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『宰相セルジオには十分気をつけられよ。
あの男は勘が鋭い。
貴殿が直接接する機会はおそらくなかろうが、ほんの僅かでも疑念を抱かれればここまで殿下がされた全ての事が無駄になる。
細心の注意を払って行動するように』
ダンを以てそう言わしめる程、セルジオってのは厄介な相手みてぇだしな。
下手にこの塔に近づいて俺が何かを探ってる事に勘づかれてもマズい。
そもそも今だって、ジェノの奴に勘づかれてる可能性だってある訳だしな。
慎重に慎重を重ねて行動しねぇと。
……まぁ、いざとなりゃ『開かずの間だなんて何だか面白そうで、ジェノさんから聞いて行ってみたくなっちゃったんです~』とか何とか言って誤魔化すくらいはするつもりだが。
んな事を考えつつ、右塔に近い所までやって来て、近くの植木の影に隠れてその入口の方を見る。
塔の入口にはダークブラウンの木製の扉が使われている。
扉の大きさはさほどでもねぇ、人一人がごくごく普通に通るのに丁度いいくらいの大きさだ。
そしてその扉の前にはガイアスの話通り警備兵が一人立っている。
……が。
な~んかそいつ、明らかにやる気ねぇ様子なんだよな。
ふわあ、と大きな生あくび。
ひらひらとやって来た蝶々には簡単に目を奪われるし、しばらくしてると頭を垂れて居眠りまで始めやがった。
俺としちゃあキッチリカッチリ仕事されてるより数倍動きやすいが、いくら重要拠点じゃないにしろあんなのを警備兵にしてていいのか?
呆れ半分に思いつつ、少しずつ植木の側から警備兵のいる扉の方へと近づいていく。
ここから先は植木もねぇから覚悟を決めて行くしかねぇなという所まで来た──ところで。
ふいに警備兵が垂れていた頭を上げる。
そうして辺りの様子を見渡した。
~げっ、まさか俺の気配に気づいたか……?
なんて思ったが。
警備兵は辺りの様子を確認して、俺のいる方とは逆側──ちょっとした森みてぇになってる方へ向かって走り出す。
~??
訳も分からず様子を見守っていると、しばらくしてシャーッという水が流れる音が聞こえてきた。
まさか……トイレでもしてんのか……?
かなり引きながら、それでも今が絶好のチャンスだって事に気づいて、俺は急いで植木の間から出て塔の入口へ向けて走る。
いつ警備兵が戻ってくるか分からねぇから、なるべく音を立てずに走り、塔の扉に即座に手をかける。
案の定鍵がかかっていた。
俺は例によって例の如く髪からヘアピンを抜いて鍵穴に差してカチャカチャと動かす。
すぐに鍵が回る音がしたんで、扉を小さく開けて中に滑り込み、即座に扉を閉めた。
念の為内側から鍵をかける。
そーして二、三秒程その場に立って外の様子を窺ったが……どーやら特に問題はなさそうだった。
俺はふぅ、と思わず息をついて、そーして改めて塔の内側の様子を確認する。
塔の中は、薄闇に包まれていた。
昼間なら塔の四分の三くらいの位置にある窓から陽の光も差し込むだろうが、今はもう夕日もすっかり沈み切って、空にオレンジの光が微かに残るくらいの時間だ。
塔の中に入る光なんてほとんどねぇのに等しかった。
それでも目が慣れると、壁に沿って上に続く螺旋状の階段がしっかりと影を成して見えてくる。
だがその他にこれといったモンは何一つねぇ。
ホール中央にゃあただ何もない空洞の空間が上の方まで吹き抜けているだけだ。
俺は足音を立てねぇ様に気をつけながら、ゆっくりとその螺旋階段を上がっていく事にした。
螺旋階段は、どこまでも永遠に続いていた。
途中踊り場みてぇなちょっとしたスペースとかねぇのかな?とも思ったが、そんなモンは一切ねぇ。
ただひたすらに単調な石造りの階段を上っていく。
しばらく上っていくとようやく壁の一部に窓を見つけたんで、それで塔の四分の三地点まで上った事が分かった。
さっきのあの警備兵、さすがにもう入口んとこに戻っただろうな……とちょっと窓から下を覗いてみてぇ気もしたが、やめておいた。
んな事して万が一にも誰かに俺の姿を見られたら面倒だからな。
余計な事はせず、窓も無視してそのまま上に上がっていく。
そうして階段をすっかり上がりきってから。
俺は──その頃にはゼェゼェと息をしてその最後の一段、塔の最上部に当たる段に腰を降ろして座り込んだ。
この階段、別に上りにくいとか んな事はねぇんだが、とにかく長すぎんだよな。
途中休める所もねぇし。
もし宰相セルジオが夜な夜なこの辺りをうろつく用事があって、しかもそいつがここの最上階の開かずの間にあるんだとしたら、セルジオの野郎はこの階段をしょっちゅう上り下りしてる事になる。
奴がいくつくらいか知らねぇが、それでもジェノやオレットの父親なんだからそれなりにいい歳だろ?
ここまでの上り下りはそれなりに辛いんじゃねぇのか?
そうまでしてここに来る意味なんてあるのか?
つーかそもそも。
ジェノの話じゃ、セルジオの野郎は夜な夜なこの辺を歩いてるってだけで、別に開かずの間に入ってる、とは言ってねぇんだよな。
まぁそんでもせっかくここまで上がって来たんだ、開かずの間を覗かずに帰る法はねぇ。
俺はようやっと息を整えて立ち上がると、段の最上部にある扉の前に立つ。
塔の入口にあった木製の扉とは違って、ここは重厚な雰囲気を醸す鉄扉、だった。
ずっと昔は王族の牢として使われていた時期もあったってんだから、そん時の名残りかもしれねぇ。
鉄扉には備え付けの鍵とは別に、大きな鉄の錠がかけられていた。
俺は中に人の気配や物音がしねぇ事を確認してから──つってもまぁ鉄扉越しだからな、若干微妙な所もあるが──その大きな鉄の錠に手をかけた。
こいつはまた、中々厄介そーだな。
鍵穴は潰れちゃいなさそうだし鍵さえあればちゃんとすぐに外れそうだが、錠破りとくると話は別だぜ。




