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◆◆◆◆◆


市街地を出て西へ行く事しばし、俺はようやく歩き進めてきた足を止める。


足元は市街地のよく舗装された石畳から、柔らかく豊かな土に。


周りは石造りの家々から、幹が太く高い木々に成り代わっている。


少し強めの傾斜って言やぁいいのか、それとも軽めの山道だって言やぁいいのか、俺とダル、そして犬カバはそんな道をどんどん歩き進めてきた。


そうして立ち止まったのがこの場所だ。


目の前にそびえるのは、到底普通じゃ登れねぇような高い崖。


崖にゃ上から下まで蔦が絡まりあって、緑のカーテンの様になっている。


傍目に見りゃあ何の変哲もないただの崖、行き止まりだ。


ダルも同じ事を思ったんだろう、眉を寄せて俺を見る。


当然の反応だ。


飛行船の欠片も見当たらねぇ場所なんだから。


犬カバが、フンフンと鼻面を地面につけて崖の方へ向かっていく。


動物なりに何か気づく所があるんだろう。


緑のカーテンの下まで行ってクンカクンカと鼻を鳴らしてから──犬カバが「クッヒ」と俺の方を振り返る。


ダルが首を傾げてそんな犬カバを見、続いて物問いたげに俺を見る。


俺は肩をすくめてそいつに答えてから、言ってやる。


「百聞は一見にしかず……ってな」


軽く言って、俺は犬カバの元まで歩いていき、絡まった蔦のカーテンの脇をひらりとそっとめくる。


ダルが横から はっと驚いた様な息を漏らした。


蔦のカーテンの下には、ある一つの扉があった。


古い扉で、蔦の跡があちこちについてるが、完全に放っぽられてるって感じじゃねぇ。


その証拠に扉には新しそうな金色の錠前がついてやがるし、蔦も扉に張り付いちゃいなかった。


定期的にここに持ち主が来てるんだろう。


「──鍵がついているな」


ダルが残念そうに言うが、俺は笑って髪に差したピン片手に扉の鍵に向かう。


そーして数秒もたたない内に──


カシャン


と音を立て、鍵はあっさりと開いた。


俺はへへんと笑って金色の錠前片手にダルを見る。


ダルが呆気に取られた様な顔で目をぱちくりした。


「な……鍵もないのに」


「こーゆーのは得意なんだよ。

さ、懐かしの飛行船と感動の再開といきますかね」


へらへらっと笑って錠前を指でくるくる回し、俺は扉を奥へ向かって開ける。


開けるとすぐに五~六段くらいの下へ続く階段があった。


中は暗い。


犬カバが俺の足元をすり抜けてさっさと先に入っていった。


やれやれ。


俺より先に入るかよ。


思いつつ、俺は肩をすくめてダルに先んじて階段を降り「ほら」とダルに手を差し伸べる。


「足元暗いから気をつけな」


そこまで言ってから。


俺は はっとして固まった。


ダルを女の子として扱うつもりは毛頭なかったのに、ついついフツーの女の子にする様に手を差し伸べちまった。


今さら手を引っ込める訳にもいかず、俺は固まったままその手を出し続ける。


案の定ダルも怪訝な表情で、俺を見る。


それでも──一応は俺の手を取り、段を降りてきた。


……完全にヘンに思ったよな。


この俺が、かわいー女の子にならともかく、男に手を貸す訳がねぇんだから。


段を降りると、中は空洞になっている。


「──暗いな」


ダルが俺から手を離し、言う。


俺はそこでよーやく はっとして「あ、ああ」と答えた。


「待ってな、確かこの辺に──」


言いながら、近くの壁を探る──と、すぐにお目当てのスイッチが見つかった。


手先だけでそいつを確認し、スイッチを入れる。


と──


パッパッパッと音を立てて、洞窟内の壁に取り付けられていた電気がついていく。


ダルと犬カバが驚いた様にその電気を見つめる。


電気自体そこまで普及してねぇし、珍しい物には違いねぇ。


そいつがこんな洞窟内にあるってんだからなおさらだ。


ダルが、洞窟内の明かりに照らされたある物を見て、はっと息を飲むのが分かる。


俺らの目の前──洞窟の中央に静かに置かれていたのは、俺の(いや、“あいつ”の、か?)飛行船だった。


ピーナッツの殻を剥いた後の実みてぇな形をした大きな気嚢きのうと、その下に幾本もの鉄の棒(正確にはただの鉄じゃねぇ、軽くて丈夫な素材なんだが)で繋がれた一艘の船。


そいつが堂々と、洞窟の中央に置いてある。


ダルが──まるですぐに壊れちまうガラスの飾りでも目の前にしたみてぇに、静かに口を開く。


「──これが、飛行船……?」


俺は ああ、とこちらも静かに頷いた。


「フツーの飛行船とは全然違うだろ?」


最も、飛行船ってモン自体、そんなに普及してる訳じゃねぇ。


貴族や王様達が遊覧にのんびりゆったり市中を巡って帰るのに使うくらいで、そいつもかなりの金がねぇ限りは敵わねぇ。


そーゆー飛行船は上の気嚢が風船みてぇになっていて、ガスで膨らませてる状態じゃなけりゃあへなへなに萎んじまってるもんだ。


だがこいつは気嚢を形として作っちまってる。


もちろんそいつの骨格分重みも増すが、それもちゃあんと計算し尽くされてる。


「あの気嚢の中にガスを満たして浮かせるんだよ。

船の部分にはエンジンもついてて……」


言いかけた、所で。


ぬっといきなり背後に人の気配を感じた。


ダルも同じ様に感じ取ったんだろう、二人同時にそちらを振り返る──と。


俺の喉元に、ギラリと光る剣が突きつけられた。


ひやりとしながら隣のダルを横目に見ると、ダルの喉元にも、こっちには長い棒が喉元に突きつけられている。


俺は視線だけで、ゆっくりと剣と棒の持ち主へ目をやった。


見たことのある顔だ。


灰色がかった金髪の、背の高い男だ。


年は大体30代半ばってとこだろう。


いかにも貴族の末裔ですっていうような、品のあるイケメン顔だ。


視力がない為に目は閉じられているが、どーゆー訳かやけに正確に俺とダルに剣を突きつけている。


俺がほんの少し息をすると ちり、と剣先が俺の喉の皮膚を僅かに刺した。


男が眉間にシワが寄せ、口を開く。


「──そこで何をしている。

リッシュ」


声をかけてくる。


俺はドキリとして喉をなるべく動かさないように口を開けた。


おいおいおい、何で俺って分かるんだよ?


目が見えてりゃ、変装が単にバレただけだって分かるが、そうじゃねぇ。


俺の声を聞いてたのか?


焦りながらも──ついこの頃のクセで、俺はかわいい声で言い訳する。


「~ご、ごめんなさぁい、こんな所に素敵な飛行船を見つけちゃって、ついこうして眺めていたんです~。

これ、あなたの飛行船ですか?

私、リアっていいます。お隣はダルクで──」


言ってる内に男が眉間のシワを更に深める。


俺は半ば焦りながら話を続けた。


止まったら負けだって気がしたからだ。


「ダルちゃんも私も、これを盗もーとかなんとか、そんな気は全然なかったんですけど、こんな素敵な物見ちゃったら……」


この先を、言う間もなかった。


男が剣先で俺の顎を押し留める。


俺が冷や汗を垂らしながら男を見る中、男は言う。


「リッシュ・カルト。

俺の目が見えないから誤魔化せるとでも思ったか。

それ以上下手な芝居を続けるなら本当に切るぞ」


男が言うのに、俺は息も絶え絶えになった。


「……す、みませんでした……嘘です、嘘。

リッシュ・カルトです。

ご無沙汰してます」


こんな殺されそーな格好のまま、仕方なしに言う。

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