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あれでガイアスも結構人を見る目があるらしい。
まぁ、それはともかく。
「なぁ、マーシエ?
ミーシャとレイジスの事、めちゃくちゃ心配してたのは分かるけどさ。
そろそろ俺も仕事に入った方がいいんじゃねぇのかな?
ただのガイアスのおっさんの親戚のリアがマーシエの執務室に何時間もいたらそれこそ怪しまれねぇか?」
ごくごく普通にそう問いかけてみる──と。
マーシエはフン、と一つ息を吐く。
「問題はないでしょう。
私は新人メイドに厳しい鬼メイド長のようですからね。
礼儀作法を叩き込んでいたと言えばそれで済むでしょう」
どことなく怒った様に、言う。
この言い様……。
普段から影でメイド達に『鬼メイド長』とか呼ばれてんのに違いねぇ。
ま、仕事に厳しそうではあるしな。
俺からしてみりゃただのミーシャとレイジスを心から心配してくれるいい人だが仕事となると話は違ってくるのかもしんねぇ。
と、マーシエはそこで何かに火がついたのか「それはそうと、」とやや厳しい口調で俺に言う。
「あなたのその言葉遣い。
今はこういった話の場ですから許していますが、本当に大丈夫なのでしょうね?
ここから一歩外に出れば、あなたは『リッシュ』ではなく『リア・スノーウィル』として立ち回らねばなりません。
どれだけ見た目がしっかりしていても、中身がおざなりでは話になりませんよ?
いくら殿下の遣わした使者と言っても、殿下の策を潰しかねないと思ったら私は即刻あなたをクビにしますからね」
半ば怒り混じりに厳しい口調で言ってくる。
こいつがヘイデンとかだったらテキトーに「へ~い」とか何とか返事して済ませちまうトコだが、今それをやっちまうと完全にマーシエの助けと信頼を失いかねねぇ。
俺はきちっと『礼儀正しいリア』を作り込んでこほんと一つ咳払いし、
「はい。
きちんと胸に留め置きます」
と返事した。
マーシエはそいつに多少怒りを収めてくれたらしい。
眉頭に皺を寄せ目を瞑り、はぁ、な~んて溜息をつかれたりはしたが。
それでも気を切り替えて、マーシエは「では、」と口を開く。
「まずは他のメイド達への挨拶から始めましょう。その後メイドとしての仕事を覚えてもらいます。
偵察等はその後の話です。
よろしいですね?」
「はい」
俺のおしとやかな『リア』の返事に、マーシエは何故かやや不安の残る表情をしてみせたのだった。
◆◆◆◆◆
メイドとしての仕事は、比較的順調に始まった。
俺は城に住み込み……じゃあなく、毎日ガイアスん家からの通いのメイドでやらせてもらう事になっていたから、比較的気は楽だ。
他のメイド達ともわりかし上手くやれてるし、仕事は一度覚えちまえばそう難しいこたぁねぇ。
もちろん正規のメイドに比べりゃ仕事の出来にはかなりの差があるだろうが、マーシエ曰く、
「新人のメイドにしては上手くやれている方」
なんだそうだ。
ちなみに最初ガイアス達から心配された『城の男共から声をかけられまくって目立っちまう』なんて問題も、案外あっさり解決した。
ダンが周りに静かな圧力をかけてくれたからだ。
俺はその場面を見てねぇから全く分からねぇが、その事を教えてくれたメイドによりゃあ、
「もしリアさんに声をかけたり手を出そうとする男がいたら二度とこのサランディールの地に足を踏み入れられない様政治的に抹殺する、みたいな事を仰ったらしいのよ。
ガイアス・クライン様からお預かりした大切な姪御さんだもの、盟友のラードレー卿がそう仰るのも当然よね」
とかなんとか。
ちなみに俺とガイアスのはいつの間にか姪と伯父の間柄って事で浸透してるらしい。
まぁ、どっちだっていいんだけどよ。
さて肝心要の城内部の様子だが、こいつは今の所、ガイアスやマーシエから聞いたまんまって感じだな。
城の警備は可もなく不可もなく──どころか、どこもかしこもかなり厳重だ。
要所要所にゃあ衛兵が立って周囲の見張りをちゃんとしてやがるし、ちょっとでも不審な行動をしたら呼び止められそうな雰囲気がある。
そんでもどこかにちょいと隙を見つけようと思えば、やり方次第じゃあ出来ねぇ事もなさそうだった。
城内部の地図も、大体の所は実際の位置と照らし合わせる事が出来た。
後はアルフォンソの情報だが……。
こいつは──分かっちゃいたが、予想以上に何も出てきやしねぇ。
そもそもアルフォンソや、今は死んじまったと思われてるレイジスやミーシャ、一年前の内乱の日の出来事でさえ、好んで口にしたり教えてくれるモンはいなかった。
そりゃあそうだろうな……とは思うがどーにか何か、ほんの小さな手掛かりだけでも見つけださねぇと、ここまでやって来た意味がねぇ。
俺がメイドとして城に働きに出てる間、ジュードも市街の方へ出てアルフォンソに関する噂や情報を集めてくれてるらしい。
毎日それぞれに得た情報を二人で突き合わせるんだが、今んトコこれといった成果はねぇ。
まぁ、ここ二、三日で俺も大分メイドの仕事に慣れて来たし、行動範囲を今よりもうちょっと広げてもいいだろ。
一番探り甲斐がありそうなのはまぁトーゼン、宰相だ。
アルフォンソが内乱を引き起こした件と奴には、関係があるのかないのか。
そもそもあの内乱は本当にアルフォンソが引き起こしたモンなのか。
仮にそうだとして、どーして王と王妃を殺したアルフォンソがどこかへ消えて、宰相のセルジオが国を乗っ取る事になったのか。
全ての謎を解くにはやっぱり宰相セルジオの事を探るのが手っ取り早そうだ。
今の所セルジオにゃあまだお目にかかっちゃあいねぇが……。
ダンもああ言ってたし、本格的に探るとなりゃあ相当慎重にやっていかねぇとな。
……なぁんて事を考えながら階段の踊り場にある高価そうな壺を磨いていた、丁度その時。
俺の繊細な耳に、ある足音が聞こえてきた。
カツ、カツ、カツ、という、男の足音。
それに一、二歩遅れて付いて行く男の足音が、二つ分。
カッカッカッと乱暴に、それでいて妙に威圧的に歩く足音が一つと、それとは逆にほとんど音がしねぇ程静かな足音だ。
音は、遠い。
階段上の廊下からやって来て、階段前で折れ曲がり、階段側とは逆側──丁度俺の位置からは遠ざかる方向へ、歩いていく。
別に、何て事ねぇ事だ。
ただ少し離れた所で三つの足音がして、ただそれだけ。
俺の前を通った訳でもねぇから、手を止めてそっちを向いて頭を垂れる必要もねぇ。
だが──。
俺は壺を磨いていた手をおもむろに止めて、そこからゆっくりと離す。
手が、震える。
遠くから、声が聞こえた。
「閣下、この後のご予定ですが──」
続けて、声が何かを言っている。
だが俺はそいつをちゃんと聞く事が出来なかった。
先頭を歩く男の、あのカツ、カツ、という冷たい響きを持つ靴の音。
この音には、覚えがあった。
それもつい最近とか、そういう話じゃねぇ。
──十二年前。
ダルクが殺されたあの地下通路。
暗くて狭い、地下通路の中で聞いた、あの足音だ。




