われたのかってぇのは敢えて言わずそう告げてきたミーシャに。
俺は「あ~……」と半分分かった様な気でそいつに返した。
まぁどーせゴルドーの野郎が護衛達の前でもレイジスやミーシャにタメ口聞いたり失礼すぎる態度を取ったりして注意でもされたんだろ。
もしくは んなガラの悪いどこのモンともしれねぇ野郎に重要な話を聞かせていいのかとか、そーゆー話になったとか。
そーいやアルフォンソの部屋にいる時も「何だと、てめー!」だのなんだのゴルドーの怒声が何度か飛んでたような気もする。
ま、俺はあいつの怒声なんか別に慣れっこだからよ、んな取り立ててハッとしたとかいう訳じゃなかったんだが。
まあ、そいつはそれとして。
それでもちゃんと最後までレイジス達の会議に居させてもらえてたみてぇだし、きっとミーシャとレイジスが何とか双方を取りなしてくれたんだろう。
そんでも申し訳なさそうに謝るミーシャに俺は「ミーシャが謝る事なんか一つもねぇって」と返してやる。
「そもそもゴルドーの野郎が皆に失礼な態度取ってたんだろ?
つーかあいつの機嫌が悪いのなんかどーせいつもの事なんだしさ。
気にする事ねぇよ……いや、ない、です……」
ふと──ミーシャの後ろからものすげぇ圧とギロっとした視線を感じて、俺は咄嗟に言いかけた言葉尻を敬語(?)に直して言い換える。
ミーシャはそいつに一瞬ぱちぱちと目を瞬いたが──それでもすぐとその存在に気づいたんだろう、自分の後ろを振り返る。
そこにはさっきレイジスと共にやって来ていた護衛の片割れが、ものすげぇ威圧感を放ちながら立っていた。
その、圧だけで分かる。
そいつは『ミーシャ姫に一般人が気安く話しかけてんじゃねぇ……!』ってな、そーゆー圧だ。
まぁそりゃ似た様な圧はジュードからもそりゃあしょっちゅう来るが、こっちのがより強固な圧ってぇか。
目に見えねぇ超強力なバリアかなんかを俺とミーシャとの境界に張られちまってるよーな、そんな感覚だ。
萎縮まではしねぇが、そんでもこいつの前でミーシャといつも通りの口調で話すんのはやや勇気がいる。
俺のそんな気持ちに気づいた……ってぇ訳でもねぇんだろうが。
ミーシャは俺と目が合うと、何だか困った様な曖昧な微笑みをして見せたのだった──……。
◆◆◆◆◆
そこからほんの数時間の間に、レイジスやミーシャ達の味方は続々とガイアスの屋敷の前に集まって来た。
諸侯や騎士達……十人、二十人どころの騒ぎじゃねぇ。
そいつはもうガイアスの屋敷の広い庭だけに収まらず外側にまで溢れて、その先の沿道まで埋め尽くしちまってるみてぇだった。
中には俺も城内で見かけた事のある顔がいくつもある。
しかもこれ、まだ夜も開けきらねぇ様な時間だぜ?
んな時間に、それもこの人達にとっちゃあ突然の事だったろうにこうまで人が集まるってぇのは実はかなりすげぇ事なんじゃねぇか?
そして──もちろんその先頭に立つのが、レイジスとミーシャなんだった。
二人のすぐ脇にゃあもちろん俺と犬カバとジュードがいて──……と言いてぇ所だが、実際には全く違う。
二人の脇を固めるのはこの屋敷の主であるガイアスと、そしてレイジスと共にこの屋敷までやって来た護衛の二人。
後は俺の知らない連中ばかり、だった。
さてそれじゃあ俺等二人と一匹はどこでどーしてるのかってぇと……。
庭の、それも割と端の方にポツネンと存在しているのだった。
何でこんなに二人と距離が開いちまったのかは、俺達にも分からねぇ。
ただ気づいたら二人とこんだけの距離が開いちまっていた。
周りの連中は皆帯剣してるし、鎧だって着けてるし、普段通りの格好の俺等の姿はまぁまぁ周囲から浮いちまってる。
ちなみに犬カバみてぇな小せぇのはうっかりそーゆー奴らの誰かに踏まれちまうかもしんねぇから、途中から胸の前で抱っこしといてやる事にした。
これじゃただの見物人か野次馬みてぇだと思ったが……。
今の状況じゃあそいつもあながち間違っちゃあいねぇ様な気もする。
言ってて虚しくはあるが。
つーか、まぁそれはいいとしても──……。
──何だか、遠いな。
ミーシャ達の姿を遠目に見てふと、そんな事を思う。
実際の距離だけじゃなくってさ。
存在が、っつったらいいのか……。
こうなってみて初めて、二人は本当に一国の王子と姫様だったんだ、と今更ながらにそう思う。
ジュードはアルフォンソの騎士だったからともかくとしてさ。
俺なんかは隣国に住んでるただの庶民だし、これまで二人のすぐ側にいたって方が不思議な事だったのかもしんねぇけど。
そんな事を考えてふと俺は、俺と同じく“隣国に住んでるただの庶民”なゴルドーの姿を見てねぇ事に気がついた。
あいつの事だからレイジスとミーシャの側に控えるどころか、主役の二人を退かしてなんか周りに迷惑かけながらギャアギャア言ってたっておかしかねぇんだが。
いつもの趣味の悪ぃアロハシャツこそ着てねぇが、あいつはもう何か存在してるだけで俺達以上に周りから浮いちまってるはずなんだけどよ。
俺がさり気なくゴルドーの姿を目線だけで探す中──……。
ふと──この大群衆の先頭に立つレイジスがこれまでより一歩前に出て大きく声を上げる。
「──私達への忠誠を以ってここに集まってくれたサランディールの勇士達よ」
その声は──この広い空間の端から端まで響き渡る、朗々としたいい声だった。
レイジスがそう声を上げただけで、熱意に燃えた人達の目が、意識が、レイジスの方へこれまでより一層強く集まる。
そいつは俺達や──もちろんリアと話してる時とも明らかに違う、王気を纏った声だった。
「今日までこのサランディール国を守り抜いてくれた事、感謝している。
私達はこれから、兄アルフォンソの代理として宰相セルジオより政権を取り戻す為サランディール城へ向かう。
皆、ついて来てくれるか」
言うと、『おお~っ!!』と歓声にも似た同意の声が上がる。
言っとくがトルスのギルドで男共が気合を入れて上げる様な雄叫びみてぇな声とは全然違うぜ。
足の裏から頭の先までビリビリと伝わる迫力と気合。
勇ましさに満ち溢れた、力強い声だ。
こいつみてぇなのを“鬨の声”ってぇんだろう。
その鬨の声に応える様にレイジスは威風堂々と続ける。
「──では、行こう!」
レイジスが、用意された栗毛の馬に跨りそのまま馬首を巡らせて皆の先頭を行く。
それに同じく馬に乗ったガイアスとレイジスの護衛二人が続き、その後ろを更にレイジスの為に集まった人々が続き──。
俺は足を地面につけたままその姿を危うくフツーに見送りそうになっちまったが──……。




