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ミーシャの事を呼び捨てにしかけて──ダンの手前、一応ちゃんと『姫様』を付けつつ問いかけると、ダンは目を瞬いて俺を見た。
あ、ありゃ?
何かヘンな事でも言ったか?
思わずこっちも目を瞬いてダンを見返すと、ダンが「ああ、いや……」と戸惑い混じりに返してくる。
「私にはよく分からない。
そういったものがあってもおかしくはないとは思うが……。
実際にあるというのは、今初めて聞いた」
言ってくる。
俺は更に目をぱちくりさせてダンを見た。
そういや前にミーシャが、隠し通路について話してくれた事があった。
親父さんからサランディール城の秘密通路やその入口を教わったって。
『きっと私が知らなくて、国王と次期王の位にある人にしか伝えられない通路もたくさんあるはず。
だけど……リッシュが言う様に、本来ならジュードやダルクさんの様な人が、その内の一つでさえ、知っているはずはないの』
ジュードやダルクみてぇな、下っ端が知らねぇはずの通路。
逆に言えば、ダンみてぇな『内務卿』なんてぇ立派な役職についてる人間なら、トーゼンその存在くらいは知ってるもんだと思い込んでたが……。
やっぱり王族にしか伝えられてこねぇ『最重要機密』って奴なのかもしれねぇ。
そういやミーシャも、自分でさえも知らなくて国王と次期王の位にある人にしか伝えられない通路もたくさんあるはずだと言っていた。
色々あってすっかり忘れかけてたが……。
ジュードがなんで通路の事を知ってたのか、一遍ちゃんと聞いといてみるべきだな。
今ならアルフォンソの事もあるし、俺くらいにはちゃんと訳を話してくれるだろ。
そう心の内で思いつつ、俺はとりあえず話を進める事にした。
「──そっか。
まぁとりあえずさ、んなのがあるらしくって、この辺にもあるんじゃねぇかな?と当たりを付けて来たって訳なんだ。
中庭からここの外壁を見てて、ちょっと違和感があったからさ。
まぁ、そう重要な事ぁねぇんだけど、何が役に立つか分かんねぇし、とりあえずこの目で確認だけしとこうかと思ってさ」
言うと、ダンが「なるほど」と頷きつつも
「それで、外壁に違和感、というのは?」
と問いかけてくる。
まぁ本当は、ダンがいくら信頼出来るっつっても隠し通路の話をすんのはどうかと思うが、今はそうしねぇと話が進まねぇ。
いずれレイジスがこの城の主に戻った時、そんでも心配が残るならその通路の戸を閉ざして埋めてもらえばいいだろ。
そう判断して、俺は答えちまう事にした。
「ああ、実は……」
至ってザックリと、外のベンチから見ててこの建物の両端の窓の位置が少しだけ内側に寄ってるよーに見えた事、部屋の大きさは角部屋も他も変わりねぇはずだって事を説明すると、ダンが ふむ、と一つ唸った。
「あまり気にした事はなかったな。
確かに角部屋が他より広かった記憶もないが、窓の位置に違和感を覚えた事もない……」
言いながら少し考えて──ダンは よし、と一つ立ち上がる。
「少し見てみようか。
私が一緒なら、どこでも自由に見て回れるだろう。
他に気になる場所があればこの機会に行ってしまおう」
あっさりそう決断して、言ってくれる。
俺にとっちゃあもちろんありがてぇ事この上ねぇが……。
「~いいのか?
まだ仕事がたんまり残ってるんじゃ……?」
机の上に山の様に積まれた書類を見ながら問うと、
「ああ、問題ない。
この程度、いつもの事だ」
とわりと恐ろしい答えが返ってくる。
ま、まぁ、ダンがそう言うならきっと何の問題もねぇんだろ。
俺は遠慮なく、
「じゃ、じゃあ頼む」
とそいつに返したのだった──。
◆◆◆◆◆
ダンの後について問題の一番端の部屋へ入ると、そこは空き部屋ってぇよりちょっとした書庫みてぇになっていた。
大理石……なのかは俺には定かじゃねぇが、とにかく白い石の床。
部屋の左壁にはズラッと並んだ木製の本棚が置かれてて、中にはやたらに難しそうな本が何十冊も詰まっている。
あ~、念の為言っとくが、もちろんダルクの部屋の本棚みてぇに雑な感じに詰め込まれてるって訳じゃねぇぜ?
きちっと本の背表紙が本棚の中で揃って入れられてるし、一冊の本をストレスなく取り出せそうなくらいにはゆとりがありそうだ。
右壁側も左と全く同じ状態だ。
その右側の本棚と窓のある正面壁から大人の足でそれぞれ一歩ずつ部屋の内側へ進んだ所には、しゃがみ込めば人一人中に収まっちまうんじゃねぇか?ってくらいの大きさの白亜の獅子像が一体ある。
部屋の真ん中には上質な感じの木製の丸テーブルと椅子。
テーブルと椅子の下には、これまた上質な雰囲気の青い絨毯が敷かれている。
そしてその奥にはさっき中庭から見えていたあの窓がはめ込まれていた。
そう──部屋のど真ん中に、だ。
~やっぱ外壁と窓の位置との関係と、内側から見る窓の位置関係は若干だが違うよーに感じるんだよな。
ダンが部屋の戸を閉め──
「ふむ、」
と一つ唸って部屋の中をザッと見渡す。
そーしてゆっくりと右の端を観察しながら通って、窓の前まで来る。
それから左側の本棚の方を見、もう一度ぐるりを見渡して俺の方を見た。
「──ザッと見た目にはやはり、特にこれといった違和感はないな。
窓の位置が少しおかしいという話だったね」
ダンが言いながら、窓枠に触れる。
空き部屋の中にはもちろん誰もいなかったんで、俺は気兼ねなくダンに答えた。
「ああ、こっから見ると部屋のど真ん中に窓があるけど、外から見ると少し内側に寄ってるみてぇに見えたんだ。
だから──」
もし隠し通路の入口や、通路自体がこの部屋の中にあるんだとしたら部屋の右側にあるんじゃねぇんだろうか。
そう考えながら、言い切るほどの自信も持てずに言葉も途中のまま部屋の右手の方へ向かう。
な~んかどっかにスイッチがあったりして本棚が動くとか、そーゆー仕掛けはねぇのかな?
ほらよくあるじゃねぇか。
本棚に差さってる本を一つ押し込むとそいつがスイッチになってて棚が動く、とか、棚のどこかに分かりづらい引き手があってそいつを引っ張ると棚が扉みてぇにパカッと開く……とかさ。
思いつつ本棚を念入りに調べるが、そーゆー仕掛けは特に見つからねぇ。
壁は全部本棚で埋まっちまってるから、壁を叩いて音の反響を探る、なんて方法も取れねぇし──と考えて。
俺はふとトルスのギルドの救護室の事を思い返した。
そういやあそこは、ベッドの下に隠し扉があって、そこが地下通路に繋がってたんだよな。
この部屋にはベッドはねぇけど、例えばテーブルの下とか。
青い絨毯をめくったら下に隠し扉があるなんて事は……と考えかけて。
まぁ、そいつはねぇかとあっさり思い返す。
んな絨毯めくっただけで出てきちまう様な分かりやすい場所にゃあ大切な通路の入口なんか作らねぇだろ。




