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アルフォンソを背負ったまま、片手を石壁につけながら一段、二段と階段を降りる。
もし俺が階段から足を踏み外したら事だからな。
慎重に歩を進めていく。
特に目立った仕掛けはなさそうだったんで、この通路の入口は開けっぱなしにして出ていくしかなさそうだ……と思ってたんだが。
驚いた事に、細階段を四段降りた所でその四段目の段がカチッと一つ音を上げた。
靴越しに、何かのスイッチを踏んだ様な感覚がある。
俺がギクッとして石壁についた手に力を入れ、その場に立ち尽くしている──と。
上の方でこの通路の入口がまた音も微かに閉じていくのが見えた。
俺はそいつが完全に閉じるのを待ってから、一つ息を吐く。
どーやら入口がセルジオに見つかる心配はなさそうだが、上からの月明かりすら全く届かなくなっちまった。
こりゃ下まで降りんの、相当に骨が折れるぞ。
階段の長さは少なく見積もってもさっき俺が塔を上がってきた階段くらいにはあるだろうしな。
……まぁ、時間はたっぷりある。
慎重に一つ一つ段を降りていくしかねぇ。
思い、さてもう一段、と足を動かしかけた──ところで。
その足元に、ポッと何か、オレンジ色の小さな光が灯る。
それも一つ二つじゃねぇ。
初めの一つに連動する様に ぽぽぽぽぽぽと段に沿って等間隔に光が灯っていく。
明るさは、まぁ足元の段がしっかり見えるくれぇでそう眩しい事もねぇ。
この暗闇に慣れ切った目にはいっそ優しいくらいだ。
目を細めて光をよくよく見ると、こいつは小さな電球みてぇなモンが発してる光なんだって事に気がついた。
とすると、この塔、電気が通ってんのか。
塔の最上階の牢は普通の居心地いい部屋みてぇだし、抜け道はあるし、おまけにその抜け道にゃあしっかり電気の明かりまで設置してるし。
ここ、本気で囚人を入れる牢にする気あったのか?
半ば呆れながらも、まぁちょっとはありがたく思いつつ、俺は再び一段、一段としっかりと注意しながら降りていく。
先は、長そうだ。
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アルフォンソを背負って一際慎重に段を降りているせいなのか、階段は異様に長く感じられた。
塔の途中、四分の三くらいの位置に一ヶ所だけあったはずの窓にも、今の所まだお目にかかれちゃいねぇ。
そろそろ通り過ぎててもいい頃だが……。
と、んな事を思いつつ、俺は段の途中で一旦立ち止まり、ずり落ちかけてきていたアルフォンソを背負い直す。
アルフォンソは、あれから全く声を発さない。
普通に考えりゃあ こ~んな可愛いメイドが(いくら軽くなっちまってるとはいえ)大の男一人背負ってこうも楽には階段を降りていけねぇよって驚いたっておかしかねぇと思うんだが、そういう反応もナシ。
とにかく呼吸はあるから生きてる事だけは間違いねぇんだが、その呼吸も浅いし、どうにも心配で仕方がねぇ。
俺は再び階段を一段一段ゆっくりと降りながら、自分の気を紛らわす意味も込めて背中のアルフォンソへ声をかける。
「──そういや俺、あんたにまだ名乗ってなかったよな。
俺、リッシュ・カルトってんだ。
ミーシャやレイジス、それにジュードとはトルスで出会って……。
特にミーシャとは仲良くさせてもらってて……」
まぁアルフォンソがどこまで俺の話を聞いてくれてんのか、理解してくれてんのかも分からねぇが、ちょっとドキドキしながら言う。
アルフォンソは近い将来俺の未来の兄になるかもしんねぇ人だからな。
こんな状況ってのが何ともだが、ちゃんと自己紹介はしとかねぇと……とそう思いつつ言い差した──ところで。
「カ……ル、ト」
あれだけ何にも喋らなくなっちまったアルフォンソの口から、俺の名を反芻する声が漏れた。
俺がアルフォンソと出会ってから、初めて漏れたちゃんとした単語だ!
「!!!
そうだよ!
俺の話、聞こえてるのか?!」
思わずその場に立ち止まり、顔で後ろを振り返ってアルフォンソを見る。
オレンジの仄かな明かりに照らされたアルフォンソの顔は、驚く程白く、やつれて見えた。
そして──……続く言葉が俺を更に驚かせる。
「ダ……ルク……。
すま……ない……」
目はどこか、ここじゃあないどこかを見ている。
俺の言葉に反応して声を発してくれたが、俺の話をちゃんと理解はしてねぇ。
けど……。
「あんた、ダルを……。
ダルク・カルトを知ってんのか……?」
ジュードだって知り合いだったんだ、アルフォンソがダルの事知ってたって驚きゃしないが、それより何より……。
「すまない?」
その言葉が、どうにも引っかかった。
俺の二つの問いかけに、アルフォンソはぼんやりとした目を中空に向けるのみだ。
口は微かに開いちゃいるが、そこから何か、声を出しそうな雰囲気は微塵もねぇ。
俺は──……再びアルフォンソを背負い直して正面を向き、また一歩一歩慎重に階段を降り始める。
俺の声は、確実にアルフォンソに届いてはいる。
俺の期待する答えが返ってくる事はねぇにしても、アルフォンソが反応を示す話題を振り続ける事にはきっと意味がある。
そう感じたから──俺は先に自分がした質問の答えはさておき、とりあえず後ろに話しかけるのをやめねぇ様に努める事にした。




